41.竜は本当にいるらしい
「なるほど、アニエスの母か。会ったこともない相手だけど、動機はあるよな」
「ええ。ジャニドさんが死んで、あの工房は潰れる危機よ。そうなれば、アニエスさんの結婚も無理矢理にでも止める口実ができる」
「結婚に反対してるそうだからな」
「もっと大きな家と結婚しなさいとか、そんな理由でね」
「ギルドの妻なら、鍛冶屋の会合の場とかでジャニドに薬を盛る機会はあるか。それに、薬そのものの情報を持っていたとしてもおかしくはない」
「木こりは顧客ですものね。自分が実際に山に行くことはなくても、話には聞いたことがあるかも。医師や教会の人間とも関わりはありそうだし」
「な、なあ。お前ら、なんの話を……」
「あ」
ネドルの取り巻きたちのこと、すっかり忘れていた。
自分たちにナイフを向けたまま、自分とは関係ない話をしている。命の危険は去ったようだけど、どうなるかわからない。
戸惑う気持ちはよくわかる。
「お前ら、歩いて帰れるか?」
「怪我人だぞ」
「足は怪我させてない。一人は怪我もしてないしな」
ひとりだけ、レオンに顔を殴られて昏倒しただけの男がいた。
これはこれで怪我だけど、レオンにとっては違うらしい。腕に怪我をしてないなら、少し休めば普通に動けるようになるとかの考え。
まあ、仲間の傷を癒やす世話を働く担当がいると考えれば、なんとかなりそうではある。
「とにかく、公爵領に帰れ。けど家には帰るな。どこかの宿で身を隠しながら怪我を癒せ」
「無茶なことを言うな」
「無茶じゃない。やれ。森の入り口のあたりにドープアドの次男もいるから、ちゃんと連れて行ってやれよ」
レオンがナイフをちらつかせながら言うと、彼らは猛烈に頷いた。素直で嬉しい。
「もうすぐ、ネドルとルチアーナには天罰が下る。あるいは、不自然すぎる形で大怪我をする。死者の恨みとか、そういう物にしか見えない死に方だ」
「何を言ってる?」
「仲間がそうなったことに恐れをなして、みんなで隠れていたことにしろ。間違っても、ルイ……ルイーザや俺たちの存在を人に言うな。もし言えば」
レオンはナイフではなく、己の目の凄みで説得を試みた。
「お前たちの前にも、死者が現れるからな。わかったか」
レオンが言っている意味を、彼らは理解していないのだろう。けど、レオンの真剣な口調に心が揺れている。
「る、ルイーザ様……」
「彼の言うことは本当よ。死者を操ることができるの。このこと、他の人に知られたら困るから黙っていてほしいのだけど。いいかしら」
「わ、わかりました!」
ああ。彼らはまだ、私に公爵令嬢としての権威を感じている。後ろにある領主さまである公爵の威光を見て、私の言葉に腹を決めたようだ。
そんなもの、今の私には全くないのに。
これが権威だ。上から命令されれば、非道な行いだと察しながらもやってしまう。
「お願いね。あなたたちが罪に問われることはないから」
それでも、私は利用できるものは遠慮なく使わせてもらった。
優しく言えば、彼らはしっかり頷いた。
「ああそうだ。もうひとつ教えてくれ」
ドープアドの方に向かおうとする彼らを、レオンは呼び止めた。
「この山に竜がいるって聞いたけど、なにか知ってるか?」
「竜? いるぜ」
腕に布を巻いて止血しているリーダー格の男が、なんでもないように返事をする。ちなみに私が巻いてやったものだ。公爵令嬢の優しさで、レオンの言うことを聞くように誘導する作戦の一環だ。
いやそれより。竜がいるの!?
「山をこのまま、まっすぐ登ってみろ。上を向いてな。でかい亀の岩から少し行ったあたりに竜がいる」
彼はそれだけ言って、ドープアドを助けに行ってしまった。
たぶん、レオンの言いつけは守ってくれると思う。けど、言い残したことに関しては。
「いるのか? 本当に?」
「いるはずないわよ。冗談言っただけでしょ? 生意気なあんたに、ちょっとはやり返したいって」
「ユーファ。あいつの言った、亀の岩ってわかるか?」
「うん。さっきおじいさんが言ってた」
「行こう」
「ちょっと! 待ちなさい! 竜なんているはずないでしょ! あ! 置いてかないで!」
姉さんたちを止めないといけないのに、レオンは本気で竜が気になるらしい。一切諦めていなかったようだ。
ユーファもレオンのやることに反対しないし、ちびっ子たちが山を登っていくのを私は慌てて追いかけるしかなかった。こんな所で放置しないで。たぶん戻ってこられなくなる!
なんの準備も無しに始まった登山は、かなり疲れた。
動きやすい狩人の服を着ているとはいえ、元の体力がないのだから仕方ない。こちとらお嬢様育ちだ。
本職の狩人と元気なクソガキと一緒にしないでほしい。
しばらく山を登り続けて、大きな岩が見えた時には感涙するかと思った。
なるほど、山のような岩から、頭部のような小さな突起が出ていて亀に見える。
ここから少し先だっけ。上を向いて歩くと。
「あった」
レオンが小さくつぶやいた。
高い木の幹から生える、二本の太い枝。その股の部分に引っかかるように、巨大な頭蓋骨が鎮座していた。
博物館でも見た、竜の頭蓋骨だった。




