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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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8.ジャン

 男性はレオンをじっと見た。


 怒ったような顔が、怪訝さによってさらに怖くなる。もっとも、それで怯むレオンではない。


「あんた、最近知り合いを亡くしただろ?」


 男性の目が微かに見開かれた。図星なのだろう。これで、話をする余地が生まれた。


 その死者の霊は、たぶん今頃私に取り憑いているのだろう。そして仲間の霊から、何かあったら私を転ばせるといいよと教えられてるのだろう。

 霊ってお喋りするのかな?


 レオンが男の隣に座ったのに合わせて、私も座る。転ばされてなるものか。


「生者と死者の悩みを聞いて、道を示すのも聖職者の仕事だ。何があったか話してくれ。話すだけでも楽になることもあるぞ」

「あんたは」


 男性の視線はレオンではなく、その向こうに座った私に向いていた。


「先日はどうも……」

「ああ。これも縁か」


 彼は戸惑った様子だけど、こちらを信頼したらしい。


「俺はジャンだ」

「レオン。こっちはルイだ」


 まずは名乗り。変な名前ではない。そして名字がない。

 服装からしても、彼は庶民階級なんだな。労働者なのは見て取れる。着古した服は、所々が汚れていた。


「鍛冶屋をしている。俺の親父もそうだったし、祖父も同じだったと聞いている。同業者が集まる鍛冶屋街で代々工房を受け継いできた。小さい工房だけどな」


 なるほど。ジャンは鍛冶屋さんか。


 そして彼は重装歩兵の鎧を見つめていた。

 彼の抱えている事情はなんとなくわかった。


 それからもうひとつ。親父も鍛冶屋、だったと言った。


 過去形なのは、引退したからか。それとも。


「身近な死者は、ジャンの親父さんか」


 レオンがこういう口調になっているのは、相手に親しみを感じてるというよりは、強そうな男性を相手に舐められないようにするため。

 その必要がない程度には、ジャンには常識はあった。けど今更丁寧な口調に切り替えるのも違和感があるし、ジャンもこっちの方がやりやすそうな雰囲気があった。


「……ああ。ついこの間、死んだ。やりかけの仕事を残してな。もう若くはないのに、仕事にのめり込み過ぎた。寝る間も惜しんで取り組んで、体を壊すなんて。馬鹿だ」

「その仕事とは?」

「金持ちの家が、鎧を作れと言ってきた。学校の武闘大会に使われる、豪華絢爛なやつだ」

「魔族戦争の頃の、重装歩兵のような物ですね。この前見ていたような。その仕事をジャンさんが引き継ぐことになったわけですね」

「そうだ」


 私の質問に、ジャンはしっかりと頷いた。


 今でも、武闘大会のために新しい鎧は作られる。先祖代々受け継がれてきた物を持たない、新興貴族が頼むことが多い。


「ヴィルオバルという、王都に住む男爵家だ。最近、爵位を貰ったそうだ」

「なるほど、男爵ね。王都在住ってことは領土を持たない種類の貴族かしら。まあ、男爵程度ならそんなものだけど」

「あんた、貴族に詳しいのか?」

「い、いえ。それほどでも。ちょっと調べてた時期がありまして」


 私が公爵令嬢だったことは秘密だ。


「ちなみに、爵位を貰った経緯は?」


 話題を私から逸らすために質問したところ、ジャンは困った顔になった。


「あまり客の情報を漏らすのは」

「いいじゃねえか。俺は聖職者。聞いた秘密は誰にも言わない」


 こんな信頼できない聖職者も珍しい。

 見た目によらず職業意識が高いらしいジャンの方が立派だ。


 けど、聖職者の言うことは重んじられるもの。


「役所で働く官僚だ。人より仕事を多くこなして、上にお世辞も言って出世した男だ。ある程度偉くなれば爵位が貰えることもある。上役に気に入られていれば、なおさらだ」

「そうなのか?」

「あー。そうね。そういうことも時々あるらしいわね」


 私に聞くな。部外者に元貴族だと悟られることをするな。


 けど、実際にありえることではある。


 私が在学中も、そういう貴族の子は何人かいた。思いがけず入学や編入ができたり、在学中に家格が上がったことを周囲に得意げに自慢する者。

 元から庶民というわけではなくて、下級貴族の子ではある。

 学校に通うだけの格とか金銭的余裕があるかのギリギリの線だったのが、上に行けたというだけのこと。

 家の立場が上がるのは嬉しいことだし、気持ちはわかるけど。


 でも上流階級の中では新参者だし、家格は低い。これは学校だけではなく、社交界においても同じこと。政治の場でも、貴族夫人の交流の場でも。

 家族それぞれが苦労することになる。


 そのために、人間関係の構築に尽力し、なおかつ上流貴族としてふさわしい姿を見せるためにお金を使って、着飾ったり屋敷に豪華な調度品を入れたり。

 新しく授与された男爵というのは、そういうものだ。


 他の貴族よりも見栄に金を使わないといけない。使えるだけの力を見せないと、単なる成り上がりと見なされ周囲から疎外されかねない。

 くだらない話だと、私も思う。


 武闘大会のために上等な鎧を作れというのも、そういう背景があるのだろうな。


 鍛冶屋にとっては、技術の限りを尽くして盛れるだけ盛った製品にきちんと金が払われるのだから、良い案件ではある。

 ジャンは幸運だな。やけ酒を煽っていたあたり、実際は違うようだけど。

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