46.山からの離脱
起きたのは昼前くらいの時間帯。思った通り礼拝堂に人が押し寄せていた。
そこに安置されていた遺体が、なぜか資材置き場に移動しているのだから当然だ。
労働者のひとりが、遺体が死んだ仲間のものだと気づいた直後にこうなったのだろう。
人が何人も来ている中に紛れるように、私たちは物置を出て教会の裏口から外に出た。
村中が、昨夜の怪奇現象の噂でもちきりだった。
私たちの仕業とは当然バレてはいない。
死んだはずの労働者が何故か蘇ってネドルとルチアーナ夫妻を襲った。いつの間にかテントから攫われて、資材置き場まで運ばれて木材を崩されて大怪我をさせた。
そんな内容だ。
資材置き場の見張りが、間違いなく元気なルチアーナと話していたことも、不気味な現象だと受け止められていた。
こんな内容を村人だけではなく、労働者たちもあちこちで話していた。
どうやら今日の作業は中止らしい。
当然だ。最高責任者の夫婦が、謎の状況で大怪我を負って仕事ができなくなった。折からの死亡者の増加や竜に関する噂など、全部が縁起の悪い事象になっている。
開発の他の首脳陣は、集まって緊急会議だ。現場の仕事どころではない。
彼らも今頃怯えていることだろう。ネドルたちに起こったことが、自分にも振りかからないと誰が言えようか。
私たちは言えるんだけどね。
死者が蘇って凶事を働くのは、先日ラングドルフ伯爵領でもあったこと。噂を知っている者もいるだろう。故に、魔道具の関与を推測する者もいた。
いずれにせよ、怪奇現象が起こったと考える者が大多数。つまり、具体的な犯人探しをするどころではないということだ。
「騒がれているうちに逃げよう。ルイとルチアーナが似てることに気づく奴もいるかもしれないし、ユーファは昨日テントの見張りと顔を合わせてる」
「そうね。テントから攫ったタイミングが、ユーファちゃんの訪問と結びつけられるかもしれないわね」
「中心部まで行く途中にも街がある。そこで誰かに馬車を借りよう。あと、ここの神父に手紙を書こう」
「お世話になったのに、挨拶せずに去るのは気が引けるわね」
「仕方ないさ。また会いに行こう」
神父様は、教会にやってきた人たちの相手で忙しそうだ。遺体を再度安置する必要もあるし、私たちに構う暇はなさそうだった。
私たちのせいで忙しくなっているのだから、申し訳ないな。手紙ではちゃんと礼を尽くそう。
「気にするな。俺たちがいなかったら、神父は連日増え続ける死人の対応をし続けないといけなかった。これくらいの苦労なら大したことじゃないさ」
「そういうものかしら」
「そういうものだよ。苦労の分の報酬はあるべきだけどな」
隣の、通り道であること以上には鉱山開発の恩恵を特に受けているわけではない小さな村に着く頃には、夕方になっていた。徒歩移動だから仕方ない。
レオンに言われた通り、その地で手紙をしたためた。翌朝、鉱山の方に行くという商人にお金を渡して手紙をお願いして、それから中心部に向かうという別の商人を見つけたから、やはりお金を渡して便乗させてもらえることとなった。
運良くその日の内に見つかったのはいいけれど、やっぱり時間はかかってしまったな。リリアへの手紙は、もう届いてるだろうか。
――――
「ごめんください! 私、リリアと申します! ルイーザ様やレオンさんの知り合いです! ジャンさんはいらっしゃいますでしょうか!?」
朝の鍛冶屋街に、リリアのやまかしい声が響く。
北部からルイーザの手紙が来た翌日に、リリアはさっそく動いた。両手には、買ってきた大量の食材を抱えている。
「ルイーザさんたちの知り合い? どうぞどうぞ……」
不審がりながらも招き入れてくれたのは、リリアより少し年上の女性。
「お邪魔します! リリアと申します! あなたはアニエスさんでしょうか!?」
「は、はい! そうです! よろしくお願いします!」
アニエスもまた、リリアに釣られて大きな声で名乗ってしまった。
それはそうと、まだ朝の早い時間だ。リリアも相当早くに寝て、早くに起きてここまでやってきた。
アニエスの場合はどうなのだろう。
彼女はまだ、結婚はしていない。本来の家はここではなく、ギルド長の家だ。昼はここに通って奥さんのように振る舞っていたとしても、夜は帰るものだけど。
「あ、はい。その。ここに泊まらせていただいてます……なんかお母さんが怖くて」
「はい! 正解だと思います!」
「せ、正解ですか!?」
「外は危ないので、家から出ないでください!」
「危ないんですか!?」
「あと、食事も危険です! 毒を盛られるかもしれません!」
「ど、毒ですか!?」
「はい! なので信頼できる人の作った料理しか食べないでください! 当分は私がお作りしますね!」
「いやいやいや。初対面の人ですし、信頼できるかはちょっと微妙というか」
「ご安心ください! これでも、声がやかましい以外は優秀なメイドと、ルイーザ様からは褒められています! 声も! ルイーザ様が! 気にしすぎなんだと思います!!」
「ジャンー! なんか変な人が来たー! 助けてー!」
アニエスが奥まで逃げていった。




