第126話 衆生を救済す
清浄なプラーナが食人鬼たちを包み込んでいく。
『こ、これほどの…』
『ですが、効果は？』
レベッカの術を受けた食人鬼たちはプラーナを受けた衝撃で動きを止めていた。だが、狂気が払われたのか。
「レベッカ、どうなった？」
レベッカは応えずにその場で地面に力なく落ちて伏した。
「レベッカ！」
ミコトが慌ててレベッカをすくい上げ声を掛ける。
『だ、大丈夫よ、ミコトちゃん。大きなプラーナを制御したから一瞬気を失っただけだと思う。でもすぐには動けないと思うから守ってあげて。』
「キズナさん…分かりました！」
術は発動した。後は効果があるかだが…
『聞こえるか、同胞たちよ！母なるカーリーより受け継いだ狂気は去ったはずだ！我らの声が聞こえるか！もう終わらぬ渇きに苦しむことは無い！我らと共に心穏やかに生きよう！』
長が声を掛けているが、食人鬼たちはググっと言葉にならない音を発するのみで反応がない。どうなったんだ。声は届いているのか？俺達に共存を訴えたダーキニーが前に出る。動きの止まった食人鬼に近づき手を差し伸べる。
『あなたたちにもわかるでしょう？争う必要は無いの…これからは…』
それは一瞬のことだった。唐突に振り下ろされる剣。ダーキニーを押しのける長。長は袈裟斬りにされ、血を吹きながら倒れる。食人鬼たちが天に向かって雄叫びを上げ殺気が高まっていく。
『いやぁぁぁぁぁ！！』
「ま、まずい！！大土槍陣！！我が敵の動きを止めよ！木縛陣！！」
残り少ないプラーナで食人鬼の半分ほどを巻き込み土槍を発生させる。できるだけ傷はつけないように、しかし動きを阻害するように発生させた土槍から更に木の根を這わせて食人鬼を縛る。
「プ、プラーナを…マルガから…！！」
レベッカがプラーナ・マルガからプラーナを引き出し、俺達に分け与える。助かる！
ニ“ャーーーーーー！！！
プラーナを補充したコッチーがダテンと食人鬼の間に炎の壁を作る。何かを燃やし続けているのか、炎が消えない壁となって、それぞれを分け隔てる。これで時間が稼げる。
レンが長のところに向かい、回復術を使う。レンは回復が出来たのか。器用だな。
「大丈夫か！？」
「き、傷が深いのでボクの術だけでは…レ、レベッカさんは？」
ミコトに連れられレベッカがやってくる。なんだ？レベッカの様子が。
「レン、任せなさい。このレベッカ様がこんな傷、簡単に癒してあげるから…」
「待て待て！レベッカ！体が！羽先と足先が薄くなっているじゃないか！大丈夫じゃないだろう！！」
「だ、大丈夫よ…マルガからプラーナを引き出しすぎただけ…魂は持って行かれていないから…時間をかければ戻るわ…今はこの状況を何とかしないとね…残念だけど他の術の行使は…ちょっと無理だわ…」
レンとレベッカに癒され、傷が癒えていくが苦しげな表情のまま長が言う。
『や、止むを得ん…奴等を倒して解放してやるしかない！』
やはりそうするしかないか。ミコトやコッチー、レンに目配せする。ミコトは悔しそうな表情だが…。
「ミコト…ここで倒しても魂がマルガに還るだけだ。狂気から解放してやることが彼らの救いになる。」
「うん、うん…わかってるよホオリくん。でも！でも！」
どうしたんだミコトは。…まさか…。だがミコトの目は揺れている。
「ミコト…駄目だ…気持ちはわかるが進！…なんだ！？」
唐突に不思議なプラーナが場に満ちる。とても強い、だが俺達を…いやすべての者を導き支えるような思いが込められたプラーナが。とても一人が放つようなものではない。この場にこんなプラーナを持つものがいたのか？俺は周囲を見渡すが、誰も彼もが状況を把握できずにいるようだ。周囲をキョロキョロと見渡している。
『『オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ』』
なんだ？不思議な言葉が、いや言葉であるはずだが何故か言葉として認識ができない、不思議な声が聞こえる。そして不思議な言葉と共に戦場の空気が静かに、凪いだ海のような静けさに包まれていく。コッチーが作った炎の壁も、俺の土槍や木縛もいつの間にか消えている。食人鬼たちも手から武器を放し、呆然としているように見える。
『し、真言…あれは…あの方々は…』
長が驚きと喜びを合わせたような複雑な感情の声を上げる。そして戦場を囲うように10個のぼんやりとした姿が浮かび上がってくる。
「お地蔵さん？」
ミコトがポカンと口をあけながらつぶやいた。
『大黒に連なる心優しき夜叉たちよ…救いが遅くなってしまい申し訳ありません…ミロクへと至る可能性のある若者たちと、妖精女王らの誘いにより、ここに顕現しました。さぁ今こそ古の楔から解放しましょう。』
突如出現したお地蔵さまから食人鬼たちを救うと宣言が下る。そして不思議と落ち着く声が聞こえてくる。
『『オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ』』
声を聴く食人鬼たちが膝をつき、涙を流してお地蔵様たちに手を合わせ始めた。
『おお、御仏の救いが…』
ダテンの長が涙を流しながらつぶやく。そして静寂が訪れ、お地蔵様たちはうっすらと消えていく。最後に一言だけ声が聞こえたところで完全に消えていった。
『邪神の眷属を押さえる結界も長くは持たない…』
「今のは…」
「や、やはり、情報部の予想通り都心にいると思われる邪神の眷属は仏様によって封じ込められているようですね。」
『でも長くは持たないってことは急がないと…』
ダテンとの邂逅という予定外の出来事はあったが、何とか解決できた。レベッカの回復次第ではあるが、ムスペルヘイムの巨人との同盟を一刻も早く結び、都心を解放しなければ。
エンカウント：Lv?? クシティガルバ（地蔵菩薩）
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