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辺都エルドライ・3

「ユーリ!?」


 焦るようなニクスの声が響く。

 死角となってた木陰から飛んできた氷の槍が僕の頭を直撃する。

 冷たい槍は僕に触れると同時に消えてしまった。


「えっ? 今のは……」

「うちのユーリに何してくれるんだこのーっ!」


 ニクスが炎の球を生み出して、氷の槍が飛んできた方角に向けて投げつけた。


「クソッ! 直撃したはずなのに、なぜ……! いったん引け!」


 何人かの走り去っていく気配がする。


「ユーリ、私たちも逃げるよ!」


 その隙に、ニクスに先導されて庭園の中を走っていく。

 向かうのは僕の家だった。


「さっきのは一体……」


 ニクスが助けてくれたのかと思ったけど、違うみたいだった。


「ユーリは私たち精霊に愛されてるの。ユーリを傷つけたいと思う精霊なんていない。ただの精霊魔法じゃ向こうから勝手に消えちゃうよ」

「そうなの?」

「そうなの。でも、敵もそれは分かったはず。次は精霊の意志を奪って攻撃してくる。さっきみたい奇跡はもう起きないからね」


 だから見つかる前に早く逃げるよ、とすごい速度で飛んでいく。

 僕は追いかけるので精一杯だった。

 休憩のためにいったん立ち止まる。そこから見えた街の様子に、僕は立ち尽くしてしまった。


 街のあちこちから煙が上がっていた。

 それを起こしているのは、遠いここからでもはっきりとわかるくらい、悪魔のように恐ろしい醜い姿をしたナニカだった。

 ニクスも顔を曇らせる。


「<闇の精霊(シェイド)>……。本当にこの街を滅ぼす気なんだ……」

「あれも、精霊なの……?」

「そう。呪いを振り撒く闇の精霊。命を持つものなら虫でさえ逃さない、恐ろしい精霊だよ」


 体の震えが止まらない。

 あんなものが精霊だなんて認めたくない。でも今も目の前で街が破壊され、人々が殺されていく。


「……そうだ! ニナお姉ちゃん!」


 恐ろしい予感が頭の中に浮かんでくる。

 そんなわけない。そんなこと、あるわけない。そう信じたいのに、全身から血の気が引いていく。


 全速力で走った。

 街へと近づくにつれ、血を流して倒れる人や衛兵さんが増えはじめた。

 止まりかける足を無理矢理に動かす。

 今足を止めたらきっと二度と動かなくなってしまう。勢いに任せて走り続けた。

 館に戻ると、玄関の扉が壊されていた。


「ニナお姉ちゃん!!」


 館に飛び込み、広間で大声を上げた。

 答えはない。館にいないからなのか、それとも……


「ユーリ!」


 ニクスの声で振り返る。

 広間の影に大量の人影が潜んでいた。

 青白い肌と、正気のない瞳を向けて僕に襲いかかってくる。


「あっちいけ!」


 ニクスが炎の球を投げつける。

 直撃した相手の右腕が吹き飛び、全身が炎に包まれる。

 なのに、まるで痛みを感じてないかのようにそのままこちらに向かってくる。


「<幽鬼(ガスト)>。死者の魂から生まれる精霊だよ。痛みも感じない。早く逃げないと」


 だけど広間には既に大量の幽鬼(ガスト)に囲まれてて、入口もふさがれていた。

 どうしよう……。相手はジリジリと近づいてくる。このままじゃ……


「薄汚れた存在で、この館に入るな」


 鋼のように硬い声が響く。

 部屋の奥から現れた甲冑姿の騎士が、手にした巨大な剣を真横に振った。

 その一撃で無数にいた幽鬼の半分が両断され、黒い霧となって消えていく。

 騎士がもう一度剣を横に振ると、それで残りの幽鬼もいなくなった。

 それを確認して、騎士が鋭い瞳で僕を睨みつけた。


「この程度も倒せないなんて、アーギュスト家の恥晒しめ」

「お母さん……」


 全身をおおう鎧と剣は、お母さんが従える鉄の精霊による<鉄乙女(ガーディアン)>だ。


「だけど、よく生き残りました。そこだけは褒めてあげます」


 初めて聞く優しい声だった。


「今の玉座に居座るのは偽りの王。正統な血筋は私たちにある。あなたの中にある精霊の才能がその証。いいですか。その血を決して絶やしてはなりません。生きるのです。生きて、いつか必ずこの国を取り戻すのです」


 お母さんがまっすぐに僕を見る。

 その時に気がついた。鼻を突くような強い鉄の匂い。鎧じゃない。鎧の隙間から、いくつもの血の筋が流れていた。


「お母さん、その傷……!」

「裏口までの敵はすべて倒しました。敵は街の殲滅が目的のようですから、今ならまだ子供1人くらい見逃されるでしょう。ニクス、私の息子を頼みましたよ」

「任せてください。この人こそ私たちの王にふさわしい人ですから」

「お母さん!」


 僕の叫びに、お母さんは微笑みを返した。


「最後に託せてよかった」


 鉄の精霊の気配が消えて、全身の鎧が霧になって消えた。残った剣を杖のように床に突き立て、かろうじてその体を支える。

 鎧の下は真っ赤に染まっていた。

 身体中が切り刻まれ、傷口がどす黒く染まっている。

 精霊の守りを失ったからか、血の匂いに混じって強烈な腐敗臭が漂いはじめた。

 ニクスが顔をうつむかせる。


「闇の魔力に蝕まれてる……。これじゃ、もう……」

「生きなさい……生きて、必ず、この国を……」

「お母さん……」

「……」


 お母さんは死んでいた。

 最後まで僕のことも、自分のことも心配することなく、家のことだけを心配して。


「行こう、ユーリ」


 ニクスに促されて館の裏口へと向かう。

 僕は無言のままその後に従った。


 廊下にはあちこちに戦いの跡が残されていた。


 精霊の強さは、文字の強さで決まる。二文字魔法よりも、四文字魔法の方がより強い力を宿す。多くの神の真理を宿す言葉が、より強い精霊を形作るんだ。

 敵はきっと幽鬼(ガスト)だけじゃなく、四文字である闇の精霊(シェイド)もいたんだと思う。

 だけどお母さんは怯まなかった。三文字である<鉄乙女(ガーディアン)>で敵の群れと戦い続けたんだ。


 戦う必要なんてないと思ってた。この平和がいつまでも続くと信じてたんだ。

 そのせいで、今の僕には何もできない。精霊を使役して戦う方法を一つも知らないんだ。

 今もみんなが殺されているのに、逃げることしかできないんだ。


「ユーリ!!」


 ニクスが小さな体で僕の髪を後ろに引っ張った。

 思わず止まった僕の目の前に、巨大な棍棒が振り下ろされた。

 裏口ごと館が叩き潰される。瓦礫となった天井から見えたのは、禍々しい気配を放つ氷の巨人。


「<神話に住む霜の巨人(ヨトゥンヘイム)>……」


 神の九文字(ジオグラマトン)による大精霊が僕らの目の前に立ちはだかった。

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