第32話 プロポーズのやり直し
窓を彩るステンドグラスの明かりが私たちの周囲を華やかに染め、街の喧騒からも切り離されたこの場所で、スーっとアーサー様が息を吸う音が聞こえた気がしました。
「あらためて、君の気持ちを確かめたいと思ってね。今日は逃がしてあげないから」
彼の目を見て、私は「ああそうか」と何かよくわからないけど納得したような気持ちになりました。彼はずっと、私は昔から私だったと言ってくれるけれど、それでも彼なりに記憶を取り戻してからの私を尊重しようとしてくれているのだと思います。
「私は――」
「待って」
そう言って彼は私の前に跪き、ポケットから何かを取り出しました。差し出されたそれはスミレ色の石がついた指輪です。ヴァイオレットサファイアでしょうか。アメシストよりももっと深い色合いで、アーサー様の瞳にそっくり。
「俺も君も、もう未来は見えない。そうだよね。だけど俺は君とならどんな未来だってしっかりと歩いていける。だから君も、怖がらないで俺と一緒に人生を歩いてほしい」
私たちの婚約式から、一年近くが経ちます。
前世を思い出して、ここが小説の世界であると自覚して。そしてアーサー様がヒロインと幸せになるべく協力を申し出たのはこの大聖堂でした。
今、私に当時と同じ言葉が言えるかと言えば、答えはノーです。絶対に嫌。本当の悪役令嬢になってでもヒロインを蹴散らしてやるんだから。
泣いてしまいそうになるのを必死に我慢して頷きました。
「私も、アーサー様と一緒に生きていきたいです。もう絶対追放なんてしないで」
「もし国中が君を追放しようとしたって俺がさせないから安心して」
アーサー様が私の左手を取って、薬指にヴァイオレットサファイアの指輪を滑らせていきます。
と、そのとき。階上からバタバタバタと小さな足音がしました。
「ああああああああ! 何してんだ! エメリナさまから離れろ!」
降りて来たのは孤児院の少年、クベルクでした。彼の後ろには司祭さまに連れられた同じくらいの年の子どもたちが十人ほどでしょうか、並んでいます。
最も年長の彼は確かそろそろ十三歳で、孤児院を出た後の働き口について相談があると、院長から連絡をもらっていたような。
「これから洗礼かな、おチビちゃん」
アーサー様が立ち上がって彼に笑いかけました。おチビと言われてクベルクが激昂します。
「エメリナさまの手を離せ、ばか!」
「ちょ、王太子殿下に向かって」
子どもの言うことですから大丈夫だとは思いますが、一歩間違えたら不敬罪ですよ!
「エメリナさまはオレとけっこんするんだからな!」
「でもエメリナは俺と結婚したいって言ったんだよ。残念だったね、おチビちゃん」
「ちょ、大人げないです」
争いは同じレベルの相手としか発生しないって言いますけど、これは……!
「ぐっ……。こんな性格悪いヤツやめろよな!」
「それ以上言ったら、働き口について相談に乗ってあげられなくなるわよ」
彼は騎士になりたいのだとか。この年齢から受け入れてくれるところは多くないですが、口を利くことはできると思います。でも、王太子に生意気を言うような子では紹介できませんからね!
「そうだぞ、おチビ。おとなしくしとくことだね」
「いつまでもそうやって子どもをからかうなら、アーサー様にもこれは差し上げられません」
刺繍したハンカチをひらひらと振って見せます。
大人を物で釣ることになるとは思いませんでしたけど。
「それは困るなぁ、俺が欲しがったやつだよね」
「はい、ではもう行きましょう?」
アーサー様の腕をとると、彼も「そうだね」と頷いて出入り口のほうへと歩き出しました。クベルクは「ぐぬぬ」と唇を噛んでいます。
せっかくのプロポーズでしたけど、これはこれでいい思い出になりそう。クベルクもいつか本当に好きな女の子ができたとき、今日という日を思い出して黒歴史に悶えるかしら。そんなことになったら、きっと笑いをこらえるのは難しいでしょうね。
ふふふと笑みをこらえつつ、左手に光るヴァイオレットサファイアをチラチラと見ながら歩を進めます。子どもたちの間を通り抜けて扉の前まで来たとき、アーサー様がピタリと足を止めました。そして振り返り――。
「クベルク!」
クベルクをはじめ、子どもたち全員がこちらを見上げました。何をするのかしらと私もアーサー様の様子を窺います。
彼のスミレ色の瞳がイタズラに細められました。
その表情に悪い予感がしましたが、もう時すでに遅しというやつで。
クイと顎が持ち上げられ、緩く編んだアーサー様の髪の先が私の頬をふわりと撫でていきます。その感触がやけに心地よくて、だけどくすぐったくて思わず目を閉じた次の瞬間、唇に柔らかなものが触れました。それが彼の唇だというのは理解したものの、咄嗟に動けるものでもなく。
混乱で頭が真っ白になる私の耳に、子どもたちの歓声とクベルクの絶叫が聞こえてきたのでした。
これにて完結です
最後までお読みいただきありがとうございました。
アーサーの容赦なさが心に残った方はぜひ☆をぽちーっとしていただけますと
クベルクがちょっとだけ浮かばれます、ありがとうございます。
それでは、また次のお話でお会いできますようにー!




