1.魔力の中心
僕はラフィオ。魔法少女の妖精だ。
訳あって違う世界から、この世界の模布市という街にやってきて、何人かの魔法少女と何人かの協力者と共に悪の怪物と戦っている。
この世界では物語という形で、魔法少女の存在が浸透しているようだった。
それが本当に出てくればみんな驚くに決まっているし実際にそうだったけれど、悪と戦う正義のヒロインという存在への理解は早かった。
もちろん本物の魔法少女なんて、この世界には僕が作り出した数人しかいない。しかもこの街でしか変身できない。世界の中でこの模布市だけが唯一、魔法少女が存在できる。
この地にだけ、魔力の霊脈が流れているからだ。僕にしか見えない物だけどね。
けど、わからないことがひとつある。なぜこの地にだけ魔力が存在するのだろう?
「ラフィオ、夕飯の材料買うよね? 一緒に行く?」
「行く。モフモフは禁止だからな」
魔法少女のひとり、御共つむぎが話しかけてきて、僕はうんざりしながら返事をした。
つむぎは小学五年生。
そして僕は魔法少女の妖精だから、モフモフの動物みたいな姿をしている。一方で同時に人間の姿にも変身できるし、その際はつむぎと同じくらいの年齢の男の子となる。
だからつむぎは僕と一緒に行動することが多い。あと、彼女はモフモフが好きだ。犬とか猫とか、そして妖精姿の僕も。だから僕にくっついてくる。
僕自身は、つむぎにモフモフされるのは苦手なんだけどなあ。
それでも色々事情があって、僕は居候させてもらってる家の家族とつむぎのの食事を毎日作っている。だから夕飯の買い出しにも行くし、こいつはついてくる。仕方ないから一緒に行く。
別に、仲がいいってわけじゃないからな。魔法少女だから仕方なく付き合ってるだけだ。
家であるマンションを、つむぎと手を繋いで出る。僕のもう片方の手は買い物袋で塞がっている。
「ラフィオ、どこでお買い物する?」
「近くのスーパーでいいだろ」
歩いて五分の所に小さいスーパーがある。そこで必要なものは大抵揃った。
反対方向に歩いて十分くらいに駅があって、その近くにショッピングセンターがあった。そっちの食料品売り場の方が品揃えは豊富だけど、よほど凝った料理を作る時か、他所へ電車でお出かけした帰りの買い物でしか寄ることはない。
だから今日も近場で済ませようとした。けれどスーパーへ向かおうとした所、つむぎが立ち止まった。
「……? どうした?」
「猫さん!」
つむぎがモフモフを見つけてしまった。野良猫だろうな。僕の手を振り払い、スーパーとは真逆の方向に駆け出した。
こうなれば彼女の足は早い。モフリストの気配を察した猫が悲鳴を上げながら全力で逃げ出したけど、つむぎの方が足が速かった。
信じられるかい? 四本足で逃げる動物に女の子が勝つなんて。
少し走って、見事に捕獲に成功した。
「捕まえたー! わー! 猫さんモフモフ! ねえモフモフしていい!? いいよね! ありがとう! モフモフー!」
「ふぎゃぁぁぁぁ!」
つむぎには猫が上げる悲鳴が聞こえていないらしい。猫の首根っこを掴んでぶら下げながら、お腹をワシャワシャしてる。
牙を向いて暴れる猫が嫌がってることも一切意に介さない。
これがつむぎだ。これがモフリストだ。
哀れな猫については同情するばかり。それはそうとして、猫をモフりながら歩くつむぎはどんどんスーパーから離れていく。
「待て。そっちに行くな。せめてスーパーに近づけ。あと猫を離せ」
「えー! やだ!」
「どれに対しての嫌なんだ?」
「猫さん!」
「じゃあこっちに来るのは……いや、駅前の方が近くなった。今日はあそこで買い物するか」
「うん! そうしようそうしよう!」
「店に入るときに猫は離してやるんだぞ?」
「はーい!」
いい返事だ。それはいいんだけど。
駅構内に入って反対側に抜ける。ショッピングセンターはそこにある。だからつむぎに猫を離しなさいと言ったのだけど。
「やだ!」
ほら来た。
つむぎはモフモフとお別れするのを嫌がり、僕から逃げるように駆け出した。
「おい待て!」
なんで夕飯の買い出しをするのに、何度も追いかけっこするはめになるんだ。急いでつむぎを追いかけたけど、モフモフがかかるとこいつの運動神経は跳ね上がる。
差は広まるばかりで。
結局、追いかけっこは。
「ふしゃー!」
「へぶっ!?」
完全に怒った猫が隙をついてつむぎの頭を蹴飛ばし、そのまま逃げていったことで終わった。
「いたた……猫さーん」
「捕まえた!」
「わー。捕まっちゃった」
つむぎはなおも猫を追いかけようとしたけど、僕に手を掴まれて諦めたらしい。
「猫を見つけたくらいで走り回るな」
「えー。でもー」
「ほら。行くぞ。……ここどこだ?」
つむぎが走ったせいで、来たことのない場所に来てしまった。
駅のこっち側って、行く用事がないからね。
「駅はこっちだよー」
スマホを見ながらつむぎが一方向を指差す。迷子になって日が暮れる、みたいなことにならなくて良かった。
ふたりで駅に向かって歩く。そして、今度は僕の方が立ち止まる番だった。
「ラフィオどうしたの? お買い物は?」
「ここ、地面に流れる霊脈が他のどこよりも強い」
この世界で魔力が流れているのは、この街が唯一。
その魔力の中心が僕の目の前にあった。
地面を向いてうつむいた顔を上げると、一軒の家が建っていた。