9.無茶な依頼
「鎧作りはうまく行ってますか? 随分と熱心に、過去の鎧を観察してらしたそうですけど」
職員の男女の口ぶりから、ジャンが鎧を見ていたのはあの日だけじゃない。職員に様々な質問をして、過去の作品を知り仕事の参考にしようとしている。
その熱意が、どうやら実績に結びついていないようで。
「駄目だ。どんな鎧を作ればいいのか、さっぱりわからない。男爵からは、独創的で人目を惹くような鎧を作れと言われた。過去の鎧を見れば見るほど、どうすればいいのかわからなくなる」
「なるほど……」
制作途中で父から引き継ぐことになった仕事。それだけでも大変なのに、男爵さんは無茶なことを言ったそうだ。
まあ事情が事情だし、そういう注文は当然とも言えるだろう。
けど、注文は他にもあった。
「奥方からは、動きやすさも重視してほしいと言われた。大会に出るからには、勝ってほしいと」
「奥様から?」
珍しいな。武闘大会は男どもの祭典。女子生徒は、意中の殿方が出ていれば応援に熱も入ろうが、そうでなければ大した興味を持たないものだ。
お淑やかであれと育てられた令嬢たちなのだから。
そういう女の成れの果てである夫人たちも、同じく興味がないのが一般的なのだけど。
「奥方は、さる騎士の一族の娘だった。さほど上流の騎士ではないらしい」
「でしょうね。上流の騎士の娘は上流の貴族と結婚しますから」
「詳しいな」
「あー。調べていたので」
いつの間にか、ジャンとは私ばかりが話してて、レオンは聞き役になっている。
「ほら。お姫様とかに憧れて。知れば知るほど、あまり気持ちのいい世界ではないなと感じましたけど」
「そういうもの、らしいな」
ジャンが、少しはわかると言った様子の返事をした。
きらびやかなパーティーやドレスが全部な世界だったら、私も楽だったのに。公爵家に戻ってもいいかと思ってたのに。
既に金も権力も持ってるのに、それを更に求めて他者と比べ、見栄を張り合う世界。
悪人や醜い人間は庶民にもいるけれど、私はこの酒場で働く方が合ってるようだ。死者の弔いも、生者の所業よりかはずっと単純でわかりやすい。
先日、お金持ちが嫌いだと明言したレオンが、私を見つめている。何を考えてるのかな。
それよりも、今はジャンの話だ。
依頼主の奥様が騎士の娘だっけ。
もちろん、騎士がなんなのかは知ってる。モフチャスの駒にもある通り、兵士の一種だ。同時に世襲で得られる、爵位にも似た称号でもある。
庶民がなる普通の兵士とは違う専門的な教育を受けて、指揮官の役目を負う人たち。高い給料を貰って立派な屋敷を有している、貴族の仲間だ。上位の騎士は爵位も持っている。
そして騎士の娘は貴族令嬢だから、他の金持ちの家に嫁ぐものだ。そこで夫の家に合わせて生きる。
嫁ぎ先が騎士の家でも、奥さんが戦いや軍務に関わることはない。普通はそうだし、故に実家でも騎士らしいことはしない。
その奥さんは普通ではなかったようだけど。
「騎士の血を引く息子には、立派に戦って欲しいのさ。金がかかった鎧を披露するだけでは足りない」
「奥様は、家がよほど誇りだったんですねえ……」
「そうなんだろうな」
こうして、金持ちとしての威光と実用性を兼ね備えた鎧を作れという注文が来てしまった。
相反するものだ。装飾をつければ重く、動きにくくなる。そういうのは削ぎ落とした方がいい。
実際のところ、急所だけ守る簡素な鎧を身に着けた方が、他のゴテゴテした重装歩兵を纏った動きの悪い学生たちなら圧倒できるだろう。
それで、依頼主を納得させられるとは思えないけど。
なんとか折衷案を出すことも可能ではある。どうせ成り上がりの金持ちだ。他の重装歩兵がどんなものかもろくに知らない。
と、いうことにならないのが難しいところで。
「俺の工房と、もうひとつの工房に同じ注文を出したんだ。試作品を作らせて、出来が良さそうな方に正式に発注する。選ばれなかった方は必要経費しかもらえない」
「それ、よくあることなんですか?」
「どうだろうな。あまり聞かないが……より良い物を作ってほしい気持ちはわかる」
この人。物作りへの姿勢がまっとう過ぎて、選ばれる側になってしまったのを受け入れている。
「競争相手はドヴァンの家だ。強敵だ」
「そうなの?」
「俺に聞くな。俺は鍛冶屋には詳しくない」
だろうな。
私とレオンの会話を見たジャンは、少しため息をついた。
「大手だよ。大量の鍛冶屋を雇っている工房だ。軍からの大量の剣が欲しいとかの発注にも対応できる。大型の製品を作るにしても、分業で出来るから効率がいい」
ひとり親方でやってる小さな工房の主であるジャンとは大違い。
「ドヴァンさんの工房は頭の数が多いので、アイディアも多く出そうですね。無茶な課題の解決法とか。意匠をどうするかとか」
「ああ。そして親父は、大手に負けられないと気負いすぎた」
だから亡くなるほど無茶をしてしまったわけだ。
「親父の遺志は俺が受け継ぐ。絶対に、この仕事を完成させてやる」
他にも発注先があるのだから、最悪自分が作れなくてもなんとかなる。
とはいかないらしい。
「親父さんの遺志以外に、仕事をしなきゃいけない理由があるのか?」
「大した話じゃない。経営の問題だ」
「金がない?」
「そうだな。街の鍛冶屋はギルドに毎月金を納めている。所属の更新料とか手数料とかの名目のそれが払えないと、ギルドから除名されてしまう」
「そうなれば鍛冶の商売はできない、か」
ジャンはまた頷いた。




