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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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52.アニエスの、ささやかな願い

 私はこれから、姉さんとまともに関わることはないだろう。そして私の家族は私より、姉さんを庇うはず。

 姉さんが私のことを家族に喋るか否かに関わらず、私は家族と対立する仲になった。


 心の中で、どこかで思ってたのかな。もしかすると公爵家に戻る日が来るかもしれないって。


 離れていても心はひとつとか、家族愛についてロマンチックで馬鹿げた考えを、私は無意識に抱いていたのだろう。


 アニエスの母がジャンの父を殺した。その事実を知れば、ふたりは苦悩するはず。きっと乗り越えるだろうし、ふたりの関係は変わらない。けど、家族の情念を断ち切ることも難しい。なぜなら家族だから。簡単には割り切れない。

 手紙を出すとき、私はそう予想した。同じことを自分の家族にも思っていたからだ。


 それが、少しだけ辛かった。


「大丈夫。今はわたしたちが、ルイの家族だから。家族は、新しく作れるから。レオンも、ユーファちゃんも、みんな家族だよ」

「ええ。そうね。私たちは家族。家族は作れる」


 失った家族に情を持つなというわけじゃない。けど、失ってばかりが家族でもない。



 私は幸せ者だな。



――――



「アニエスさんは筋がいいですよ! お料理は誰から習ったのですか!?」

「お婆ちゃん……父の母からです。前のギルド長のお嫁さん」

「そうでしたか! 良いお婆さんだったのですね!」

「うん。料理の腕も良かったよ。リリアさんほどじゃなかったけど」

「光栄です!」


 アニエスは、リリアが母について尋ねなかったことを、少し不審に思った。そして、気を遣われているのだと気づいた。

 母と、あまり仲が良くないことをリリアは察しているのだろう。


 ジャンとの結婚の件だけじゃない。思えば元から、あまり関わってこなかった。


 娘に家事を教えるのは母の役目であることが多い。ちゃんと教えることもあれば、母の姿を見て自然に覚えるということも。

 けど、母ユレーヌの姿から家事を覚えた記憶はアニエスにはなかった。


 母は何をしていたっけ。鍛冶屋の職人さんと仲良くしているのは見たことがあるな。


 何をしていたのだろう。


 職人さんのお昼ごはんを作ったりするのも、鍛冶屋の女の仕事ではある。あとは、汗ばんだ作業着の洗濯とか。アニエスだって実家でやった。

 そういう世話のために接することはある。けど、肝心の仕事をしている所は見たことがない。


 わたし、母のことを何も知らなかったんだな。


 ちゃんと話せば、わかり合えることはあるだろうか。

 あると思いたかった。家族だから。


 でも、リリアは家にいろって言っている。レオンくんの指示なんだろうか。

 従った方がいいのはわかってる。わかっているのだけど……。


「あの。リリアさん」

「はい!」

「リリアさんは、誰から家事を習ったんですか?」

「私ですか!? 母からです! 同じお屋敷で働いていました!」

「そうですか……」


 リリアが羨ましかった。


 やっぱり私も、お母さんと話したい。今からでも、まともな親子になりたい。



――――



「アニエスはどこにいるのよ!?」

「大声を出さないでください。ジャンの家ですよ。間違いない」


 人の家にズカズカと上がりこんだ挙げ句、ヒステリックに喚くユレーヌに、ドヴァンはうんざりしながら答えた。


 確かにアニエスは魅力的な女だ。絶対に欲しい。こんな女から生まれたとは思えないほどの気立ての良さだ。

 が、結婚した後は実家との縁を切らせるべきだな。相手はギルドの家だから難しいが、こんな女と関わりたくはない。なんとかしないと。


 具体的な案を思いつけるほど、ドヴァンは賢くはなかった。いざとなれば雇っている職人の誰かが、いい方法を思いついてくれると考えていた。

 まあこの女も、娘の結婚相手に自分を指名してくれたことだけは、ドヴァンも感謝しているのだけど。


「連れ戻せないの?」

「無茶を言わないでください。ジャンの工房に押入るのは、さすがに無理です。あいつと殴り合いになったら勝てない」

「ふんっ。情けない。男のくせに」


 なんだよ。偉そうに。でかい面できるのも旦那の仕事のおかげのくせに。


「だったら、ジャンのいない隙か、アニエスが外出した時にやればいいでしょ。あの子を連れ去るくらいなら、あたしが許すわ」


 娘の行動は自分が支配できると考えているユレーヌは、当たり前のように言った。


 ああ。そうするつもりだ。けど、最近あの工房には何者かわからない奴が出入りしている。

 女と子供だ。昨日は別の女が入っているのを見た。美人で巨乳のうまそうな女だが、声がでかいのが欠点だな。


 何者かわからないが、邪魔者なのは間違いない。


 ジャンが他の女に目移りしていると、アニエスの両親に告げ口して婚約破棄まで持っていけるかとも思ったけれど、それは無理なようだ。女たちがアニエスと良好な関係を築けているのだから。


 まあいいだろう。所詮は女子供だ。どうにだってできる。俺だって普段から鍛えているから、腕力には自信がある。

 ジャンには勝てずとも、俺には知略も人脈もある。どうにでもなるさ。


「ええ。いいでしょう。隙を見てアニエスを連れてきますよ。そこから先、アニエスを俺の嫁にする説得はあんたがしてください」

「ふん。言われなくてもやるわよ。娘が母親に逆らうなんてありえないんだから。言うこと聞かせてやるわ」



――――



 翌朝。私は疲れのせいで昼過ぎまで寝てしまった。

 レオンとユーファは既に起きていて、店の開店準備を手伝っている。ほんと、若いっていいわね。私も若いけど。


「おはよ、レオン」

「おはよう。行けるか?」

「ええ。ジャンさんの家にね。さっさと様子を見て、リリアを応援して帰りましょう」

「リリアに応援が必要とは思えないけどな」

「それはそうね」


 あの子、マイペースだから。ジャンの家でも自由に振る舞いつつ、必要な家事だけやってるに違いない。

 ジャンとアニエスは困惑してるかも。リリアの応援よりは、ふたりへの説明の方が優先されるかもな。


 とにかく私は、レオンと一緒に工房へと向かっていった。

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