40.ジャニドの死の裏に
姉さんも不幸だとは思う。家の美談のために、ここに連れてこられるなんて。
けど、さっき労働者や奥方たちに見せていた通りの笑顔で仕事を果たせば、本人にとっても益はあった。
実際にやったのは、工期の短縮に薬物を用いたというものだけど。しかも、こんなに人を動員して手間をかけて。
田舎暮らしがそんなに嫌だったのか。
今回の件、言い出したのは姉さんで間違いないようだ。もちろん、わかっていて認めたネドルも同様に罪が重い。彼は責任者で、労働者たちの命も預かる立場なのだから。
「制裁は両方に?」
「そうだな。夫婦で一緒にいる時間も長いわけだし、同時にやるべきだ」
レオンと小声で話す。
真相は一応は明らかになったけど、レオンにはまだ訊かないといけないことがあるらしくて。
「ルチアーナたちは、どこでそんな情報を思いついた? そんな知識、持ってなさそうだけど」
確かに。村の狩人なら持っている知識だし、聖職者や医者も知っているらしい。けど、一応は聖職者であるレオンは知らない程度に、一般常識ではない。
ネドルも姉さんもこの手の仕事とは縁がない。
「知らない。俺は指示を出されただけだ」
リーダーは、そう答えることでレオンの機嫌を害さないかと、怯えているようだった。
「本当か?」
「ほ、本当だ。信じてくれ」
「お、俺、聞いたことがある! 鍛冶屋から聞いたって!」
「鍛冶屋?」
別の男が震える声で叫ぶ。少しでもレオンの力になりたいのだな。殊勝な心がけだ。
いやそれより。思ってもなかった仕事が出てきた。
「こ、この鉱山の開発の打ち合わせで、鍛冶屋のグループと話すことがあったらしいんだ!」
「大量の斧やツルハシを工面するための打ち合わせか?」
「それは知らない! けどそうだと思う!」
心当たりがある。鍛冶屋たちが大いに儲かったとされる、あの件の打ち合わせか。
「そこで、早く終わらせる方法がないかとルチアーナが聞いたのか?」
姉さんの元の考えとしてはせいぜい、作業効率の良い優れた道具があれば程度のものだろう。そんなお願いをした。
けど、悪い鍛冶屋がいたらしい。もちろん会合の場でおおっぴらに言うわけにはいかないから、後で声をかけたのだろう。
鍛冶屋には木こりの知り合いもいるのだろうな。会合に呼ばれるほどの大きな家なら、関係する職の者と知り合いも多いはず。
いい方法を教えるから金を払え。あるいは、便宜を図れ。そんな約束をしたのだろうな。
そこの詳しい事情は、この取り巻きたちが知ることではない。
ただし、重要な事実があった。
「自分の疲れに無自覚になるくらいに元気になって、仕事にのめり込み、いつの間にか無理がたたって倒れるようになる。そうやって死んだ鍛冶屋がいた」
「ぎゃー!?」
レオンの推測に返事をしたのは、私ではなく霊だった。私を転ばせるという形で。
「ジャニドさん! 心当たりがありますか!?」
私はゆっくり立ち上がりながら、虚空に向けて話しかける。事情を知らない男たちが、公爵令嬢が乱心したかと唖然としているのも気にしない。
「もしドヴァンに毒を盛られた心当たりがあるなら、私を転ばせてください。レオンの方に!」
「おい」
レオンに受け止めさせる算段でお願いしたけど、私はバランスを崩さなかった。
ということは、ジャニドはセレムの実によって死期を早めた一方、犯人はライバルの排除を目的としたドヴァンではないということだ。
一番殺しそうな人間なのに。
「じゃあ、ジャニドを殺したの誰だ?」
「もうひとり、いるわね。ジャニドさんの家が……ううん、ジャンさんの家が立ち行かなくなったら得をする人間が」
心当たりがあった。
――――
少し休憩しよう。ルチアーナ・ジルベットは一方的に宣言して、集会所の裏手で腰を下ろしていた。
お茶どうぞと、村の女が粗末な木製のコップを手渡してきたのを、ぎこちない笑顔で受け取って顔を逸らした。その瞬間にはルチアーナはしかめっ面に戻っていた。
パンを作るのがこんなに大変だったなんて。こんな重労働は下賤な庶民がやるべきことなのに。
庶民は、高貴な人間が自分たちに混ざって仕事をするのを好ましく思うらしい。なんて浅はかな考えだろう。住む世界が違う人間だというのに。
それもこれも全部、セレムの実を使えと言ったあいつ、ユレーヌのせいだ。
鍛冶屋ギルドの妻が、おもしろいアイディアを出してくれた。その代わりに、数日中にセレムの粉末をまとまった量を寄越せと言ってきた。
こちらが用意できる能力を持っていると理解した上での取引。ユレーヌの側に、実を使ったどんな企みがあるかは知らない。知る必要もなかった。
下賤な労働者が何人か死のうが、ルチアーナには興味のないことだった。問題になるとすら思っていなかった。それはネドルも同じ。だからユレーヌの策に乗った。
取り巻きを山に入らせ、ある程度の量を数日の内に生成してユレーヌに渡した。その時には既に、鍛冶屋たちは開発用の斧などを作り始めていた。
実際に労働者が山にやってきて作業をするまで、もう少し期間があった。けど相手は大量にいて、ネドルの取り巻きは四人しかいない。だから彼らには、早めに粉末の生成をしてもらった。
結果として、うまく行った。作業は何も知らない他の上層部の想定以上に進んだ。
死者も思ったほどは出なかった。一日に数人なら大したことではない。少なくともルチアーナにはそう思えた。
これを少ないと考えるのが間違いだと、ルチアーナは知らなかった。それほどまでに、彼女は庶民の命を軽視していた。
対策が必要だとか官僚が言い出して、毎晩のように会議だ。作業の進み過ぎが良くないとの声も出だして、休みを増やそうという意見が出た。
ネドルの強弁な反対によって、なんとかねじ伏せたけど。
冗談じゃない。こっちは、こんな寂れたつまらない村なんかさっさと出ないといけないのに。むさ苦しい男ばかりの現場なんか大嫌い。そいつらに愛想を振りまいて、彼らのためのパンを作るのも嫌だ。
なんで、こんな下賤な仕事をしないといけないんだ。私は公爵令嬢。高貴なる人間なのに。
婦人が入れてくれたお茶に全く手をつけず地面に捨てながら、労働者たちにもっと薬を食らわせて作業を終わらせるべきかとルチアーナは考えた。




