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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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10.極めて現実的なアドバイス

 鍛冶屋ギルドというもの。他の職種でも同じようなギルドが存在するけど、要は管理組合だ。

 所属しないと商売ができないけど、組合員には各種の優遇がある。


 他所から製品を買い叩かれないように、各々の鍛冶屋が協力するとかが、役割のひとつ。

 他にも、鍛冶屋同士で仕事の斡旋をし合うとか。怪我をした職人に対する補助金を出すとか。

 昔からの仲間を守るために、余所者を排除するとか。


 そして更新料を払えないと除名か。


 小さい工房だから余裕のある経済状況とは言えない中で、ジャンの父親はその仕事に賭けた。


「親父は愚直に、大きな依頼を果たしたかったのだろう。金が稼げるし、それに一流の鍛冶職人として箔がつく」


 それで死ねば世話はない。しかも、それだけではなくて。


「来る日も来る日も、仕事場を専有して鎧の試作品を作る毎日だ。他の仕事は全て蹴った。結果として、俺の工房はギルド内での立場も悪くなった」

「ああ。ジャンが鍛冶屋街の近くの酒場じゃなくて、ここまで足を伸ばしてやけ酒に来たのは、そういうわけか」

「レオン。ひとりで納得しないで。どういうことよ」

「ジャンの工房は、斧やツルハシの制作依頼を受けなかったんだ」

「そうだよ。親父が拒んだ。親父は、仕事に取り憑かれておかしくなったと街の笑い者だ」

「あー。同業者の近くではお酒が飲みにくくなったんですね」


 公爵家主導の金鉱山開発で、鍛冶屋は大いに儲かった。それだけではなく、大量発注を乗り越えたことで仲間意識とか連帯感が育まれたのだろう。

 あの日ヘラジカ亭が儲かったのも、その表れ。みんなで集まって飲もう、と。


 逆に参加しなかったジャンの家は疎外されることに。


 ライバルであるドヴァンの家は、大手だからそこの対応も容易に出来たのだろうな。


 だから彼は、たとえ父から引き継いだ気の向かない、適正も怪しい仕事でも完遂させなければいけなくなった。

 男爵からの直接の依頼を果たしたという名誉を手に入れなければ。


 ライバルは強力。ジャンは日々博物館に通い詰めても、作るべきものの形が定まらない。

 そして一番悪いことは。


「私たち、力になれなさそうね」

「聖職者らしく、もっともな励ましの言葉をかけるくらいならできる」

「あまり意味はなさそうだけど」

「まあな」


 ジャンに聞こえないよう、小声で言葉を交わした。


 私を転ばせた、ジャンに関連した霊は間違いなく彼の父親だ。未練は、仕事をやり残したこと。

 ジャンに完遂してくれることを願って憑いているのだと思う。


 だったら、ジャン自身が仕事をやり切る必要があるな。私たちが手を出すのが正しいとは思えないし、出せるとも思えない。


 鍛冶の仕事なんか全然わからないもの。


「ジャン。あんたの問題はよく理解した。まずは、依頼主とよく話せ。父と母が相反することを言ってるなら、そっちで擦り合わせることを求めろ。ひとりで抱えこもうとするな」


 現実的なアドバイスをする。現実的すぎて、全く面白くない。


「大丈夫だ。親父さんはジャンを見守ってる。真摯に仕事をすれば、きっと結果はついてくるさ」


 これも、さっきレオンが言ってた、もっともらしい励ましの言葉。

 実際の仕事に、どこまで影響するかは怪しいもの。けれど聖職者の言葉はありがたいものだ。


「……そうだな。頑張ってみるよ」


 酒を飲んで泣いてばかりはいられないというのは、ジャンもよくわかってることだよね。

 強い人なのだと思う。


「あの。ジャンさんには他にご家族はいらっしゃいますか?」


 ひとりで抱え込むなというレオンの言葉から、少し気になったことを訊いてみた。

 家に鍛冶屋がジャンしかいないとしても、支える家族はいてもいい。


「母も既に亡くなっているから、今はいない。……いや、結婚する予定の恋人が」

「素敵ですね」


 それは、ちゃんとお金を稼がないとな。鍛冶屋が廃業になるのはまずい。


「一度、ジャンさんのお宅に伺ってもいいですか?」

「……ああ。いいが。なぜだ?」

「仕事ぶりを見たいなと思いまして。それに、亡くなったお父様に、レオンがお祈りをしたいって思ってそうなので!」

「うん。お祈りさせてくれ」


 レオンも悟って乗ってくれた。


 もちろん、これは表向きの理由。

 ジャンが立派に仕事をしている姿を見れば、それだけで霊は満足してくれるかも。そんな期待はあった。


「お父様はきっと、ジャンさんを見守ってくれていますよ。立派な鎧を作って、お父様のご遺志を果たしてください」

「……ああ。そうだな」


 ジャンの返事に、どこか元気がなさそうだった。

 鎧の仕事自体はやる気に見える。では、なにが問題なのだろうか。



 話して楽になった。礼を言う。そう告げて店を出たジャンの表情は浮かなかった。


「なにか事情がありそうね」

「事情ならいくらでもあるだろ。鎧作りに、だいぶ行き詰まってたらしいし」

「そうだけど。他にもなにかあるかも」

「そうだな。ちゃんと、ルイについた霊は送らないといけないからな。調べてみるか。明日早起きして、エドガーの所に行く」

「亡くなったお父さんについて、仲間の神父さんに訊くのね」

「そうだ。ルイは」

「リリアの方に行くわ。ヴィルオバル男爵家について、なにか知らないか訊いてみる」

「そうしてくれ。伯爵家とは縁が遠いし、簡単には情報は集まらないと思うけど」

「やってもらう価値はあるはずよ」


 ヴィルオバル家は最近爵位を手に入れた、さほど上流ではない貴族。他所の領地持ちの伯爵家のメイドと交流があるかは怪しいけれど、知り合いを辿るとかで対処してもらおう。


 リリアならできるはずだ。

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