新王都ミザルーン・1
お父さん、お母さん、どうして笑ってくれないの。
家族みんな笑顔でいたいだけなのに。
幸せな毎日を過ごしたいだけなのに。
私はどうして、何もできないの。
私には妹がいた。
精霊の声がひとつも聞こえない私と違って、妹は才能にあふれていた。
生まれた時から精霊の声を聞き、精霊と遊んでいた。
何をしてるのかと聞いたら、みんな笑ってると答える。そんな子だった。
この子はこの国を救う、世界一の精霊使いになる。誰もがそう思っていた。
妹は3才の時に死んだ。
ほんの数秒前まで元気に笑っていたのに、ちょっと目を離したら灰になっていた。
呆然とする私の前で、小さな煙が一筋だけ伸びていた。
小さな魂が存在した最後の証だった。
「精霊だ」と、父が一言だけ漏らした。「近づきすぎたんだ」と。
あの日から私の家族は壊れた。
母は私を見るたびに泣いた。どうして死んだのがあなたじゃなかったのって。
父は家にいない時間が増えた。街を守るためだと言って何日も家をあけて、精霊を殺して回った。
ある日、母が不思議なことを言い出した。
人間は神に精霊を還すべきだ。
神の言葉によって精霊は生まれた。
精霊は神の使い。それを人が使役するなど傲慢の極み。
愚かな人間から精霊を解放し、神に還すべきだ。
それが何かの宗教であることは、まだ幼かった私にはわからなかった。
母は部屋にこもって祈るようになった。
父はますます家にいない時間が増えた。
家には私1人だけが残された。
1人は嫌だ。寂しい。みんなが笑っていたあの頃に戻りたい。
そう思っても、幼い私にはどうすることもできなかった。
ある日、珍しく家に父も母もいた。
だけど会話はなかった。何かのタイミングでたまたま家にいる時間が重なっただけだった。
父は悲壮な顔で玄関に向かい、母はやつれた顔で部屋に向かう。
私の家族はまたバラバラになろうとしている。
「……あ、あのっ!」
必死にのどから絞り出したせいで声が裏返ってしまった。
それでも私の必死さが伝わったのか、珍しく2人とも立ち止まって私を振り返ってくれた。
そんなこと、ここ数年で一度もなかった。
きっと最初で最後のチャンスだ。
言うんだ。もう一度家族になりたいと。みんな笑っていたあの頃に戻りたいと。妹のことは忘れてほしいと。私を、愛してほしいと。
……言えなかった。
思いはあるのに、言葉が出てこない。
諦めることに慣れてしまった私の中には、何も残されていなかった。
母が無言で背中を向けた。父が失望したようにため息をついた。
また離れちゃう、バラバラになっちゃう。
私は、どうして……
その時、誰かが私を呼んだ気がして、天井を見上げた。そこには誰もいない。でも確かに声が聞こえたんだ。
「私を呼ぶのは誰?」
何もない天井を見上げながらつぶやくと、2人が驚いて私を見た。
母が勢いよく廊下を走り、血走った目で私の肩を掴んだ。
「聞こえたのね? 声が聞こえたのね!?」
私は驚いて、無言のまま頷いた。
母が感極まったように何度も頷く。
「ああ、そうよ。そうに決まってるわよ。だって私の子だもの……!」
父が私を見た。
「神の声が聞こえたのか?」
なんのことかわからなかった。
でも、父が私に声をかけてくれるなんて何年振りなんだろう。それもわからないくらい久しぶりで、私は嬉しかった。
だから答えてほしいだろう言葉を答えた。
「聞こえたよ」
うなずき、手を伸ばす。
あの子がしていたことを思い出しながら、精霊と遊ぶように手を伸ばす。
「みんな笑ってる」
父が戻るはずのない道を引き返してきた。
母が私を抱きしめた。「ああよかった。これなら神殿の試練にも間に合う」。そう言って喜んでいる。
なんだ、こうすればよかったんだ。
私の中にあの子がいる。父も母もここにいる。家族4人がそろってる。これでよかったんだ。
「みんな笑ってる」
もう一度つぶやくと、母が嬉しそうに涙を流し、父が顔を歪めた。
妹と同じような仕草と言動を私がするのを見て、言葉にならないみたいだった。
みんな笑ってる。
何も見えない天井に向かってもう一度つぶやいた。
あの子が私にくれた、願いを叶える魔法の言葉だった。