第37話 マッチポンプにも程があるわ
さて、ロベルト王子より先制攻撃を食らってしまった以上。
こちらからも反撃をするしかなくなってしまった。
ロベルト王子と私の婚約を、どうやってお断りするか。――難題だけれど、やるしかない。
「お言葉ですが、ロベルト王子。私がロベルト王子の婚約者となれば、王子の新・婚約者の座を巡る権力闘争は発生しないかもしれません。けれども代わりに、貴族の方々が私に取り入ろうと予想なさるのであれば、その動きが政情不安定を引き起こしませんか?」
ロベルト王子は私の話を聞いても眉一つ動かさない。
この程度では不十分か。もう一押しが必要そうだ。
「それに万が一、私が籠絡され、特定の貴族に過剰に肩入れするようなことがあれば。余計な混乱を招く可能性もあるかと」
「ミヤせんせ、そういう権力闘争に入れ込むタイプには見えまへんけどねえ」
……ホセ氏、そんな余計なことを言わなくても……!
確かに性格上、そうと言えばそうだけれど!
婚約協議において、私とホセ氏は明確な敵対関係にはない、が。
やはり本質的にはロベルト王子側なのだろう、ホセ氏は。
「ミヤ・エッジワース、お前が何処ぞの貴族に籠絡される可能性はない」
「何故ですか? まさかとは思いますがロベルト王子、私の性格などという曖昧なものを根拠にはされておりませんよね」
「俺がお前を守る。そうである以上、籠絡などあり得ない」
……お、おお……。
聞く人が聞けば相当な殺し文句なのでは、その台詞。
隣席に座るリィナ様から「うわぁ……」と、不快感を隠そうともしない声が漏れた。
リィナ様、ロベルト王子のこういうところが苦手なのだろうな。多分。
利他的な行動を独善的に実行するタイプ、というか……。
「伴侶の一人も守れず王の座に就く気はない。ミヤ・エッジワース、これで不安は一つ解消されたか?」
上手くやり込まれてしまった心持ちになる。
ロベルト王子、手ごわい。手ごわ過ぎる。
けれど、まだだ。まだ私からも、言いたい事柄はある。
「……ロベルト王子、ひとつ確認させてください。私のような平民を王妃になさろうとする理由についてです。リィナ様からは、この水色の髪が理由と伺っていますが」
「その認識で問題ない」
「中央王家と呼ばれる方々が、水色の髪を純血の証としている――そう聞き及んではおります、が。私が中央王家と関わりがないと判明したら、この髪色も何の効力も持ち得ないものになる。そうではありませんか?」
私が中央王家の血を継いでいる可能性は、意図的に無視。話題を『中央王家とは無関係の場合』のみに誘導する。
相手はロベルト王子だ。少しでも有利な体制を作らなければ。
「お前と中央王家との関係性については、国内外含め敢えて伏せておく。関係があろうとなかろうとな。故に効力が薄れることはない」
「だとしても。それはあくまで、中央王家、そして水色の髪に特別な意味を見出す世代に対してだけの話ですよね。ロベルト王子もお気付きかと思いますが、世代が若くなるほど中央王家に対し権威を感じなくなる傾向にあります」
そう、つまり。ロベルト王子が王として即位する頃には。
周辺国含め、現役世代の人間にとって。王妃の髪色が水色であることなど(しかも中央王家との関わりを明言されてすらいないのだから余計に)、大した価値もなくなっているに違いないのだ。
「そもそも私が婚約者候補として選出されたメリット自体が、将来的に消え失せるのであれば。それは現時点で既に、婚約候補者として不適格――違いますか、ロベルト王子」
できる限り力を込めてロベルト王子を見つめる。『睨む』と言い換えた方が正しくなるよう努めながら。
……人を睨んだことなど、初めての経験だから、上手くいっているかは分からない。
「……ミヤ・エッジワース。俺は不確定要素というものを極力排除すべく自身の言動を決定している」
「承知しております。だからこそ、未来に向け不確定要素が増える要因でしかない水色の髪など――」
「逆だ。未来という不確定要素など、初めから考慮外だ」
――ええっ?
「俺にとって今、最も重要な事項は『婚約者不在期間を出来得る限り短縮する』ことだ。長期間、王位継承第一位王子の婚約者が不在であるなど、政情不安定の火種でしかない」
ロベルト王子に鋭い目付きで睨み返されて、初めて自身の目元が既に弛緩してしまっていることに気付く。
私の動揺を更にゆさぶるように、ロベルト王子の発言は続く。
「であれば、お前の髪色というのは当然メリットと言えよう。権力争いに無関係な人間を婚約者として擁する理由として、少なくとも現時点では充分に効力を持っているのだから」
――読み違えていた。
ロベルト王子の考える『水色の髪のメリット』について。
私はてっきり、他国への牽制を理由としているのだろう、と考えていた。
だからこそ突き崩す隙はある、と考えたのだ。
けれど、違ったのか。ロベルト王子にとって、この髪色は。
……国内、それも現状の政治の場におけるものでしか、ない。
国外へハッタリを効かそう、などと考えているのは、ロベルト王子以外の人間であって。ロベルト王子本人は、その考え方を利用しようとしているだけ。
「権威などというものをお前が過度に背負う必要はない、ミヤ・エッジワース。それはあくまで俺の役目だ」
ハッタリなど効かせずとも問題はない、と言外に主張している。自負心は充分だがしかし過剰ではない。
これが、王の器と。そういうことなのだろうか。
――参った。状況が一変してしまった。
どう反論すればいいのか、一気に分からなくなってしまった。
「ロベルト、さっきから聞いてればメリットだの利点だの、自分の話ばかりじゃない。ミヤの都合は一切考慮しませんってわけ? 傍若無人にも程があるわよ」
「……リィナ。これまでの話を聞いていて、分からないか?」
「は? 何が?」
言葉が見つからず押し黙ってしまった私に代わってリィナ様がロベルト王子を責め立てる、が。
それすらもロベルト王子にとっては想定の範囲内、と言わんばかりに。表情ひとつ変えず威風堂々、余裕綽々の振る舞いを崩すことはない。
「ミヤ・エッジワースとしても俺の婚約者となった方が都合がいいのだ。水色の髪色を持つものとして各所に目を付けられた以上、それを利用しようと考える人間は必ず現れるだろう。俺の婚約者となれば不埒な者の企みから身を守ることができる」
リィナ様が立ち上がり、座高の低いテーブルに思い切り手を叩きつける。しかし重心が低いのであろう、テーブルはびくともしない。
「それこそ勝手な話じゃない! 勝手に目を付けて勝手にミヤの不安煽って、だから俺の嫁になれって、マッチポンプにも程があるわ!」
――しかし困ったことに、このマッチポンプは充分に私に効いてしまったようであった。
ロベルト王子と婚約しようとしまいと結局、宮中の謀計に巻き込まれてしまうのであれば。
大人しくロベルト王子と婚約した方が、私にとっても最適なのでは?
あれ、そもそも。
どうして私は、ロベルト王子との婚約話を断ろうと決めたんだっけ……。
目の前が揺らぐ。地面がぐにゃりと溶けていく。足元が限りなく頼りない。
宙に浮かんで戻れないような、立つべき場所を喪失した気持ち悪さに襲われる。
どうしよう。私は、どうしたいんだっけ。
「……兄貴」
聞こえてきた音に、ハッと意識を確かにする。
それは客間に入って以降、初めて聞くライナス王子の声色だった。
10/1〜10/12まで【1日1話】更新予定です
10/12完結!よろしくお願いいたします〜!




