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第25話 皮肉なのか本心なのか判断に困るわね

 私とリィナ様が馬車へ戻った時には既に、双子王子とホセ氏が車内にて私たちの到着を待っていた。

 車席に座り背を丸める二人の姿には、王家のものとしての威厳などあったものではない、が。

 横になっていないだけ、先程よりは回復したのだろう。


「待たせたかしら?」

「はは、何ならもっと待っていたかったくらいだね……」

「皮肉なのか本心なのか判断に困るわね」


 旅の責任者であるロベルト王子が何も言わないのだから、旅程が崩れてはいないのだろう。

 両手に持つペパーミントティーがこぼれないよう気を遣いつつ、ライナス王子の隣席へ腰掛ける。


「ライナス王子」

「……ミヤ、なにか……爽やかな、いい匂いがするね……」


 すんすん、と鼻音が頭の上方より聞こえてくる。

 ライナス王子の鼻先が触れた髪の毛が、ふわふわとくすぐったい。


「あの、こちらです」

「……? ミヤ以外に、いい匂いのするものなんて何かある……?」


 意味不明なことを言って私から視線を逸らそうとしないライナス王子の眼前に、容器を無理矢理に差し込む。

 ペパーミントティーを視野に捉えて尚、ピンと来ていない表情。ライナス王子にしては察しが悪いな。


「乗り物酔いが、少しでも楽になればと思いまして。胃の不快感を抑える働きがあるお茶です」

「……ああ、ああ~……。なるほど、ありがとうミヤ……」


 受け取って、一口、二口とペパーミントティーがライナス王子の喉を通り抜けていく。苦手な味ではなさそうだ。一安心。

 ライナス王子の三口目を見届けてから。もう一方の手に持っていたペパーミントティーを、今度はロベルト王子へ。

 

 差し出された物体に気付いたのだろう、ロベルト王子が半分だけ顔を上げた。

 ……蒼白。ライナス王子より重症かもしれない。


「ロベルト王子も、こちらのお茶を。よろしければ」

「……。頂こう……」


 それきり、無言。しかし一気に飲み干す勢いで杯を上げられたところを見るに、こちらも味に文句があるということはないのだろう。

 

 準備が完了したのだろうか、馬車が動き始めた。

 ライナス王子とロベルト王子が、揃って同じタイミングで眉根を寄せる。


 しかし、この双子の動作が同一となるのはここまでだ。

 揺れる馬車に乗る双子の行動は正反対。

 

 ライナス王子は――とにかく、喋っていないと落ち着かないらしい。

 内容は問わないようだ。猫ミミンの話から世界の刑法の話まで、脳裏に浮かんだ事柄についてひたすら喋り倒している。私しか聞いていないが……。

 

 ロベルト王子はただひたすらに無言、無表情、不動。時々無呼吸になっている気すらする。

 本人は微動だにしないが、顔の色合いは徐々に寒色へと落ち込んでいく。その為、ライナス王子よりも乗り物酔いの進み具合が分かりやすくもある。


「そうだ、ミヤ。さっきのって、なんのお茶だった……? 匂いに、覚えがあるような気がして」

「ペパーミントティーです。乗り物酔いに効果があるとされていますから、お飲みになったこともあるかもしれませんね」

「ペパーミントティー……ペパーミントティー。――ああ!」


 合点がいった、と言わんばかりに目を見開き、勢いよく上体を起こしたライナス王子は。

 しかし頭の動きが激しかったためだろう、一瞬で顔を真っ青にし、目を細め口を尖らせ、再び項垂れた。


「だ、大丈夫ですか……」

「うん、いや、大丈夫ではないけど……。ペパーミントティーね、思い出したよ。ねえ兄貴も、思い出したろ?」


 呼びかけられたロベルト王子は、視線のみを上向かせることで応じた。

 少しの脳の揺れも許容できないといった表情だ。


「俺たちが暗殺されそうになった時、出された飲料だ」


 ――あ、暗殺!?

 和やかな思い出話ではない、一切合切。しかしライナス王子の口調は依然として軽い。


「あの時も移動中で、俺たち二人とも酷い乗り物酔いでさ。俺の当時の従者が出してきたよね、このお茶」

「ライナス王子、昔は従者が居てはったんですね」


 ホセ氏の合いの手に、ライナス王子が優れない顔色のまま笑みを返す。

 暗殺などという物騒な単語が出たからだろうか、或いは主人の過去話ゆえか。ホセ氏もライナス王子の話を聞く気になったようだ。


「うん。最初は従者も何人かいたんだけど、全員が全員、俺と肩がぶつかった~とかで『呪い』を受け不幸に見舞われてね。み~んな俺を怖がって新しい従者の成り手がいなくなった時に、では自分が! って手を挙げた奴がいて。そいつが隣国のスパイだったんだよ」


 物騒な話がポンポンと出てくる。聞いているこっちが冷や汗ものだ。

 しかし、他人に命を狙われた話が、日常会話の話題でしかないとは。胸が締まるように痛む。


「ペパーミントティーをさ、乗り物酔いに効きますよって渡されたんだけど、当時はあの爽やかな匂いが逆に気になっちゃって。無理矢理渡されそうになって、こっちも無理に断ったら容器が宙に浮いて――」


 ライナス王子の言葉の先を、ロベルト王子が続ける。

 

「……跳躍した容器が俺の持っていた茶の容器にも当たり、中身が跳ね、結果としておおよそ二杯分をスパイが頭から被水。一部を経口摂取」

「したらそいつ大慌て・大暴れでさあ、なんやかんやあって医療機関に連れてかれて。んで服毒発覚だっけ?」


 ロベルト王子が肯定と言わんばかりに目を伏せ瞬きをしたが、やはり顔の位置は一切動かしたくないのだろう、頷きはしない。


「そうだ。更に、容器に少量残っていたお茶からも同種の毒を検出」

「うんうん。で、そこから芋づる式に、うちの国に入ってた隣国スパイがあぶり出されて」

「更にスパイを送り込んでいた、当時の隣国の王が急死」


 坂道を転がり落ちるような急展開に目を白黒させる。


「隣国の前王様って、あの過激派と噂やった……」

「そうだ、ホセ。我が国へのスパイ派遣も、侵略の前準備だったんだろう。穏健派の現王に代替わりして以降は、隣国よりスパイが送られている兆候はない」


 ふふん、とライナス王子が笑った。

 ……しかし得意げな顔は、未だ少々青ざめたままだ。しまらない。


「ね、兄貴。やっぱり俺の『呪い』って、役に立つでしょ」


 ――呪い?

 ライナス王子の急角度な話題に合わせるようにしてか、馬車もカーブを曲がる。

 双子の王子が揃って顔をしかめた。


「この場合、ライナス王子の『呪い』ってどこまでが範囲になるんです?」

「隣国前王の急死、までだろうな。隣国前王はそれまで病気の兆候もなかったのだ。それがいきなり風邪をこじらせ死んだのだから」


 ホセ氏の疑問にロベルト王子が答えた。

 つまるところ。ライナス王子が暗殺されかけるという『害』により、ライナス王子の呪いにて隣国の急進派が不幸に見舞われた――そういう解釈をしているわけか。


「……運が良かっただけだ。隣国の前王が急死し、国家間の関係が安定したのは事実だが。もしも代替わり後の王が、前王を超える急進派であったら。我が国は更なる危険に晒されていたかもしれない」


 ライナス王子が膨れっ面で反論を返す。


「それならそれで、また俺の『呪い』でどうにかすればいいじゃん」

「駄目だ、不確実な要素に国の未来を任せるわけにはいかん」


 そのまま。二人とも項垂れた姿勢のまま、顔を上げることもなく。異様な状況の言い争いが開始された。

 時折、馬車の揺れに合わせて口喧嘩が止まるのも、奇妙さに拍車をかけている。

 やれやれ、と言わんばかりの表情でリィナ様が軽く首を振った。


 口を挟むことのできる雰囲気でないからこそ、改めて考えることができたのかもしれない。

 ライナス王子の『呪い』について――否、もっと正しく言い表すのならば。


 ライナス王子について。


 国を救ったのだと誇らしげに笑った、ライナス王子の笑顔が脳裏に蘇る。

 呪いの有無については、一旦置いておいて。

 ……こういった経験が、ライナス王子のアイデンティティを形作ってきたわけか。


 あの日――サウリ様に、ライナス王子が殺されかけた日以降、ずっと。

 呪いを認めてくれるよね、と問われたことへの返答を考え続けている。


 呪いの存在を肯定するつもりはないけれど。

 ――ただ否定するのも、違うのではないかと。


 呪いというものの、存在の有無と。

 呪いを信じるかどうか、という心情の話は。

 

 全然、別問題なのだと。そう思い始めていた。


 それなら呪いを信じる心までもを否定しなくてもいいのでは? と、そう思う反面。

 まだ何か、受け入れられない心のつっかえが残っている。

 

 私は、何を受け入れ難く思っているのだろう。

 それが分かれば、結論が出る気がする、のだけれど。


 ……まだ、分からない。もう少し考える必要がありそうだ。

 よりヒートアップする兄弟喧嘩を眺めながら、ふうと細い息を吐きだした。

次回更新:9/26(木)

9月は週2回(月曜・木曜)更新予定です!

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