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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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1.モフチャス勝負

 西日が差す部屋で、ひとつの命が尽きようとしていた。


 死ぬにはまだ早い年齢だ。彼にはまだまだ、生み出せるものがある。なのに運命は残酷だ。


 なんで親父が死ぬんだ。この家を、もっと盛り立てていかなきゃいけないのに。


 いや、俺が引き継ぐんだ。俺が、やるんだ。


 死にゆく男を看取っている息子は、覚悟を新たにした。


 吊り上がった眉と眉間に寄った皺で、見る人に怒っているような印象を与える顔つきの彼は、決意をした結果さらに険しい顔つきになった。


「親父。俺が後を引き継ぐ。親父の作りかけの鎧を、きっと完成してみせる」


 ベッドの上の死にゆく男に、息子は力強く語りかけた。そして。


「お前には……無理だ……」


 それが、父の最後の言葉だった。




――――




 私は今日もレオンと共に、死者の未練を果たす仕事をしている。


「あ、あの。それはそこに動かさない方が。ほら、弓兵が利いてますし」

「いや、そこは動かすべきだろ。弓兵を釣って、そこの竜騎兵で討てばいい」

「ふたりとも。あまり口出しはよした方がいいですよ。お爺さんは実力で勝ちたいそうですから」

「そんなこと言われても……」


 エドガーに窘められたけど、私の不満は消えない。


 引き続き、盤上を見ながら私とレオンは戦略を練るけど、残念ながら動かすのは私たちではない。

 死体だ。



 ある家の前で私を転ばせた霊は、寿命で亡くなったお爺さんだった。


 幸せな人生を送った人らしい。家族にも恵まれていた。

 世帯向けの集合住宅に住んでいて、飛び抜けて裕福ではなかったけど、貧困とは無縁だった。晩年は老衰で寝たきりの生活だったそうだけど、それでも満足して冥界に行ってくれる人生のはず。


 けど、未練があった。


「なにが未練になるかわからないものだよなー」

「ええ。モフチャスでお婆さんに勝ちたいだなんてね」


 モフチャス。格子状に区切られた盤の上で、各種の兵士を模した駒を互いに動かして相手の王の駒を倒すのを目的としたボードゲーム。


 このお爺さんは部屋の窓から、向かいに立つ集合住宅の同じく二階に住んでいる、同じく寝たきり老人のお婆さんとモフチャスをするのを日課としていた。

 声は交わさない。窓越しに、互いが打った手を文字で伝えあって戦っていた。


 戦績は拮抗してたけど、お爺さんが亡くなる前の最後の勝負は負けたそうだ。


 それが未練。


 いやいや。そのくらい受け入れて冥界に行きなさいよ。

 そんな私の願いは届かない。本人の問題だから仕方ない。


 というわけで、お爺さんの霊を蘇らせて部屋に寝かせ、お婆さんと最後の勝負をすることになった。

 白昼堂々と死体を住宅に運び込んでベッドに置くのは面倒だったけど、エドガーのおかげでなんとかなった。お爺さんの遺族の説得も同じく。


 神父ってすごいんだな。肉体労働一切お断りなのは別として。


 死者は喋れないけど、そもそも声をかけ合える距離の交流ではない。だから対局自体は問題なく行える。

 問題は両者の腕だ。


 素人の私が見ても、あまり上手い手を打ってるとは言えない。それも両方が。


 お爺さんの心残りは勝てなかったことであり、つまりこの一局で負けるのはよくない。未練を深めて、また一局とか言いかねない。

 だから勝ってほしいのだけど、私のアドバイスは聞き入れられそうになくて。


「そ、そうよレオン。直接アドバイスするのが良くないのよ。さりげなくやりましょう」

「あー。うん。そうだな」


 というわけで、ふたりで外に出て。


「王の前にいる重装歩兵をなんとかしないとなー」

「ええ。僧兵を突っ込ませるべきかしらねー」

「僧兵の前にいる剣士を、うまく排除できる駒があればなー」


 全然さりげなくない。けどお爺さんの遺体は私たちの会話から最善手を見つけたらしい。


 頭がそんなにボケてなくて良かった。やっぱりモフチャスが下手なりに、日頃から頭を使ってたからかな。晩年まで受け答えはしっかりしてたって言うし。


 その十数手後に、お爺さんは見事に勝利。向かいに住むお婆さんはライバルの死を知らないままだろうけど、これで未練は果たされた。


 その後すぐに、エドガーのお祈りで彼は冥界に旅立っていった。

 遺族の皆さんも、亡くなったお爺さんと思いがけず最後の時を過ごすことができたと、大変感謝された。

 こんな突飛な願いなのに、皆さんは穏やかそうな顔で受け入れていた。それだけ、生前のおじいさんの趣味を微笑ましく思っていたのだろう。愛する家族を今度こそ見送ることができたことが、幸せそうだった。


 家族っていうのは、そういうものだ。


 お礼として少しはお金ももらえたし、晩ご飯もごちそうになったし、あと遺族は遺体を密かにお墓に戻すのも手伝ってくれた。

 終わってみれば、いいことずくめの仕事だったな。



「全部こんな仕事だったらいいのにねー」

「そうだな。ま、どんな仕事でも、始まりはルイが転ばないといけないんだけどな」

「うー。それだけは、なんとかならないかしら。痛くないようにする方法ってない?」

「体を鍛えるとか?」

「いやいや。鍛えても痛いものは痛いでしょ」

「たしかに。詰みだ」

「え? ほんとだ……ちょっと待って。もう少し前からやり直させて! 今のなし!」

「なんだよそれ」

「だって! クソガキに負けるとか嫌じゃない!」

「負けてるんだよ既に」

「むきー!」


 ヘラジカ亭が閉店した後、私は自室でレオンとモフチャス勝負をしていた。いや、勝負にならなかった。


 なによこのクソガキ強すぎる。全く歯が立たない。

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