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新王都ミザルーン・2

 今日で私の運命が、私たち家族の運命が決まる。


 この街では12才になった子供は神殿の試練を受けることになっていた。

 神の声を聞こえるかどうか。どんな精霊を扱えるのか。どれだけ見えているのか。それを確認する。


 あれから私たち家族は幸せだった。

 父も母もいつも家にいて、私のことを愛してくれた。

 この幸せな家族を壊すわけにはいけない。

 だから私はこの一年間、死に物狂いで学び続けた。

 幸い、父と母に言えばいくらでも買ってくれたから、勉強する教材には困らなかった。


 私は精霊は見えるけど、召喚はできない。そういうことになっている。

 それはまだ12歳の子供で未熟だからだ。だから私はその技術を学ばなければならない。


 精霊の力は才能で決まる。

 神の声が聞こえるかどうか。それは生まれ持った才能がすべてだ。

 才能があるものは、何もしなくても神の声が聞こえる。

 逆に才能のない者は、どんなに修行しても聞こえるようにはならない。


 理由は分かってないが、魂が神に近いかどうか、で決まると言われている。声は耳ではなく魂で聞くのだと。

 故に、どれだけ肉体的な修行を行ったとしても聞こえることはない。


 精霊を召喚するところは父に見せてもらった。

 父は最初乗り気ではなかったけど、やがて吹っ切れたように私に様々なことを教えてくれた。

 父が精霊を召喚する姿を何度も目に焼き付けた。今では目を閉じるだけで、小さな指先の動きまでも思い出せる。試練までたったの一年しかなかった。1秒も無駄にできなかった。今ではまったく同じ動きをすることだって可能だった。


「精霊は人間たちの隣人ではない。道具として扱うことはあっても、仲間として扱ってはならない。その常識を忘れていた。……これは、復讐なのかもしれない。私はもう正気ではないのかもしれない。もう何もわからない、だけど、もうこうするしかないんだ」

 そう苦悩する父に、私は寄り添った。

 大丈夫だよ。そう言うと、父は少しだけ苦悩を忘れられた。そうあってほしいと私は願っていた。


 母に頼んで、精霊に関するありとあらゆる書物を取り寄せてもらい、読み漁った。

 現存する資料に残されたすべての神性文字を暗記した。そこから予想される高位文字列や、神の真意の解釈も全て記憶した。今なら私独自の解釈による論文だって何本も書ける。

 何百年も昔の資料にだって目を通した。そんな古い資料になんの価値があるのかと笑われることもあった。

 神殿の試験は毎年違う。準備をしてしすぎるということはなかった。


 そうして試練当日を迎えた。


「大丈夫、ソフィアなら必ずできるわ。だって私の自慢の娘ですもの」


 母が抱きしめてくれる。その温かさに思わず私も抱き返す。

 父も後ろから黙って見守っていた。無言で一度肩を叩く。その力強さに、私も力強く頷き返した。

 神殿の試練は私1人で突破しなければならない。2人は扉の前までで止まった。


「精霊の祝福を」


 その言葉に私も笑顔を返す。


「大丈夫。みんな笑ってるよ」


 そうだ。この笑顔を壊すわけにはいかない。私は何がなんでもこの試練を超えなければならないんだ。


 神殿の重い扉を叩く。

 非力な私の手では小さな音さえ立てられなかったけど、「どうぞ」と中から声が聞こえた。


 手で押し開ける。

 中は広い空間で、荘厳な空間の一番奥に1人の年老いた神官が立っていた。

 私はその人に向けて一礼した。


「ソフィア=ラングレーです。今日はよろしくお願いします」


 わずかに声が震えてしまった。

 神官のおじいさんが柔らかく微笑む。


「緊張することはない。噂は聞いているよ。とても熱心に勉強しているそうだね」

「ありがとうございます」

「さあ、こっちにおいでなさい」


 私は無言のまま言われた通りお爺さんの前まで進んだ。

 とても偉い人のはずなんだけど、そう感じさせないとても優しそうな人でよかった。緊張がわずかに解けるのを感じる。

 目の前まできたところで、おじいさんが語りかけた。


「ソフィアはどうしてそんなに精霊使いになりたいんだい?」

「みんなを笑顔にしたいからです」

「ほう。笑顔に」


 感心したような、少し驚いたような声だった。


「どうして精霊使いになると皆を笑顔にできると考えてるのかな」

「精霊は人々の役に立ちます。防衛、建築、畑仕事に研究まで。あらゆる分野で役立ちます。その力を使えば、多くの人が喜んでくれると考えたからです」

「なるほど。その年でそこまで考えているとは、利発な子だね。皆が推薦するだけのことはある」


 推薦? 試練にそんな制度があるなんて知らなかった。

 試練の結果は本人の実力のみで決まるわけじゃなかったの?

 もしかして……何か見落としが……?


「うむ。君のことはわかった。問題はないだろう」


 ホッと息をつく。ここまでは想定通りだ。


「では君の資質を見せてもらおう。精霊の召喚は?」

()()できません」

「そうだったね。では、ふうむ。そうだな──」


 ここからが本当の試練。何を問われるのかが問題だ。そのためにあらゆる知識を詰め込んだ。

 息を呑む私に向けて、おじいさんは微笑みながら腕を上げた。その手のひらで見えない何かを持ち上げるように。


「何が見えるかね?」


 精霊召喚には2種類ある。

 詠唱を伴う高度な召喚と、無詠唱による簡易召喚だ。


 私はおじいさんの顔を、腕を、指先を、じっと観察した。

 観察して、そして目を閉じ、直前の動きを思い出す。

 あらゆる知識、父が見せた召喚の記憶を総動員して、その動きと照らし合わせる。

 大丈夫。それは知ってる。


「<(アクア)>です」

「具体的には?」

「水の球です。手のひらの上に……指2本分くらいの高さで浮いています」

「では、これは?」

「……<氷剣(アイスソード)>です。氷の、短剣です。切っ先を下に向けています」

「ふむ。見事だ。そこまではっきりわかるとは」


 おじいさんが驚いている。そして、口の中で何かを唱えた。


「──────」

「えっ」


 聞き取れなかった。

 いや、聞こえていたのに聞こえなかった。

 ()()()()()


「これはどうかね」

「…………」


 見たことがない動きだった。

 父は王都でも並ぶものがいないといわれるほど才能豊かな精霊使いだったが、それでもすべての精霊を扱えるわけではない。むしろ知らない精霊の方が多い。


 大丈夫、想定内だ。あきらめるな。思い出せ。必ず答えはある。

 そのために図書館にある蔵書から、噂レベルの資料にまで、すべて目を通したんだから。世界で唯一の精霊でない限り、必ずどこかに答えがある。

 そうして、かろうじて記憶の淵に引っかかった単語をひねり出した。


「………………<火の精霊(サラマンダー)>、です……」

四文字(テトラ)まで……。その年で、恐るべき才能じゃな」


 今度こそおじいさんは本当に驚いたようだった。


「ありがとう、ございます……」

「うむ。君のことはよくわかった。十分じゃろう」


 思わず安堵の息がもれた。

 気を抜けばそのまま倒れてしまいそう。だけどなんとか踏みとどまった。

 こんなことで失敗したくない。倒れるならせめて父と母の腕の中がいい。


 おじいさんは懐から何かを取り出し、私に手渡した。

 手のひら大のなめらかな石だった。


「これを持ちなさい」

「これは?」

「召喚石という」


 聞いたことがなかった。心臓が鼓動を打つ。手のひらにじわりと汗がにじむ。


「知らないのも無理はない。これはまだ最近見つかったばかりで、世界でも数個しかないからね」

「どうして、これを……」


()()()使()()()()()()()()()()()()


「えっ!?」

「心配はいらない。これがあれば、どんなにわずかな才能の持ち主でも、必ず精霊を呼び出すことができる」

「で、ですが、私は……」

「大丈夫。君ほどの才能の持ち主なら、必ず応えてくれる」


 おじいさんが優しく笑いかけた。

 私にはそれ以上何も言えなかった。


 どうして……。こんなことに……。

 無理だ。私には才能がない。それはもう昔からわかっている。

 どんなに練習しても、どんなにまねても、わずかにも声が聞こえないんだ。

 精霊使いの才能は生まれ持ったもので決まる。後から得られることは絶対にない。


 ……違う。


 手のひらの石を強く握りしめた。

 そのまま砕けろと願うくらい、すべての力をちっぽけな手のひらに込めた。


 あきらめるな。嘘でもいい。諦めなければ、何かが起こるかもしれない。


 あの時、あの子がいなくなった時、私は諦めてしまった。

 本当は気づいていたんだ。振り返った時、あの子は燃えていて、まだ生きていた。

 だけど手を伸ばすことができなかった。もう助からないと、決めつけてしまった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 目を見開いて驚くあの子と目があっていた。

 助けてと、そう言った気がした。私に手を伸ばした気がした。

 もうわからない。わからないんだ。私がその手をつかまなかったから。


 また同じ過ちを繰り返すのか?

 せっかく取り戻した幸せな家族を、また壊すのか?

 諦めたらまた全てを失うだけだ。

 だから、なんでもいい! 何かをしろ!

 願えばいいの!? 力を込めればいいの!? わからない? なら思いついたことを全て試せ!!


「あ、ああ……ああああああああああああああ!!」


 自分でもわからない言葉を叫んだ。言葉じゃなかったかもしれない。体の奥からあふれる衝動に任せて叫んだ。魂の叫びだった。


 何をしてるのか自分でもわからない。

 でも何もしないなんてことはできなかった。


 何かをすれば、何かが起こる。

 何もしなければ、何も起こらない。

 それが私が学んだこの世界の全てだ。


 見てるだけで。憧れてるだけで。夢は叶わない。

 足掻き続けろ。もがき続けろ。奇跡が起こるまで諦めるな。

 そのためなら嘘をついても構わない。


「私は精霊使いだ! 世界でたった1人の、世界で最強の、天下無敵の精霊使いだ!」


 笑え。みんな笑ってる。それがあの子のくれた魔法なんだろう。


「あはははははははははははははは!!!!!」


 石が砕けるか、私の指が砕けるか。

 そのどちらかになるまで全身全霊で笑い続け。


 びしっ──


 ひびが走った。

 目の前の空間に。


 そうして、世界が砕けた。

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