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招き猫をつぐ

作者: 若松ユウ

 安価に使い捨てられる製品が無かった頃のこと。

 折れた傘に支えを巻き、われた鍋も穴を塞ぎ、破れた風呂敷もきれを当てたものでした。


 瀬戸物だって同じこと。

 物を大事に世代を超えて受け継いでいく技法の一つに、金接ぎがあります。

 漆で接ぎ、欠けを埋め、金粉をく。

 工房を営むわたしのもとに、今日も一人の依頼者がやってきました。


「生前に妻のバーに置いてたものなんですがねぇ、どうにもこうにも捨て難くて。直りますでしょうか?」

「そうですねぇ……ここの部分は右と一緒だったんでしょうか?」

「ちょっと待ってくださいね、昔の写真がありますから……ここの、腕に抱えてるのが、それです」

「あぁ、元は白っぽい子だったんですね」


 依頼の大半は夫婦茶碗めおとぢゃわんや記念皿なのですが、今日持ち込まれたのは、かわいらしい招き猫。

 右耳の先が三分の一ほど欠けているのを修繕して欲しいとのこと。

 挙げた左手につながってる左耳を参考に足りない部分を盛り、ひびが入っている尻尾の付け根も埋めていくことになりました。

 出来る事なら煤煙ばいえん紫煙で薄茶けた汚れも落としてあげたいところですが、そこまでは手が回らないかしら。


 冬場の乾燥した時期だったこともあり、漆の乾きも早くて順調に作業を終えたのですが、問題はその後でした。

 ひと月後に取りに伺いますとのことだったのですが、ふた月以上経っても来られないのです。

 依頼料は先に頂戴しているので、わたし側の損にはならないとはいえ、ずっと猫ちゃんに主人を待たせておく訳にもいきません。

 わたしは、来店の際にいただいた名刺にある番号に電話を掛けてみました。


「……というわけで、二月中旬に招き猫の修繕をご依頼されたのですが」

「二月? じゃあ、親父が持って行ったんだ。金を払えばいいのか?」

「いえ、代金は頂戴してますので、お受け取りに」

「いや、実は親父も亡くなったんだわ。前々から肝臓が悪かったんだけどさ。そういうことだから、処分しちゃって」

「そうでしたか。では、代金をお返ししますので」

「いいって、いいって。引き取り料としてもらっておけよ。それじゃ」

「あっ、ちょっと待ってください……切れちゃった」


 こうして、招き猫はわたしの物となりました。

 少々すすけた色合いをしてますが、穏やかな表情で愛敬ある猫ちゃんですので、小座布団に乗せて工房の一角に飾っておくことにしました。

 左手を挙げてる招き猫は人を呼んでいる姿だといいますから、心の中で「いいお客さんを招いてください」と祈りつつ、今日もわたしは仕事に精を出すのでした。


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