6.戦いの終わり
放つ弾を徐々に大きく、さらに間隔を狭めていく。
やがて弾同士が繋がり始め、巨大なクマに向かって伸びる一筋の光となっていった。
これは弾丸じゃない。ビームだ。けどいける。これを最大出力で当ててしまえば、あのクマは倒せる。
母の仇を討てる。この戦いを終わらせられる。
「チッチ! わたしの体支えて! あいつに全力をぶつける!」
「危険だ! そんなことしたら君の体が持たない!」
「でも! そうしないと倒せない! 止められてもやるから! はああああああ!!」
腕から出る魔力を上げる。光線というよりは、質量のある水のようなものだ。それが次々にクマに押し寄せては砕けていく。
敵も痛みを感じているらしい。苦しげな咆哮と共に逃げようとしている。もちろんそれを許すはずもなく、ミサトは手の向きを変え足を動かしてこれを追った。
みしりと、クマに伸ばしている腕の中が軋む感覚があった。この土地を流れる魔力を自分の体を通して出力している。その魔力が大きすぎて、本当に体が耐えられなくなっている。
特に膨大な魔力の通り道となっている、細い右腕に負荷が集中していた。魔力の放つ輝きが強すぎて、目もそれに耐えられなくなってきているらしい。
けど攻撃を当て続けないと倒せない。目を開けていないと敵に当てられない。
「ミサト! 本当にまずい! 君は!」
「お願い! これで終わりだから!」
逃げようとしたクマを追って、一歩踏み出した。腕から放出される魔力の反動も大きく、舗装された地面は雨で濡れている。
足が滑ってバランスを崩してしまう。攻撃の狙いが逸れかけてしまって。
「ミサト!」
チッチが咄嗟に、子犬から人間の形態に変身して体を支えてくれた。
冷たい雨の中、彼に触れられた箇所だけが温かかった。
怒り一色だった心の中が、ちょっとだけ落ち着いた気がした。
狙いは完全に定まった。クマの頭へ向けて、全力で魔力を叩き込むイメージ。
完璧にそれができたと確信できた次の瞬間、彼女の右手が爆ぜた。視界が白一色になったと思ったら、そのまま世界は白く染め上げれてしまった。
どんなに目を凝らしても、光の明暗くらいしかわからない。他は何も見えなくなった。
それから、手が猛烈に痛い。体中を打つ雨粒の感覚が、なぜか右腕だけは感じなかった。
「ミサト! ミサト! ぼくがわかるか!? すぐに止血するから! まずは止血するから!」
さっきの衝撃で地面に座り込むような姿勢になっていたらしい。チッチが後ろから抱きしめながら必死に呼びかけてきた。
「か、怪物は?」
「倒した! 倒したぞ! もう誰も、この世界に攻め込んだりしない! 戦いは終わったんだ!」
「そ、そっか。じゃ、み、みん、なの、記憶、消さない、と」
「後でいい!」
「ううん。今、やらないと……」
右手の感覚がない。見えないけど、無くなったんだとわかった。動かしている気になっているのは、その記憶が脳に残っているから。
代わりに左手を天にかざして魔力を放つ。
憎い怪物を殺せたと教わった瞬間、安堵と多幸感が心の中で満たされるのを感じた。冷たい雨に打たれながら、心はあたたかかった。
母の死を悲しむと同時に、そんな悲劇が二度と繰り返されない事実が嬉しかった。
あとは、人々から記憶を消すだけでいい。
きっと怪物の犠牲者は他にもいる。死者が出た事実は変えられないから、残された人たちの悲しみも変わらない。
けど、あんな恐ろしい怪物に殺されたと記憶するよりは、普通の災害の犠牲者だも思い込む方が、少しくらいは悲しみを受け入れやすくなるだろう。
せめて、残された者に少しでも安らぎがあれば。
母を殺された恨みはいつの間にか薄れて、そんな優しさが心を満たしていた。
複数の建物が倒壊して、怪我人も多く出ている。
たくさんの救急車が来て、そのうちのひとつに美里は回収されて病院へと向かい、適切な治療を受けた。
結果として死は免れた。右手の先が破裂して、そこから血がどくどくと流れ出る大怪我なのだから、生きてるだけでも十分だ。
ただし、右手と目が元通りになることは無いと医師に診断された。
いずれも嵐による負傷だと片付けられて、世界の人間は聖装戦姫と恐ろしい怪物のことを一切覚えていないまま日常へと戻っていった。
「美里。君のことは俺が一生面倒を見る。本当にすまないと思っている」
病室で美里に語りかけるチッチは、本当に申し訳無さそうな口調で。
そんな彼がすごく愛おしく思えて。
「ありがとう。でも、いいの。わたしはこれから、自分が守った世界を見ていくのが楽しみだから」
「見て……けど、君の目は」
「だからチッチ。あなたが目になって。わたしの代わりに見えるものを全部教えて」
「ああ! もちろんだ! 約束する! この素晴らしい世界を、全部伝える。だからこれから、一緒に生きていこう」
「ええ。一緒に……」
チッチは今笑っている。目は見えないけれど、それは確信できた。
――――
「それから、もう二十年も経ったのね。その間、この街は平和だった。もちろん今もね。怪物が現れたとしても、それを倒す魔法少女がいるのだから」
美里はサングラスをかけたまま微笑んで、そう話を締めくくった。