新王都ミザルーン・3
砕けた世界。ひび割れたそこから何かがこちらを見る。
その目は精霊というよりは、なんだか生々しい人間のようで……
そういえば何百年も前の資料にひとつの伝説が書かれていた。
精霊は神の言葉であり、その全てを識り、<神霊>を呼び出したものが、次の神になるのだという。
神?
これが?
こんなものが?
憎悪と嫉妬と執念と恨みで塗れた、まるで人間そのものなこれが神だというの?
精霊は神の言葉で書かれた神の使い。そう言われている。
だけど。私たちはその神がなんであるのかを知らない。
たくさんの本を読んだけど、誰もそのことについては知らなかった。
私たちは、世界を作った神なんだから世界に対して優しいだろうと決めつけていた。
もしかしたらそれは人間を憎む悪神かもしれないのに。
いや。
悪神だからなんだ。
どうせ私には何もない。
悪心だろうとなんだろうと、力をくれるならもらってやる。
手の中の何かをさらに強く握りしめる。
お前が神なら、私の願いを叶えろ。みんな笑ってる。そんな世界を作る力を私によこせ!
<──────>
それは声だったのか。
あるいは単なる風の唸りだったのか。
頭上から声が聞こえた。
あの時と同じ、何もない空から届く声。
ひび割れた世界の向こうから、誰かが私を呼ぶ声がする。
何を言ってるのかはわからない。
だけど。
……助けを、呼んでる?
それは、もう存在しないはずの言葉。
300年前に滅んだ辺境都市エルドライの言葉。
どういうこと? あそこにはもう誰もいないはず。
今はもう廃墟すら残っていない、この世界に初めて悪魔が現れた、文献に名前だけが残る都市。
その言葉が空間を震わせて私の中に入り、そうして、私の意識が黒く染まっていった。
父さんの神官のおじいちゃんの話す声が聞こえる。
「神に触れたのか──」
「存在しないはず……いや、滅んだはずだ……」
「この子は危険だ」
「しかし、最後の希望でもある。このまま滅ぶくらいなら……」
「おとう、さん……?」
「気がついたのか!?」
父さんが私の肩をつかむ。
「あれはなんだ!? どうやって奴等に触れたんだ!?」
「痛いよ、お父さん……」
「あ、ああ。すまない……」
慌てて手を離す。
「大丈夫か? どこにも怪我はないか?」
「う、うん。大丈夫、だと思う……」
体のどこにも痛みはない。
少なくとも怪我はしてないはずだ。
「試練は、合格したの……?」
「ああ、もちろんだとも」
神官のおじいさんが答える。
「試練は合格だ。ソフィア=ラングレーよ。そなたを今日から精霊使いの一員とする。人類のため、この街のため、より一層励むように」
「……はい!」
私にはなんの才能もない。
それを誰にも気づかれるわけにはいかない。
だからこそ、できることは全部やるしかない。
もう絶対無理だと思ったけど、それでも諦めることだけはしなかった。
たとえ嘘でもいい。諦めなければ、奇跡が起こるまで足掻き続ければ、奇跡は起こる。
私はもう二度と諦めない。
この手を伸ばすことをためらわない。
それが炎の中だろうと、恐ろしい闇の中だろうと、そこに望むものがあるのなら、決してためらわない。
それだけが、みんなを笑顔にする、私の唯一の戦い方だ。