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3.チッチとの出会い

 僕のお願いに、山下美里は笑みを返した。


「ええ。教えてあげるわ。……もう二十年以上も前のこと。わたしはこの街の中学生だった。ごく普通の中学生……ではないわね。両親が離婚して母親に育てられていたの。でも、それなりに楽しい暮らしだったわ……」



――――



 そんなある日、美里はチッチと出会った。


 捨てられた子犬。最初の印象はそれだった。

 ある雨の日、家の近くの細い路地にうずくまって雨に打たれている白い毛並みの子犬を、美里は放っておけず家まで抱えて連れ帰った。

 母親は今日も仕事で帰りが遅くなる。家に子犬がいることを咎められる心配も、とりあえずはない。


 子犬をお風呂で洗ってあげて、タオルで吹いてあげた。雨に濡れてぺたんこになっていた子犬の毛並みは、ドライヤーを当てるとフワフワモコモコになった。


 そして。


「ありがとう。この世界にはいい人間がいて助かったぞ」


 その子犬は流暢な日本語でお礼を言った。低めの格好いい声だった。


「犬が喋った!?」


 家のリビングで腰を抜かした美里だけど、一方の犬は落ち着き払って座っていて。


「初めまして。俺はチッチだ。こことは違う世界から来た。君が善人と見込んでお願いをしたい。この世界を救ってくれ」

「な、ななな、なんですか!?」

「この世界に悪意が攻め込もうとしている。魔法がおとぎ話でしかないこの世界に、魔力をもたらし魔法を使えない存在を駆逐しようとする邪悪な集団だ」


 子犬、チッチは落ち着いた声で淡々と話した。



 こことは違うマジカという世界は、住民みんなが魔法使い。科学の代わりに魔法で世の中が動いている世界だ。


 そんなマジカである日、違う世界へ行く手段が確立された。その世界は現地住民から地球と呼ばれていて、魔法が存在しない世界だと判明。


 マジカの住民の多くは、そんな世界を静かに見守ろうと考えた。しかし一部の過激派がそれに異を唱えることに。

 科学などという曖昧な物を活用している劣った文明は滅ぼしてしまえばいい。そして、窮屈になってきたマジカ世界の人間が住む新たな領地としよう。



 過激派たちは手始めに、地球のある地域へ密かに高密度の魔力を打ち込んだ。それは魔法がない世界に魔法をもたらすもの。その周辺で魔法が使えるように、土地に根付く霊脈となった。


 地球の人間が誰も気づかない内に、美里の住む模布市は魔法が使える場所になってしまった。



 チッチは、過激派の方針を許せないと考えて人間を助けようとしたマジカ住民。密かに地球へ行こうとしたところ、過激派にみつかりなんとか逃げ切ったが力尽きて、運良く美里に保護された。




「というわけなんだ」

「いやいや。そんなこと急に言われても。信じられないわよ!」


 流暢な日本語で説明したチッチに、美里は戸惑い気味に返す。


 一方で、喋る子犬なんて魔法でしかありえないとも心の中では思っていた。


 きっと魔法はあるのだろう。


「ええっと……チッチ、さん?」

「チッチでいいぞ」

「じゃあ、チッチ。あなたの来たマジカの世界の人たちは、みんなそんな格好しているの? 犬みたいな」

「ああ。これは素早く走るために変化した姿だ。獣の方が早く走れるからな。それにこの大きさだと疲れないし隠れやすい」


 ボワンと煙が出てチッチの体を包んだかと思えば、同じ場所に成人男性が座っていた。

 二十歳の始めくらいの年に見える。痩身で細面の、イケメンだった。


「これが俺の本来の姿だ」

「わわっ! 待って! 戻って!」

「なんでだよ」

「知らない男の人が家の中にいたら駄目なの! 犬ならいいけど! お母さんに見つかったら大変だから!」

「そ、そうか」


 また、煙と共にチッチは子犬になった。


「俺の話、信じてくれたか? えっと……君をなんて呼べばいい?」

「あ。山下美里です」

「そうか。よろしく」

「よろしくお願いします……じゃなくて! 信じるけど。でもいきなりそんなこと言われても。どうすればいいかわかんないし」

「世界の危機が迫ってるんだ。美里。君に協力してほしい。マジカの過激派が攻めてくるんだ。立ち向かうための戦いをしてほしい」

「無理無理! 絶対無理! わたし普通の中学生! そういうのはもっと、大人とか警察とかそういうのに」

「来た」

「え?」


 チッチが短く口にした次の瞬間。

 窓の外から咆哮が聞こえた。


 慌てて立ち上がって窓から外を見る。家々の隙間に、巨大な獣の頭が見えた。


 真っ黒な体毛。鋭い目。白い牙。一見して凶悪とわかるそれは、二階建ての一軒家と同じくらいの高さを持っているらしかった。


「なによ……あれ……」

「マジックビーストだ。あんなに早く来るなんて」

「に、逃げないと……」

「戦ってくれ、美里。君の力が必要なんだ。俺は今、君しか頼れない。他の誰かに、また経緯を説明している暇はない。怪物が暴れた今、誰かの前に俺が出れば、怪物の仲間と思われるだろう」

「でも」

「お願いだ。君が戦うのが、一番被害が出ない」


 そうは言っても戦うなんて無理だ。きっぱり断らないと。美里は心をきめかけた。


 同時に、誰かの悲鳴が耳朶を打つ。近所の知っている顔が、窓の向こうで恐怖に怯えて逃げ惑っているのが見えた。

 お隣のおばさんも、毎日頑張って働いているおじさんも、毎朝挨拶してくれる小さな女の子も。

 愛おしい、普通の日常が壊れるのが見えた。


 ふと、怪物と目が合った。そしてこっちに向き直った。

 まずい。ここに来る。


 お母さんが帰る家を。大好きな街を。壊されたくない。

 逃げなきゃいけないって気持ちよりも、その想いの方が強くなった。


「チッチ。わたしでも、あの怪物と戦えるの?」

「ああ。もちろんだ」

「やる! やり方を教えて!」

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