第5話 プレゼンをしました
少し良いところの商家の娘や息子といった服装で、お祭りが開催される王都を散策しています。と言っても隣を歩くのは王太子ですから、もの凄い数の護衛がこっそり見守っているわけですけども。中には我がワイゼンバウム家の護衛の姿も見えました。
平民たちは、まさかこんなところに王太子がいるとは露程も思っていないみたいで、バレる気配はありません。
彼らと一緒に輪になって踊ったり、花冠を編んだり串焼きをいただいたり! あまりにも楽しくて、私もアーサー様も童心にかえってはしゃぎました。私、前世を思い出してしまったせいでアラサーの感覚や価値観が混じってしまったので……くじ引きひとつでお腹を抱えて笑ったのは久しぶりです。
「あ、見てください。スミレの砂糖漬けですって! ふふ、アーサー様の瞳とおんなじ色、可愛い」
私がそう言って路面に出ていた店を指さすと、アーサー様は長い足でぱっとそちらへ向かい瓶入りのスミレを手に戻っていらっしゃいました。
「はい、どうぞ」
「え……? くれる、んですか?」
「食べるたびに俺のことを思い出してくれるなら費用対効果としては最高、じゃない?」
受け取った瓶の中のスミレとアーサー様の瞳とを二度見比べるうちに、みるみる顔に熱が集まっていきます。え、えーっ? だってこれ私にアーサー様のこと思い出してほしいって言ってるんですよね?
いやいやおかしい、アーサー様はマリナレッタさんとあっという間に恋に落ちるはずです。もしかして私の苛め方が不足していましたか? そうですね、きっとそうに違いありません。
「私、さきほどマリナレッタさんのこと苛めました!」
「え? マリナレッタ……ってこないだの新入生だったね」
「はい。さんざん罵倒してやりました。私は嫌な女で、彼女は健気にも苛めに耐える可憐な女性です。だから彼女の訴えを聞いてあげていただければと」
「なるほど、やっぱり彼女が俺の予言書における運命の相手というわけだ。時季外れの入学生だからもしかしてとは思ってたけど」
アーサー様がくすくすと笑っています。おかしなことなんて言ってないのに。
私の手から瓶を抜き取って、紙袋に。そのまま私の手をとってアーサー様が歩き出しました。前方には大きな公園が。
「少し木陰で休もうか」
「いいですね。あ、果実水のお店もあるみたい!」
リンゴとオレンジの果実水を手に、公園内へ入ります。平民の憩いの場なのでしょうか、遊歩道がどこまでも続く大きな公園でした。中心には芝生が広がって、人々が思い思いに過ごしています。私たちは遊歩道の脇に並ぶベンチへ。
「俺の運命の相手について、もう少し教えてもらっても? すぐに相思相愛になると言うからどんなものかと思っていたが、今日の今日まで彼女になんの気も起きなかった。つまり、情報が不足しているんじゃないかと思ってね」
「えっえっ、あんな美少女と出会って何も思うことなかったんですか?」
「生憎、綺麗な女性は見慣れてる」
なんてチャラッチャラした発言でしょうか! そりゃあ、王城には美しい方が多く出入りしますけど。うーん、やっぱり原作におけるアーサー様はマリナレッタさんの内面に惹かれたということですね。それでは微力ながらこの私がプレゼンをいたしましょう!
アーサー様は意気込む私に微笑んで、オレンジの果実水を口に含みました。喉が上下に動き、小さく息を吐きます。
「マリナレッタさんは男爵家の次女でした。小さな領地で領民に愛され奔放に生きてきましたが、事故でお母さまとお姉さまを失ったことで一転、女主人としての最低限の知識や教養が求められるようになりました」
「馬車が滑落したんだったね。車体に細工がしてあったのではないかって疑惑もあって、こちらにも話だけは聞こえてきたよ」
後妻となった女の悪知恵です。後妻は計画的に男爵家の乗っ取りを進めています。今もなお。
ですがそれはマリナレッタさんのプレゼンとは関係ありませんし、いずれアーサー様が突き止めることですからここでは伏せておきましょう。
「進学予定のなかったマリナレッタさんは急遽、聖トムスン王立学院へ。王都を中心に活躍するブルジョアジーより資産の少ない男爵家ですから、彼女にまともな貴族教育は施されていませんでした」
「なるほどよくある話だね」
ここで言う「まともな」は、学院で通用する程度のという意味です。平民から見ればいっぱしのお嬢様に見えるでしょう。
私は頷いて続けます。
「彼女はそんな境遇ながら家のため、病に伏せるお父様のため必死に学びます。苛めに耐え、孤独に耐え、貧乏に耐え、それでも笑顔を浮かべて!」
「健気だ」
「アーサー様と恋に落ちるも、エメリナに目をつけられることとなった彼女の生活はさらに苛烈なものに」
「うん?」
私は拳を強く握り、横に座るアーサー様へ向かって前のめりに訴えます。
「エメリナはもう本当に容赦がなくて! 水を掛けるとか階段上から突き飛ばすとか、さらには男子生徒に襲わせようとしたり! 人の心はあるのかしら!」
「落ち着いて?」
「……失礼しました。結局マリナレッタさんはご自身がアーサー様に相応しくないと考え、出しゃばらないようにと学院のパーティーでは壁の花。ああなんてかわいそうなの」
「そのひどい苛めも、エメリナが嫉妬したからって聞いたけど」
「ええそうです。そうでなければマリナレッタさんに興味さえ持たなかったと思います」
アーサー様は、ぎゅっと握った私の拳を包むように大きな手を載せました。あったかくて優しい手です。
少しだけ熱のこもったスミレ色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめました。
「予言書ではなく現実の君はどうなの? 以前は嫉妬しないようにすると言っていたけど、実際のところは……彼女と親しくしてみたらわかるかな」
「わっ、私のことは今は関係ありませんーっ!」
慌てて彼の手から拳を引き抜きリンゴの果実水を煽ると、アーサー様はよく通る声で盛大に笑いました。