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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

地獄のアフタヌーンティーを召し上がれ〜どうしてこうなった〜

作者: 山下愁

『ルージュ先生、お誕生日おめでとうございます。

 用務員一同、あなたの誕生日をお祝いできることを嬉しく思います。


 誕生日のお祝いとして特別なお茶会を開きますので、ぜひ植物園までお越しください』



 ルージュ・ロックハートが問題児――いや用務員連中からそんな内容の招待状を受け取ったのは今朝のことである。


 本日はルージュの誕生日だ。

 実は年齢をあまり知られたくないので誕生日を知っている人間はごく僅かである。まあ、年齢を知られたくないと言っても自分の年齢を覚えていないのだから知りようがない。そんなもので7月20日の本日は、ルージュにとってただの日付である。


 なのに毎年、問題児と名高い用務員連中だけは律儀にお祝いしてくれるのだ。誕生日プレゼントと称して地味な紅茶や薔薇の花を贈ってくれるが、今年はどんなものが待っているのか。



「まあ、祝ってくれるというのであれば素直に祝われるんですの」



 内心ではちょっとウキウキのルージュは、指定された植物園に向かった。


 放課後ということもあって、植物園に生徒の姿はあまり見られない。将来的に魔法植物関係の研究がしたいという生徒がちらほらと存在する程度だ。植物園では飲食も禁止されていないので、お茶会を開くのも持ってこいである。

 硝子製の扉を開けると、花のいい香りがルージュの鼻孔を掠めた。色とりどりの花が咲き乱れるこの植物園はズボラな白い九尾の狐が管理人を務めているが、この花を管理しているのはヴァラール魔法学院の保健医である純白の聖女様だ。授業で使う花を枯らしたことが原因で、あの狐は置物の管理人にされたのだとかそうではないのだとか。


 ルージュが植物園に足を踏み入れると、



「いらっしゃぁい」


「あら」



 ルージュを迎えに来てくれたのは、背の高い男である。

 執事服にはち切れんばかりの肉体美を押し込めた筋骨隆々の男性は、用務員で2番目に勤務歴の長いエドワード・ヴォルスラムだ。「ルージュ先生、待ってたよぉ」などと強面とは裏腹な間延びした声で言う。


 エドワードは恥ずかしそうに笑い、



「似合わない格好でごめんねぇ」


「いいえ、そんなことありませんの。凄くお似合いですの」


「ルージュ先生、何で涎を垂らしてるのぉ?」


「おっと失礼しましたの。何でもありませんの」



 ルージュは思わず垂れてしまった涎を拭う。


 他人には言っていないことだが、ルージュは筋肉フェチである。特に筋骨隆々とした男を地面に這いつくばらせて可愛がる生粋のドS魔女だ。

 その性癖に合致するのが、問題児のエドワードなのだ。迷彩柄の野戦服に浮かび上がる鋼のような肉体美、見上げるほどの高身長――そんな彼を四つん這いにさせて鞭で叩けばどんな声を聴かせてくれるのかとちょっと想像したりもした。


 居住まいを正すルージュは、



「それではご案内をお願いしますの」


「こっちだよぉ」



 先導するエドワードの逞しい背中を眺め、ルージュは「眼福ですの」と邪なことを考えるのだった。



 ☆



 案内された先には1人分の小さなテーブルと椅子のセットが置かれていた。


 真っ赤な薔薇の花壇に囲まれた場所に用意された席は、まるでルージュの為に準備されたかのようだ。テーブルに敷かれた純白のクロスには薔薇の花が刺繍された可愛らしい意匠となっており、ルージュは一眼で気に入った。

 去年は紅茶の缶と薔薇の花束というラインナップを渡されて終わりだったが、今年は随分な気合の入り方である。異世界からやってきた新人の知識に影響されているのだろうか。


 エドワードが椅子を引き、



「どうぞぉ」


「ありがとうですの」



 ルージュはエドワードが引いてくれた椅子に腰掛ける。執事姿だからか、その業務が板についてきたような気がする。



「ハルちゃん、持ってきちゃってぇ」


「あいあい!!」



 エドワードが薔薇の花が咲く茂みに呼びかけると、その後ろから銀色のカートを押す小柄な執事が飛び出してきた。

 カートを押すのが楽しいのか、銀色のカートを押して爆走してくる小柄な執事はハルア・アナスタシスである。エドワードと同じくちゃんとした執事姿をしているのだが、何故かいつもの暴走具合は抜けていないような気がする。


 ハルアはルージュの座る机の横で急停止すると、



「あい!!」



 銀色のカートに乗っていたティースタンドをガシャン!! とテーブルへ叩きつけるようにして置いた。


 ティースタンドには幸いなことに、何も食べ物が乗っていなかったので大事にはならなかった。これで食べ物が乗っていたらハルアの速度や乱暴具合に耐えきれず、開始早々に吹っ飛ばしていたかもしれない。

 ハルアは一仕事終えたと言わんばかりに額を拭っていたが、エドワードに後頭部を引っ叩かれていた。「そっと置けって言ったじゃんねぇ」「何もないんだからいいじゃん!!」というやりとりが聞こえる。


 ルージュは空っぽのティースタンドを一瞥し、



「アフタヌーンティーですの?」


「一応ねぇ」


「では肝心のケーキや軽食などはどこに?」


「ハルちゃんが運ぶってなったから皿だけ先に持って行かせるってユーリが言ってたぁ。勢い余って食べ物を吹っ飛ばしたら大変だからねぇ」



 納得の理由である。納得できてしまった自分が怖い。

 ハルアは不満げにしているが、これはいい判断だとルージュでも思う。何せ相手は手加減の出来ない暴走機関車野郎だ、食器を置くのにも乱暴だったから空っぽの状態で後入れの方が最適である。


 すると、



「ハル、カートは玩具じゃねえんだぞ」


「ごめん!!」


「あとティースタンドはそっと置けよ、高かったんだぞ。壊したらお前の眼球を抉るからな」


「代償が怖すぎるんだよね!! でも眼球1つで済ませてくれるなら安いものだよ!!」



 薔薇の花が咲く茂みの裏から、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルが姿を見せる。

 肩だけが剥き出しとなった真っ黒な装束から変わり、スカートの長いメイド服を着ている。エドワードやハルアが執事姿なのだから、女性陣がメイド服を身につけるのは必然的だ。


 ユフィーリアは楽しそうに笑うと、



「よう、ルージュ。楽しんでるか?」


「ええ、エドワードさんの執事服姿でサンドイッチ5個はいけますの」


「俺ちゃんはおかずか何かぁ?」



 エドワードに怪訝な視線を寄越されたが、ルージュは華麗に微笑んで誤魔化した。性癖にブッ刺さっているのだから、それはもうおかずにするしかなくないか。



「ほい、アフタヌーンティーの為に用意したケーキと軽食だ」



 ユフィーリアが雪の結晶の刻まれた煙管を一振りすると、今まで空っぽだったティースタンドに小さなケーキや軽食などが出現する。


 全体的に赤を基調としたラインナップである。薔薇の形をした飴細工で飾られたプチケーキや薔薇の形をしたチョコレート、薔薇の花が添えられたグラススイーツなど見た目だけでも十分に楽しめる綺麗なケーキたちだ。

 軽食も充実しており、手頃な大きさのサンドイッチや小さな硝子杯グラスに詰め込まれたトマトとチーズのサラダなど多岐に渡る。どれも素晴らしい出来だ。


 豪華なケーキと軽食を前に瞳を瞬かせたルージュは、



「これはユフィーリアさんがお作りになりましたの?」


「そうだぞ」



 ユフィーリアは銀食器を用意しながら、



「あ、薔薇の花弁は食用だから食べてもいいぞ」


「いいセンスをしておりますの」



 ルージュがそう言うと、遅れてコロコロという何かを転がす音がする。


 すっかり忘れていたが、お茶会に欠かせないものと言えばお茶の存在である。薔薇尽くしのケーキや軽食に合わせているだろうから、きっと薔薇を使った紅茶を用意してくれたはずだ。

 用務員の中にはお茶を入れるのがとびきり上手な南瓜頭の元娼婦がいる。彼女の抜群のセンスは期待できる。


 茂みの裏手からやってきたのは、



「こんにちは、ルージュ先生」


「こんにちハ♪」



 もはや彼の制服と化した雪の結晶が刺繍されたメイド服の少年、アズマ・ショウが銀色のカートをコロコロと押しながらやってくる。ハルアとはまた別のカートで、その上には陶器製の薬缶ポットやカップが置かれていた。

 後ろに続いてくるのは南瓜のハリボテで頭部を覆ったメイド、アイゼルネだ。彼女は手ぶらなので、紅茶を入れる係と言っていいだろうか。


 ショウはテーブルの横にカートを止めると、ルージュの前に薔薇の絵が描かれたカップを置く。それから陶器製の薬缶から、茶色い液体をカップに注ぎ入れた。



「あら、貴方が入れるんですの?」


「アイゼさんから紅茶の入れ方を学んでおりますので」


「今回はおねーさん、監督役なノ♪」



 アイゼルネが楽しそうな声で言う。


 紅茶を入れるのが上手なアイゼルネから手解きを受けていれば、まあその腕前は信用できるだろうか。彼もまた生真面目で勉強熱心なので、きっとアイゼルネの技術を上手く吸収してくれているはずだ。

 カップにお茶を注いだショウは「どうぞ」とルージュにカップを差し出してくる。焦茶色の液体はカップの底が見えないほど色濃く、不思議なことに匂いはしない。一体何のお茶なのか分からない。


 カップに唇を寄せるルージュは、



「これは何のお茶ですの?」


「ああ、泥水です」



 噴き出した。

 ついでにカップもひっくり返した。


 テーブルもセッティングされ、美味しそうなケーキと軽食を用意しておきながら、肝心のお茶がまさかの泥水とは想定外である。



「おや、どうされました?」


「どうされました、じゃねえんですの!!」



 ルージュはキョトンとした表情で首を傾げるショウに怒鳴りつけると、



「泥水を提供するとはどういう了見なんですの!?」


「それを貴女が言いますか?」



 ショウはルージュの顔を鷲掴みにすると、5本の指にギリギリと力を込めながら朗らかに笑う。

 この異世界にやってきた時よりも逞しくなっているような気がする。その細い身体のどこにこんな顔面を握り潰すほどの握力が秘められているのか不明だが、とにかくルージュの顔全体に激痛が襲いかかった。


 暴れるルージュに、ショウは「なら教えてあげますね」と優しい口調で言う。



「3日前、貴女が強制的に開いたお茶会にユフィーリアたち七魔法王セブンズ・マギアスが参加させられました。そこで貴女以外の全員が見事に病院へ運ばれ、治癒魔法のお世話になりました」



 その時のことをよく覚えている。


 ルージュはいい茶葉が出来上がったので、ぜひ七魔法王の全員に飲んでもらおうとお茶会を開いたのだ。その時に飲み物を提供したところ、全員揃って泡を吹いてぶっ倒れるという大惨事が発生した。

 てっきり病院に運ばれるほどの天にも昇る美味しさだったのだろうと思っていたのだが、どうやらこの旦那様を愛してやまない女装メイド少年の地雷を盛大に踏み抜いたらしい。手つきに容赦がない。


 ショウは地面を二度ほど踏むと、



炎腕えんわん、ルージュ先生を締め上げてくれ」



 その言葉へ応じるように、腕の形をした炎――炎腕がルージュの足元から生えてくる。

 わさわさと伸びてきた炎腕は、あっという間にルージュの身体を拘束した。どれほど腕を振り払おうとしても相手の力が強くて引き剥がせず、身動きが出来ない状態にされる。


 そんなルージュの口を無理やりこじ開け、ショウは薬缶をガッと掴んでルージュの口の中に熱した泥水を注ぎ込んできた。



「ほーら美味しい美味しい泥水ですよ」


「がぼぼぼぼぼぼもがーッ!!」


「ちなみにご用意した泥はヴァラール魔法学院の外にある湖の泥です。ミネラルたっぷりっぽいので美味しいと思いますよ。俺は絶対に飲みませんが」


「もがががががががーッ!!」



 くぐもった悲鳴が喉奥から聞こえてもなおショウの拷問は止まらず、ルージュはたっぷり熱された泥水を飲み干すこととなった。



 ☆



 可愛い嫁による拷問をまるで他人事のように眺めながら、ユフィーリアはルージュの為に一応用意しておいたちょっとお高めの紅茶の缶をアイゼルネに渡す。

 言い訳のようになるが、今回の作戦は全てショウが計画したものである。最愛の嫁から「ルージュ先生をアフタヌーンティーに招待するから、指示するケーキと軽食を用意してくれ」と言われたので、面白そうだから料理の腕を振るっただけだ。何の仕掛けも施していない薔薇を題材に扱った、ルージュあての誕生日プレゼントである。


 紅茶の缶から茶葉を取り出したアイゼルネは、



「ショウちゃんってば、すっかり逞しくなっちゃったわネ♪」


「一体誰に似たんだろうね!!」


「黙秘する」



 何やら探るような視線を寄越してくるハルアから目を逸らしたユフィーリアは、



「あ、お前らも食う? ルージュと同じものなんだけど」


「食べるぅ」


「美味しそうだったから食べたい!!」


「おねーさんもいただくワ♪」


「わー、凄え食いつき。ショウ坊のも残してやれよ」



 ルージュの為に拵えたアフタヌーンティー用のケーキと軽食の同じメニューを摘みつつ、ユフィーリアはショウの拷問が終わるのを待つのだった。

 とりあえず、3日前に生死の境を彷徨った仕返しは嫁主導の地獄のアフタヌーンティーで相殺することにしよう。

《登場人物》


【ルージュ】魔導書図書館の司書であり、七魔法王が第三席【世界法律】の名を冠する偉大な魔女。優れた記憶力を持ち、如何なることでも覚えていられるが都合の悪いことは忘れるタイプ。味覚が死滅していることに自覚はなく、よく毒物紛いの紅茶を振る舞って他人を保健室送りにしている。


【ユフィーリア】この前本気で被害に遭い、生死の境を彷徨った。誕生日プレゼントは薔薇を使ったアフタヌーンティーのケーキと軽食。妥協することなく材料選びからデザインまで本気を出した。

【エドワード】ショウに指示されたので執事服を着てみたが、窮屈なので一刻も早く脱ぎたい。誕生日プレゼントは薔薇の絵が描かれた紅茶のカップをあげた。

【ハルア】ショウと一緒に湖の泥を取ってきた。誕生日プレゼントに用意したのは薔薇の刺繍が入ったハンカチ。

【アイゼルネ】まさか用意していた飲み物が泥水だとは思わなかった。誕生日プレゼントにはお高めの紅茶を厳選して贈った。

【ショウ】全ての首謀者。ユフィーリアに危害が及べばその犯人をこてんぱんに叩きのめすほど逞しい精神を持つようになった。別にルージュ先生は嫌いではないので誕生日プレゼントには化粧ポーチを用意したが、それはそれとしてユフィーリアに危害を加えたので泥水を嫌というほど飲ませた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! ルージュ先生のお誕生会・・・もといルージュ先生への断罪イベント回、最初から最後まで大笑いさせていただきました!!まさかタイトルの時点で噴き出すとは思…
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