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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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2.今に生きる重装歩兵

 このモフチャスセットは、お爺さんの遺族が記念にとくれたものだ。木製で高いものではないけど、故人の思い出が詰まったもの。大切に扱わせてもらおう。


「す、少しは大人を立てるってことをしなさいな!」

「ルイを立ててもなー」

「どういうことかしら!? もう一回やりましょう!」


 うん。大切に扱おう。これが原因で喧嘩はよくない。


「なあ。ふと思ったんだけどさ。鎧を着ればいいんじゃないか?」

「へ?」

「ルイが転んでも痛くないように」

「なるほど……って! そんなわけないでしょ!」

「そっかー」


 レオンがモフチャスの駒を指先で弄びながら、しごく真面目な顔で馬鹿馬鹿しいことを言った。鎧を来て日常生活なんてできるわけないでしょ。


「兵士とか、いつも着てるし」

「あれはそういう仕事なの! というか、こんな重装備の兵隊なんか今もいないわよ!」

「たしかに」


 レオンが持ってるのは重装歩兵の駒。モフチャスの初期配置では、王を守るかのように左右に控えている。


 かつて戦争があった頃は、このように軍の指揮官を守るために運用されていた兵科らしい。


 城の中枢や本陣にいる指揮官の隣で、大げさなほど重厚な鎧を身にまとい、身の丈ほどある盾を構えた。

 いざ敵が攻め込むと身を呈して守り、撤退の時間を稼ぐ。


 その役割や、指揮官の近くに侍るという性質も相まって、高位の騎士や貴族にしか務めることができない名誉ある仕事。


「まあ、実際に前線に出て敵と戦うことがない仕事だからな」


 レオンは重装歩兵の駒を指先で突きながら、その兵士の本質を語る。


「つまり、危険が少ない。本陣とか城の内部まで攻め込まれるほどの劣勢なら、普通は指揮官と一緒に退却するものだし」

「お城の場合はなんとしても守ろうとして、城主共々討ち死にすることは多かったらしいわよ」

「城は簡単に捨てられるものじゃないしな。けど、やっぱり危険は少ない兵科だよ」


 確かに。


 けど名誉な仕事ではあるから、内地の貴族が息子に、戦場に出たとかの箔をつけるために送り出して、その役職に就かせることも多かったそうだ。

 つまり、そういう奴らがやってる兵科だ。


 前線の兵士を悠々と眺めながら戦場に立ったという実績だけを作る奴ら。

 あと、鎧や盾が大きいっていうのも大事なことだ。金をかけて豪華な意匠をつけた鎧を持参させ、家の財力をアピールする意味もあったという。


 戦場で、それがなんの意味を持つかは知らない。たぶん、同じ重装歩兵の貴族間の見栄の張り合いだ。


「戦地では貴族待遇を求めて威張り散らし、故郷に戻れば戦場で名誉な仕事をしたと威張り散らす。ろくでもない兵科だよ。廃れて良かった。このこの」


 レオンは駒に指先をグリグリと押す。金持ちに対する嫌悪は相変わらずだ。

 けどやめなさい。お爺さんの形見なの。それに。


「今もあるわよ。重装歩兵」

「あるの?」

「ええ。戦場には立たないけどね」


 戦争は、もう二百年も行われていない。この国は平和だ。

 けど軍は今もあるし、周辺諸国の動向に目を光らせ、いつか起こるかもしれない戦争に備えている。

 指揮官を守る役職は今もあるけど、それは重装歩兵が担うわけじゃない。普段の訓練とかは、普通の兵士や騎士がやっているそうだ。


 けれど本当に戦争があれば、その手の名誉職は復活するかもしれない。そして貴族たちも、備えている一面はある。


「学校行事でね、武闘大会が開かれるの」

「騎士の家系の子が張り切るやつか?」

「そういうこともあるわね」


 騎士の息子は騎士になるもの。上級騎士は、やはり学校に通ってるし年に一度の武闘大会は実力を見せる絶好の機会だ。


「そういう、本職に就く人たちが本気で取り組むのもあるけど、そうじゃない貴族の子息も別枠で参加するのよ」

「将来、別に戦う役職に就くわけじゃない金持ちか」

「ええ。歴史上の英雄に憧れて、戦争ごっこをしたがる男の子たちのお遊びね」

「お遊びなんだ。そりゃそうか」


 大会で好成績を修めたとしても、将来何かに繋がるわけじゃない。得られるのは名誉だけだ。貴族にとってはそれも大事だけど。

 なにせ彼らは、基本的に見栄張りだから。少なくとも、昔はそうだった。そして伝統を重んじる貴族の風習が、今も残ってしまった。


「かつて、貴族の子息の多くが戦場で活躍した際の姿を模して、重装歩兵の格好で武を競い合う部門があるの」

「活躍してない」

「ええ。そうなんだけどね」


 活躍してたことにしたいんだ。金持ちは。


 あと、そういう歴史的な事象があったことが大事なんだ。


 正直、私も理解できなかったのだけど。


 素人が身の丈に合わない重すぎる鎧を着て、片手には持ち運ぶのも苦労するほどの大きさと重さの盾。

 そして片手で殺傷能力のない木製の武器を持って、作法も何もなく叩き合う様は、お世辞にも格好いいとは言えなかった。

 本人たちは満足してるのだろうな。


 もし戦争が起これば、何の役にも立たないあれが戦場に差し込まれる余地もあるわけで。伝統とはなんなのか考えさせられる場面だった。


「なんでそんな無様な試合、伝統だからってやってるんだ」

「試合の中身には意味がないのよ。かつての戦争と同じ」

「金のかかった鎧を、他の金持ちに見せつける?」

「そう。あとは、先祖代々受け継がれてきた立派な鎧を見せつけるとかね。二百年前に実際に使われた鎧を持ち出してね」

「使ってない」

「まあそうなんだけどね。学校の武闘大会が初めての実戦」


 馬鹿馬鹿しい話だ。一応は由緒ある武具なのに、無礼な使い方だ。

 でも、これが金持ちの力の見せつけ方。古い鎧をピカピカに磨いた姿はたしかに、威圧感があって見ものではある。

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