5.大好きな母が
ところが、つむぎの方はマジカ世界に興味津々らしい。いや、こいつが気になるのは。
「怪物って、マジックビーストっていうんですね! やっぱりモフモフなんですか!?」
こいつの興味は常にこれだ。
マジックビースト。つまり魔獣だ。獣といえば、確かにつむぎが好きそうなモフモフのイメージ。
「そうね。猛獣が多かったわ。わたしが最初に戦ったのは狼だった。同じ狼のマジックビーストが繰り返し来ることもあったけど、他の動物もいたわ。ライオンとか、ウマとか」
「ライオンさん……ウマさん……」
おい。目を輝かせるな。
「ねえラフィオ。なんでわたしが戦う怪物は、モフモフじゃないのが多いの?」
「僕に文句を言うな。それより美里さん。マジックビーストってなんなんだ?」
「地球の征服を目論む、マジカの過激派の放った尖兵。そう言ってました。召喚して作るそうの。これによって人々を模布市から追い出して、過激派たちが乗り込んで地球での侵略拠点にするの。そこから各地に魔力を打ち込んで、魔法が使える範囲を広げていくの」
しかしマジカ過激派はそれに失敗した。目の前の聖装戦姫が人知れず頑張っていたら。
故に、模布市には今も住民がいて、この地以外で魔法は使えない。
「どれくらいの間、戦っていたんですか?」
「一年くらいかしら。本当のことを知っているのはわたしとチッチだけ。中学生活の合間を縫って、お母さんからも隠れながら怪物と戦って人々の記憶を消す戦いを続けた。最初は苦労してたけど、慣れてくれば怪物退治は簡単にできるようになったわ。街の被害もほとんど出なくなった。お母さんに知られることは何度もあったけど、問題はない。記憶は消えるから」
家が壊れるような被害が出れば、記憶を消してその辻褄合わせをするのも大変だろう。魔法が自動でやってくれるとはいえ、限界がある。
被害が出ないに越したことはないな。
「もちろん、敵も本気を出してきた。過激派のメンバーが自分と怪物を融合させて、強敵として立ちはだかった時が何度かあったわ。それもなんとか倒せたけれど」
「ミラクルフォースの敵幹部みたいなやつだね」
「うん」
つむぎが日曜日が来るたびに見ている変身ヒロインアニメの名前を出す。定期的に敵の元締めみたいなのが出てきてヒロインに立ちはだかるのは、よくある展開だ。
「最終的に、過激派のリーダーがわたしを倒すために全力を出して、とても巨大な怪物になった。この周囲一帯の建物が壊れるくらいの被害が出た。普通に魔法で弾丸を撃っても倒せない。魔力を武器の形にしても、大きさが違いすぎて意味がない。そんな巨大な敵だった」
美里は無事な左手で、先がなくて丸くなっている右腕の先端をそっと撫でた。
――――
その日は休日。仕事で忙しいお母さんも、珍しく朝から家にいた。
それから、チッチと出会った日と同じ、雨だった。
季節外れの嵐がきて、大雨が降って強風が吹き荒れた。
何も覚えてない人たちは後から、その嵐のせいで市街地に大きな被害が出たと認識しているはず。
家々がいくつも潰れて吹き飛んで、少なくない数の死者が出た災害だと思い込んで、その跡地をどう活用するかを行政に期待した。
やはり何も覚えていない当時の市長は、そこに大きなショッピングモールを立てた。すぐ近くの駅もかなりの損害を受けたから、これを機会に改修して再開発を行った。
けど、これは嵐のせいではない。
立ち並ぶ家々と比べて、軽く倍くらいの大きさを誇る巨大なクマのせいだった。
マジカ過激派のまとめ役にして、最後の生き残りとマジックビーストが融合したそれは、街を破壊しながらある地点へと向かった。
目的地は美里の家だった。これの前の戦いで、奴は侵略の邪魔をする聖装戦姫の正体と自宅を知ってしまった。
そこを叩いてしまえば聖装戦姫の抵抗も弱まる。あるいは戦意を削げるかもしれない。奴はそう考えたらしい。
そしてクマは現れた。いつかと同じように美里の近所を破壊して、美里の家まで体当たりひとつで破壊してしまった。
物心ついた時からずっといる家。女手ひとつで育ててくれた母が守ろうとした家。
母を説得してチッチを子犬として飼って、ふたりと一匹で慎ましくも幸せに暮らしていた家が、体当たりひとつで壊れてしまった。
これまで怪物の姿を何度も目にしてきて、その度に記憶を消されていた母は、初めて怪物を見る反応をしながら家の瓦礫に押し潰された。
目の前の光景に呆気にとられ、それでもすぐに娘のことへ思い至った母は、怪物を倒すべく立ちはだかろうとした美里の方を掴んで引き止めた。
逃げましょう。母は最後にそう言ったんだと思う。
風と雨の音と怪物の咆哮によって声はかき消されて、何を言われたのかわからないまま母は死んだ。
そして美里は、恐るべき怪物を睨みつけて聖装を纏った。
こいつを絶対に許さない。殺してやる。
「美里! 気をつけろ! こいつは強い! 冷静になれ!」
チッチが咎めるように叫んだ。
「わかってる!」
まったくわかっていないのに、聖装戦姫に変身した彼女は言い捨てて、怪物の前に立ちはだかった。
そして実力差を思い知らされた。どんな攻撃も、このクマには効かなかった。
だからなんだって言うの? こっちは母親を殺されているのに。逃げるなんてありえない。
まあ、こちらも、これまでの戦いで彼の仲間を何人も倒して、結果として命を奪ってはいたけれど。彼の弟と恋人も殺した。けど、侵略してきたそっちが悪い。
そうだね。そっちにも事情はあるんだろうね。けど、わたしは母の仇を討たなきゃいけないから。
だから聖装戦姫ミサトはクマに右手を向けて、何度も何度も魔法の弾丸を発射した。いかに敵が大きくても、重ねれば確実にダメージになるはず。
もちろん、魔法を使うことは聖装戦姫側にとってもリスクがあること。少しの使用なら無視できる程だけど、体に負荷がかかる。
けど、これは最終決戦だ。そんなこと気にしてる場合じゃない。彼女は攻撃の手を緩めなかった。