第29話 ヤキモチを焼かせないでほしいのです
アーサー様が駆けつけてくださったパーティーから、もう二ヶ月以上が経ちました。彼は戻って来てからもお忙しいようで、あまり学院内にはいらっしゃいません。突然ヘリン公国へ出かけた理由については、「エメリナを驚かせたかったから」だったそう。ええ、確かにとっても驚きましたとも! まさか何も言わずにヘリン公国へいらっしゃるなんてね!
国境で発生した暴動は、帝国側の息のかかった反王妃派が起こしたものだったと聞きました。アーサー様は確かにそれに巻き込まれ、鎮圧にも手こずったとか。何も知らずにいたときも不安でしたが、詳細を聞いてからは一層不安が増しました。帝国めー!
と、それよりも、です。
私はいま、目の前の光景に集中しなくちゃいけません。王城の一角で、アーサー様と彼の信頼する近衛隊の長とがテーブルを囲んでいます。そしてテーブルの上には王都の地図。
ヘリン公国と平和友好条約および両国の資源に関する協定が締結され、明日はついにそれを記念した式典が行われるのです。なんとパレードも。まさか本当に実現なさるなんて。
「花屋の二階と、こっちのコーヒーショップで合ってる?」
アーサー様の長い指が地図の上を踊りました。
「はい。他にもいるかもしれませんが、私が存じておりますのはそちらの二ヶ所だけ」
さる信頼できる筋から情報が入りましたというテイで、原作においてパレードの進行を妨害しようとした反王妃派の隠れ場所をお知らせしています。
近衛隊長が鼻息も荒く拳を握りました。
「そこを突けば、奴らを根絶やしにできるのですね!」
「根絶やしかどうかは。けれど今までのように活発に動くことは難しいでしょう。銃器を仕入れるルートを持つ人物が、そのコーヒーショップを根城にしているとのことですから」
国境での暴動にも使用されたと言われる銃器。平民では許可を受けた一部の人物しか持つことが許されていませんが、反王妃派はそういった武器を携帯してパレードを襲撃するのです。
アーサー様が頷いて見せると、隊長はさらに鼻息を荒くしながら部屋を出て行きました。警備体制の強化と、襲撃部隊の編制をするためです。パレードは明日。時間はそう多くは残されていませんからね。
長いおみ足で二歩、アーサー様がそばにいらっしゃいます。
「久しぶりにゆっくり会えた」
「ロマンチックな要素は何もないですけどね」
「もう少しだけ時間があるから、庭を散歩でもしようか。少しはロマンチックになるかも」
差し出された右手に左手を重ね、庭を目指します。彼が庭へ向かうと伝えるなり、侍従たちはパタパタと動き出して私たちにコートを着せてくれました。
季節はもう冬。外に出ると、息がふわっと白く煙ります。
お城の庭は冬でもしっかりお花が咲くよう手入れがされていて、マーガレットにシンビジウム、それにビオラやクレマチスなどが懸命に命を咲かせていました。
「約束を、違えないでくださいね」
「君がそんなに目立ちたがり屋だったなんて意外だね」
「王太子殿下に悪い虫がつかないようにですわ。ヘリン公国からいらした侍従の中には、あからさまにアーサー様に色目を使う女性がいるんだもの。婚約者は私ですってアピールしなくちゃ」
「ねぇ、いつからそんなに可愛くなっちゃったの? 正直は美徳だからね、どんどん素直にヤキモチを焼いてくれたらいいよ」
アーサー様はクツクツと笑いながら、私の頭にキスを落としました。
今回、私が反王妃派の連中の隠れ場所をお教えするにあたって、交換条件として私自身がパレードに参加することを挙げました。
原作においてヒロインが凶弾からアーサー様を守ろうとした、という点について実行可能なのが私しかいないからです。原作でふたりに怪我はありませんでしたが、今回もそうとは限りませんので。
問題は、「どうしてそれを条件にしたのか」です。アーサー様を守るためだと言ってしまったら、同行させてもらえるはずがありません。
正直は美徳ですが、正直に話した結果として目的が達成されないのでは本末転倒。時として優先順位は変わるもの。正直であることよりも優先されるものがある、ということなのです。はい、大人ってすぐ嘘つきますよね、そうです大人ってこういう特大の嘘をつくのです!
「ヤキモチを焼かせないようにするのが殿方の義務です」
「アハハ、それはそうなんだけど、男ってのはヤキモチを焼かれたいものだからね」
ムゥと唸って、彼の腕へ差し入れた手にぎゅっと力を込めました。マリナレッタさんくらいおっぱい力があれば、ここでこうムニっとなるんでしょうけど。私ではそうもいきません。まぁいいんですけど。いいんですけど。
「……まさかヘリン公爵様を引っ張り出していらっしゃるとは思いませんでした」
「婚約者の挿げ替えなしでパレードをやるには、相応の客人をもてなすくらいの理由がほしいからね。驚いた?」
条約の締結に際して、原作では日本でいう外務省のトップに位置する方がいらっしゃいました。しかし、アーサー様は自らヘリン公国へ出向き、祖父であるヘリン公爵様と交渉していらっしゃったとか。行動力も発想力もちょっとおかしいです。さすがヒーローというべきでしょうか。
「驚いたに決まってます。それで、なんて言ってこちらへ来ていただいたんですか?」
「それは……明日になったらわかる、かな」
微笑んで見せたアーサー様に、どこからか「きゃー」と黄色い歓声が。
わぁ! やっぱりヘリン公国からきたメイドたちが色目を使ってました!




