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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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50/60

50.優しく、臆病な少年

「リリアさん料理うまいですね! どこで習ったんですか? あ、そういえばレオンくんたちもヘラジカ亭で働いてるんでしたっけ」

「いえ! 私はヘラジカ亭の従業員ではありません! 暇なメイドです!」

「暇な……メイド?」


 話題を変えたいのか、アニエスがそう尋ねたから、事実を少しぼかして答えておいた。


 暇なメイドなんているのか。いるとして、屋敷を放っておいて鍛冶屋なんかに来ていいのか。そんな疑問を抱いたらしいアニエスは困惑気味に首をかしげた。


「いいんです! 暇なので!」

「そうなんですねー」


 リリアが詳しいことを明かさないから、アニエスには何もわからない。けど彼女は気にしてない様子で受け入れた。


「リリアさんお料理教えてください! わたし、いいお嫁さんになりたいので! リリアさんの技、教えてください!」

「はい! もちろんです!」


 アニエスはこれから、大事をとって外出を控えないといけない。暇になるだろうな。それくらいのことはしてあげよう。


 とりあえず、今日の晩御飯を一緒に作ることからだな。



――――



 ヘクトル・ヴィオバルは普段から、実家から学校に通っている。王都の貴族の子女はほとんどがそうするもの。


 寮は、他所の領地や、王家直轄領内でも端の方に家を構える生徒たちが使うもの。


 たまに、親元を離れたいとかの理由で寮生活を送る者もいる。

 しかしヘクトルには無縁なものだった。


 たかが男爵家。しかもつい最近までは爵位もなく、少し高い位置の官僚でしかなかった彼の家は、寮の部屋を借りるなんて無駄遣いはできない。学校に行く身分かどうかすらギリギリだったのだから。


 今日は休日で、鍛冶屋街を出た彼は徒歩で家に帰る途中だ。そして両親と対面する。いつものことだ。


 ヘクトルは、家族のことは別に嫌いではなかった。両親と妹。仲睦まじく暮らしている。

 権力欲に溺れて出過ぎた真似をするとか、他所の家の権力欲のために命を狙われるなんてこともない。


 確かに問題はある。母は騎士の家系の娘で、父や兄に憧れて自分も騎士になろうとしたらしい。

 しかし兵役は男の仕事だと断られた。そして将来有望な官僚であるヘクトルの父に嫁ぐという、貴族の女にとっては普通すぎる結婚をした。

 故に母は、武闘大会でヘクトルに活躍してほしいと考えている。戦士の真似事をして、母の希望が何か満たされるわけでもないのに。


 そして父もまた、武闘大会に大きく期待をかけていた。新しい男爵家の力を見せつけるための立派な鎧。息子がそれを着て、堂々と皆の前で振る舞うことを望んでいた。

 他の家も似たような鎧で着飾っている。それに、一日で終わる武闘大会で多少アピールをしただけで何になるというのだろう。


 ヘクトルの気持ちは、さっきジャンに伝えたばかり。武闘大会も重装歩兵も、彼にはさしたる興味も持てなかった。


 それを両親に伝えれば、露骨に不機嫌になる。それがヘクトルは嫌だった。

 家族だもの。仲良くしてほしい。鎧の件さえなければ、仲のいい家族なんだ。


 これはきっと、どこの家にもある些細な問題。あるいはすれ違いなんだろうな。


 きっと母の実家も、母の願いが叶えられないことを含めて、いくつかの問題を抱えていたのだと思う。けど、良き家庭だったはずだ。

 ヘクトルは母を尊敬しているから、そんな母を作った家庭への信頼もあった。事実、祖父も祖母も良き人だと思う。



 けど。尊敬できるのはジャンも同じだ。ヘクトルは、見えてきた自分の屋敷に向かう足を止めた。


 両親に明かせなかった本心を、ジャンには明かせた。そして彼は、自分の商売が懸かっている中でもヘクトルの意思を尊重してくれた。


 思った通りの人だった。ジャンは、怒ったような顔の中に、確かに優しさを持っている。ヘクトルはそれを見抜いていた。



 両親は最初、ドヴァンの家にだけ鎧を発注しようと考えていた。

 複数の業者に注文することのメリットはあるが、デメリットも大きい。単純に金がかかるのは、爵位を取ったばかりの貴族には躊躇われるものだ。それに手間も増える。


 けど、両親がドヴァンの鍛冶屋にむちゃくちゃな注文をして、ドヴァンが困惑しながらも出来ると安請け合いしたのを見て、ヘクトルは不安になった。

 両親はなんとも思ってない様子だったけど。単に大きな工房にお願いすれば、なんとかなると考えているだけだった。


 だから両親に、他の鍛冶屋も見て回らないかと提案した。


 そして偶然、外出から帰ってきた所のジャンを見つけたわけだ。まだ彼の父が存命だった頃だ。

 その時からジャンは怒ったような顔をしていて、内に善性を秘めていた。そして、この人ならきちんと仕事をしてくれると確信した。

 無理なことは無理と言うだろうし、両親ではなくヘクトルの意見をわかってくれるだろう。だから、この工房にも頼むことにした。


 実際に仕事をするのはジャンの父だと後でわかったし、彼が亡くなったことには深い悲しみを覚えた。

 それでもジャンは仕事を引き継ぐと、予想通りにヘクトルを呼び出して話を聞いてくれた。


 彼は協力してくれる。たぶん、一緒に両親を説得してくれるだろう。けど、一緒にだ。まずは自分が頑張らなければいけない。

 今日、両親に切り出して。


「……無理だ」


 僕にはできない。両親が不機嫌になるのが怖い。普段は優しい両親が、信念を否定される瞬間の、あの顔。


 なんで僕は、こんなに臆病なのだろう。

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