第33話 結論を出していただけませんか
ライナス王子に連れられ辿り着いた場所。人目を避けたのであろう茶屋の個室奥にはホセ氏がいた。
机上に胸甲・足甲の鎧、そして兜が置かれている。
「ライナス王子、ホセさんはロベルト王子側なのでは……」
「大丈夫、こっちに引き込んだ」
困り顔でホセ氏が笑う。
「造反、っちゅうわけではあらへんのですけど」
ホセ氏も主の婚約話については思うところがあるのだろうか。リィナ様を盾にライナス王子に脅されている可能性もあるけれど……。
どちらとも取れない下がり眉の表情からは、ホセ氏の考えを推し量ることは難しい。
ライナス王子がホセ氏へ向け問いを投げかける。
「どう思う、ホセ。兄貴の新・婚約者の件」
「ミヤせんせ、ロベルト王子の感触がええんですよね。他が悪過ぎるっちゅうのもあるんですが……」
うーん、ロベルト王子の考えが理解できないな。ホセ氏までそう言うのならば、信憑性はあるんだろうけれど。
私以外の新たな婚約者候補たちは、そのほとんどが上位貴族のご令嬢だろう。みなきっと、容姿も品格も素晴らしい女性だろうに。
「ホセさんは、どうなんですか? ロベルト王子の婚約者として、この方なら相応しいだろうとか、そういったことは」
「……ややこしい質問しはりますね。そらロベルト王子のことだけ考えれば、ミヤせんせは悪ない相手ですよ。他のご令嬢やって素敵な方々や思とります。せやけど」
眉尻を下げたまま、ホセ氏が自身の顎付近に片手を添えた。
考えるようにうーんと唸り、沈黙が流れた後。迷いを見せつつもホセ氏が口を開く。
「ロベルト王子とリィナ様、お似合いやった思うんですけどねえ……」
「そんなアホバカ間抜けなこと考えてるのホセだけだよ」
「ホセさん以外でそう思っている人、いませんよ」
「へ? ええ……?」
ライナス王子と発言が被ってしまった。内容はともかくタイミングまで同時。
聞き取りにくかったろうに、構わずホセ氏は困惑の声を上げている。私たちの反論を聞き取れたということだろう。
「まさかとは思うけどホセ、兄貴に遠慮、みたいな愚劣な理由でリィナの求婚蹴ろうとしてるわけじゃないよね?」
「いやいや、さすがにそないな理由ちゃいますよ。ただ、そうですねぇ……」
歯切れが悪い。ホセ氏、やっぱりリィナ様の話題となると急に弱くなるな。
言葉を選んでいるのだろうか、ホセ氏の視線がわずかに揺れ動く。
「……考える時間が、必要や思たんです。僕もリィナ様も。ロベルト王子もですね……」
「兄貴も?」
「造反ちゃう言いましたでしょ。僕はロベルト王子とミヤせんせの結婚を反対しとるわけ、ちゃいまして。ただ、少し考える時間を作れたらええな、と」
ホセ氏の発言にライナス王子の目が細まる。
真意を探るように注意深くホセ氏を見つめながらの、普段より数段階低いライナス王子の声。
「ホセ、それは……いずれ俺らを裏切る、ってこと?」
「ははは、物騒ですねえ」
「……ここで呪っとくべきか? ホセを……」
「なに言うとるんです、僕の協力あってこその作戦やないですか」
気付けばテキパキと手際良く、机上に用意されていた胸甲の鎧を着せられている。
あれ、鎧だというのに、予想外に軽いな。
「儀礼用のなんで、軽うできとります。これならミヤせんせでも着れる思いまして」
続けざまに足甲の鎧を穿かされる。見た目からは分からなかったが、靴の底が厚い。
立ってみれば、ライナス王子とそう変わらない目線の位置。
仕上げとばかりに兜を被せられる。
――なるほど、これで王宮へ侵入するための変装は完了、と言うわけだ。
「厚底靴ですんで、歩く時は気ぃ付けて。背筋を伸ばす意識だけは忘れんといてください」
「……はあ、時間さえあればな……。ミヤにこんな低クオリティな変装させずに済んだし、裏切り確定のホセに頼る羽目にもならなかったのに」
変装と言えばライナス王子、以前やけに高品質な女装を披露していたものな。
あれ以降、女装する姿を見てはいないから、おそらく女装が趣味というわけではなかったのだろう。
「ホセに密告される前に何かしら対策考えなきゃか……」
「うーん、僕は大丈夫や思いますけどね。なんやかんや信じてますし。ロベルト王子のことも、それにミヤせんせのことも……ね」
目配せを送ってきたホセ氏の顔には、薄っすらとではあるが笑顔が戻っていた。
――信じている、か。
ホセ氏の信頼に応えられるかは分からない、けれど。
ライナス王子の部屋に一旦、匿われることになったとはいえ。
ロベルト王子との婚約騒動については、私が結論を出さなければならないことに変わりはない。
だから、ホセ氏の期待を裏切らないように。つまりホセ氏が密告を必要とする前に――王宮内で大事になる前に、ケリをつけなければ。
……大学の講義も、休み過ぎることはできないし。単位を落とすわけにはいかないのだから。
「ホセさん。ありがとうございます。どうなるか分からないけれど、早めに結論を出します」
「ミヤせんせなら、きっと大丈夫や思いますよ」
「なに、ちょっとなんでミヤと通じ合ったみたいな雰囲気出してんのホセ」
まあまあ、となだめるホセ氏に掴みかかる勢いのライナス王子だが。体格的にも身体能力的にも、ライナス王子が勝てる要素は一つもない。
ヒョロヒョロだからな、ライナス王子……。
ライナス王子をいなすことになんの苦労も感じさせないまま、涼しい顔でホセ氏が私へ振り向いた。
「ミヤせんせ、最後にひとつだけ。ロベルト王子がミヤせんせを婚約相手として高う評価しとるんは、ライナス王子のこと思て――って側面もあるんちゃうか思うとるんですよ、僕は」
「は!? なんで俺のために俺の邪魔するわけ!?」
ライナス王子の叫びも、ホセ氏には雑音のように流される。
「せやからミヤせんせも、その点を考慮に入れて、結論出してもらえたら。ライナス王子を思うたらこそ、ロベルト王子の申し出を受けるっちゅう選択もある思います」
意味わかんない、とライナス王子の嘆き声が響く。
しかし私には、思い当たる節がないとも言えなかった。
これまでのロベルト王子の言動。
自身の婚約破棄より、弟の『呪い』の発動に注視するような人なのだ、ロベルト王子とは。
そうか、だからか。
ライナス王子と交流を重ねても、偶然或いは故意に『呪い』を発動させたことがない人物である……と、ロベルト王子が認識している、それだけでも。
ロベルト王子にとって私は、婚約者として代え難い条件を満たしている……のかも、しれない。
なにしろ自身の結婚相手ということは――ライナス王子とも、親族となるのだ。
そんな立場となる人間が、ライナス王子の『呪い』を誘発したり、あまつさえ利用しようと考えていやしないか、と。その点を過剰に心配しているのだろう。
――まったく、清々しいほど弟思いの兄だ。
弟思い過ぎて、ご自身のことをまるで考えていない。
「……ホセさんは、ロベルト王子にライナス王子のことだけでなく、ご自身のことも考えてほしくて時間を作ろうとした――そうなんですね」
ホセ氏は曖昧に笑う。
「ロベルト王子はですね、慈悲深いっちゅうか、身内に甘い方なんですわ。ライナス王子のために結婚相手を選ぶんも、そらそれで喜ばしい選択やと。そう思える方なんです」
流れるような動きでホセ氏がライナス王子の背中を押し、茶屋の個室から放り出した。
私も二人の後に続き、個室を出る。前方からライナス王子のクレームが絶えず聞こえてくる。
「ミヤせんせも、もしロベルト王子と結婚されたら。身内になるっちゅうことですからねえ。きっと、溺愛してもらえるんちゃいますかね」
「ホセ、ちょっと、気色悪いこと言わないでよ!!」
ロベルト王子への評価を聞けば聞くほど、ホセ氏の真意が露になっているように感じられた。
ホセ氏は、ロベルト王子を信頼しているからこそ。自身の愛するリィナ様に対して、ロベルト王子とお似合いだ、なんて寝ぼけたことを口にしたのだろう。
ロベルト王子なら絶対にリィナ様を幸せにしてくださると、心からそう信じているのだ。
でも、リィナ様は違う。
ロベルト王子に幸せにして頂く人生ではなく。ご自身で幸せを選び取る道を選んだ。
……ってことを、ホセ氏に伝えるべきは。私の役割だろうか。
恐れ多くも私、リィナ様の、ご友人……だし。
「ホセさん」
顔だけを後方の私へ向けたホセ氏は、どこか気の抜けた表情をしていた。私からの呼びかけを予想していなかったのかもしれない。
リィナ様の分まで気持ちを込めるつもりで、ホセ氏のぽやっとした瞳をジッと見据える。
「私が、ロベルト王子との婚約について結論を出したら。ホセさんも、リィナ様との関係について、結論を出していただけませんか?」
ホセ氏の呆けた瞳に力が戻るまでに、五秒は軽く掛かっただろうか。十秒くらい待ち続けていたかもしれない。
私の言葉の意味を理解したのだろう、驚きに染まったホセ氏の表情が、少しずつ解けるように柔らいでいく。
困ったように眉を下げつつ、緩やかな笑顔を見せるホセ氏の感情が、この場にいない愛しき彼女に向けられていく。
リィナ様もきっと、ホセ氏のこの優しい表情に、恋に落ちたんだろうな。
「――ミヤせんせにそう言われちゃあ、敵いまへんね……」
ホセ氏が出すであろう結論は。
弛緩した口元を見れば、一目瞭然であった。
10/1〜10/12まで【1日1話】更新予定です
10/12完結!よろしくお願いいたします〜!




