トンネルの女
実際に体験した実話です。
気分を害したら読まないことをお勧めします。
これはトンネルを通った時に起こった出来事。
田舎町に住む私は、日用品や食料品などを買う際、車で近くの市まで行って買っていた。片道30分程掛かる山道に、本当ならトンネルは通らない。
祖母のお使いを頼まれた時は、時間はそれ程変わらないが普段は通らない道を遠回りして買い物に向かう事もあった。その際トンネルを通る。
その日も、買い物前日に祖母にお使いを頼まれた私は、その場では返事をしたものの、買い物直前には忘れていた。本当ならトンネルのある道を通るはずが、いつも通る道を通っていた。
そのことに気付いたのは、市のお店――いつも買い物をする薬局店に着いたときだった。
「あ、ばあちゃんの……忘れてた」
つい溜息を吐いてしまった私は、帰り道を遠回りして祖母のお使いをしようと考えた。ただ、それが駄目だったのだろう。
そのことを忘れないようにしながら、薬局、洋服店、ガソリンスタンドでの買い物を終えて、最後の食品店へと向かうべく何度目かのエンジンを吹かす。
食品店での買い物は、前日に作ったリストを頼りにつつがなく買い物を終える。買った食品でパンパンになったエコバッグを両手で車へと積むと、運転席に乗り込んで祖母からのお使いを再度思い出す。
忘れなかった自身を誇りながら車を発進させる。買った日用品や食品の重さが車の運転を慎重にさせるのを感じた。
帰り道、いつも通る道への曲がり角を通りすぎてトンネルの方向へと走らせる。車の中では、BGMとして流していた音楽を呑気に口ずさむ。
「よし、ばあちゃんのお使い忘れない私天才」
一度忘れたというのに随分都合の良い頭だな、と今になって思う。
市から町へと戻った時、トンネルは遠目に見える程度。普段夜に車を運転しない私はライトレバーの位置を確認しながら、そのままトンネルへと近付く。
「ん、なにあれ」
トンネルまであと60メートル手前。
トンネルの上に小さな人型のような影が揺れている。トンネルの上はアーチのてっぺん、森で生い茂っていて、とても人が立っていられるような場所ではないのは確かだ。ではあれは何なのか。
アクセルに置いていた足を離して徐々に減速する。得体が知れないからこそ、それには当たらないように対向車線に避けた方がいいだろう。
そう考えていると、トンネルまであと40メートル。やはり人だ。
有り得ない。アーチ状のトンネルのてっぺんに人が座っている。足に履いている靴が見える。揺れている。
「やっ、マジ?」
人ではない、俗に言う“幽霊”だ。そう思ってしまうのは仕方がない。なんせ、私は昔からそういう類のものを見てきていたから。
学生の頃に、一度幽霊に遭遇して怪我したことがあった。それから兄の助言でお守りのブレスレットを付けるようになっていた。何でも、身の危険を感じた時に身代わりになってくれるらしい。しかし、その後幽霊は見るものの身の危険を感じる程の幽霊には遭遇していなかった。
それがまさか、交通量の少ない地元のトンネルで身構える程の幽霊に遭遇するとは思わなかった。
「っ、ふう」
もうトンネルまで20メートル。大きく深呼吸してハンドルを強く握り直す。左手首に付けてるブレスレットを確認して、しっかり前を見据える。
アクセルを強く踏んで、トンネルまで一気に近付く。
「大丈夫、だいじょうぶ……」
小声で自分に言い聞かせるように呟くと、トンネルの中へと車は入る。ライトレバーを付けてトンネルの道路を照らす。
歩道とガードレール、標識。照らしていくトンネルの中は、途中天井のライトが壊れているのか着いていない所がある。
気を引き締めながらトンネルの中を走っていると、出口付近に子供のような人影が見えた。トンネル内の歩道の反対側。道路の端に見える時点で明らかに人ではないだろうが、それが人なのか幽霊なのか判断する前に、その影を通り過ぎてトンネルを出る。
ライトを消しながらチラリとバックミラーでトンネルを確認すると、子供がトンネル出口付近の畦道へ続く道にポツンと立っていた。
「初めて見た……」
トンネルを何事もなく通った事でホッとした私はそうぽつりと呟く。
高校時代には、冬の時期の雪が降った日には日当たりがいいことから、良くそこを通って学校まで送ってもらったりしていた。社会人になった今も、片道ではあるが祖母のお使いの為に通っていた。何故、今まで何事もなかった事がその日起きたのか。
分からない事だらけだが、取り合えず祖母のお使いを思い出した。
トンネルが見えなくなった頃にT字路の交差点が出てきて完全に油断していた。信号によって止まった車の中、左手首のブレスレットを何となく触って待っていると、突如ブレスレットのパーツが足元に転がった。壊れてしまったようだ。パーツを拾おうとしてハンドルを避けるように頭を下げながら腕を伸ばそうとしたとき、見たくないものを見てしまった。
「ひっ……なに……」
助手席側のサイドミラーに髪が沢山絡まっていた。そして鏡ごしに、捨てられたようなボロボロの靴が見えた。
目を見開いて凝視していると、視界の端の信号機の色が変わったようだ。青であることを確認した私はブレーキから足を離す。丁度左に曲がることを利用して靴の存在を確認しようとしたが、そこに靴は一足もなかった。
幽霊の闇に呑まれるかもしれないと思った私は、ずっと流していたBGMの音量を上げた。少しでも好きな音楽に包まれて幽霊の事を忘れたかった。
その後、祖母のお使いを早くに済ませて帰った私は、壊れたブレスレットのパーツを探して直そうとしたが、バーツの約半分がひび割れていて修復は不可能だった。
そして髪が沢山絡まっていたサイドミラー。解いて捨てようとしたが手では解けず、鋏で切るしかなかった。
後日、地元のトンネルについて調べた所、昔トンネルの上の森にて山登りしていた時、子供が行方不明になり、親は悲しみと目を離してしまった自身を責めて自殺してしまったらしい。
ネットには、体験談としてその場での目撃談のブログがあった。トンネルのアーチの上に座って揺れていたのは、自殺してしまった親なのだろうか。トンネル出口付近の畦道へ続く道に立っていた子供は、行方不明になった子だったのだろうか。真相は分からないが、この時以降そのトンネルを通るが、再びその姿は見ていない。
このお話の数日後、車の事故で車が故障しました。
事故当時、私はその場に居なくて停車している状態だったので怪我はありませんが、ぶつかった所は髪が沢山絡まっていたサイドミラーの下でした。