51.王都への帰還
「つ、疲れた……行きは楽だったのに帰りが大変ってどういうことよ……」
「賊に襲われたから」
「ええまあ。それはわかってるのだけど。死ぬかと思ったのよ」
「簡単に蹴散らせた」
「ええ。ユーファちゃんは強いわね……」
王都の中心部近くで商人たちに大いに感謝されてから別れた私は、ぐったりと座り込んだ。
北部で大きな金が動いているということは、そのおこぼれにあずかろうとする輩が増えるということ。
普通に商機を見出すのなら結構なことだけど、良からぬことを考える賊も移動してきたようだった。
中心部と鉱山の中間くらいの、一番人気のない位置で通る商人を狙った賊と出くわした。
まあ、大したことはなかったのだけど。通り道を警戒していたユーファが、いち早く気配に気づいて周りに知らせた。
商人の馬車は速度を上げ、気づかれたと悟った盗賊たちは、よせばいいのに出てきて追いかけてきた。
元々ここを拠点としていなかったのに移動してきた、フットワークの軽い盗賊団だ。御大層に馬を持っていた。
そしてユーファとレオンにあっさり片付けられた。商人自体にも護衛がついてたから、圧勝だった。
ユーファもレオンも賊の手足ばかり狙っていたから殺してはいない。けど、当分は仕事ができない体になった。
商人たちは賊の存在を兵士に伝えるという。すぐに治安維持のために彼らは動き、あの道は元のように平和になる。
私だけが疲れたというわけだ。怖いのとか緊張とかで。
「ほら。ヘラジカ亭まで帰るぞ」
「うへー。元気がないです」
「立て。ほら」
「レオン支えて……」
「まったく」
私を助け起こして、肩を貸す、というよりは胴体に掴まるみたいな感じで私を支える。身長差のおかげで、私が抱きつかれてるみたいだ。
「リリアはちゃんとやってるかしら」
「やってるだろ。明日、様子を見に行こう」
「そうね」
空を見れば暗くなっていた。今から伺うのは非常識かな。明日の朝、行こう。
ヘラジカ亭も忙しくなる時間帯だし。私たちが数日抜けた分、みんな頑張ってたんだろうな。
ちょっとは仕事、手伝ってあげないと。私はとても疲れてるのだけど、座りながらの仕事だしなんとかできる。
「なあ。これから鉱山開発がどうなっていくか、情報を手に入れる方法ってあるかな?」
「知りたい?」
「知る必要は薄いけど、なんとなく」
「神父がわかるはず」
「確かに。エドガーに手紙のやりとりをお願いするか」
「わたしが、行ってくる?」
「ううん。急がないから」
賊との戦いの後だというのに、何事もなく普通に会話をするちびっ子たち。子供の体力は無限か。
けど必要なことだ。あの後、姉さんたちがどうなったかを私は知らない。大怪我をして助けられた、その後だ。
結局私のことを話すかもしれない。怯えて口を閉ざしたままかもしれない。現場がどうなったのかも知らないと。
まあ今は、ジャンたちの方を優先させないといけないけど。
「おかえりみんな! 今日はゆっくり休んでいいからね! お疲れ様!」
「いや、少しくらいは働く」
「うん」
「わ、私も働くわ! お皿洗い任せて!」
レオンとユーファに釣られるようにして、私はニナの厚意を断ってしまった。
うん。いいんだ。ニナたちのためなんだから。
「疲れた……限界を超えて疲れた……」
その日の営業終わりには、私はぐったりと机に突っ伏すことになった。
「お疲れ様。よく頑張ったね。偉い偉い」
「ニナー! 好きー! あのクソガキたちと大違い!」
「よしよし。鉱山のこと、教えてくれる?」
「うん! あのね」
ニナは優しいな。私の前に夕食を出しながら、穏やかに声をかけてくれた。
レオンとユーファは疲れた様子もなく、お店の片付けをしていた。こちらを気遣う様子もなかった。このクソガキども。
既にお客さんは帰っている。私はニナに、あったことを順を追って話した。
他の従業員にはあまり聞こえないようにする。中にはレオンや私の体質を知らない人もいるから。
知ってる人も多いけどね。
「そっか。お姉さんを自分の手で。大丈夫?」
「ええ。それは……ちょっと悲しいけど、ちょっとだけ」
「うんうん。辛いよね」
「少しだけね」
別に、好きな相手じゃない。しかも悪人だ。悪事をしていたとも思ってなさそうな、最悪の人。
けど姉だ。家族に未練はないとはいえ、実の姉と会話しないままに暴力を振るったのは、あまり気持ちがいいこととは言えない。
「うんうん。今日はお腹いっぱい食べて。それでぐっすり寝よっか。明日もお休みしていいよ」
「そうね。明日はジャンさんの工房まで行かなきゃいけないから、ゆっくりしてる暇はないのだけど」
「そっかー」
「ごめんね。明日もお店、忙しいでしょ? あまり手伝えなくて」
「いいっていいって。まあ、明日も世間的にはお休みの日で、お客さんいっぱい来そうだけどね」
「あー。そっか」
すっかり日付の感覚がなくなってたけど、今日と明日は一週間の内の休みの日だ。
ヘクトルは工房に来たのかな。明日、それを確認しないと。
そしてヘラジカ亭は、仕事終わりの労働者だけではなく、休日は家族連れで賑わう。そういう人気店なのだ。
「ほんと。手伝えなくてごめん。様子を見に行くだけだし、すぐ帰ったら力になるから」
「いいの。気にしないで。ルイはわたしにとって、もう家族なんだから。もっと頼っていいんだよ?」
「うん」
気にするなと言ったのは、お店を手伝えないことに対してだけじゃない。姉と、悲しすぎる決別を果たしたことに対してもだ。




