第14話 予想外のプレゼントです
今朝は、公爵家の自室の鏡の前に立っていろいろな角度から傷口を確認しました。腫れはもうすっかりひいているし、痛々しいかさぶたもだいぶ小さくなりましたので、小さめのガーゼで覆って髪の毛で隠してあります。
大事をとって一週間ほど学院をお休みしましたが、今日から寮へ戻るので! というか、お父様が心配し過ぎなのです。一週間も休ませるだなんて。
城で私の心残りについてお話をしたとき、アーサー様からは「それはそれ、これはこれ」と結局お叱りを受けました。教師や護衛といった守るべき立場の人間が職務を全うすることと、私が孤児院の前でしたことは違うとおっしゃりたいようです。
……一理ある。
それでも私を抱き締めて「ありがとう」と言ってくださったので、それが何を指していようと私の気分は最高です。
休んでる間に図書館で借りた本にもちゃんと目を通しましたしね。本にある知識だけで生きていけるとは思いませんが、何も知らないよりはマシです。
というわけで上々の気分で到着しました、聖トムスン王立学院! 今日は休日ですし、荷解きをしながらのんびりしましょう……と馬車の扉が開いたところで、大きな手が差し出されました。
「アーサー様?」
「待ちきれなくて迎えに来たんだ」
柔らかに細められたスミレ色の瞳が嬉しくて、私は彼のエスコートで馬車を降ります。視線をあげると、同級生たちもまた出迎えてくれていました。どうして。
顔に疑問が浮かんでいたのかわかりませんが、アーサー様が答えてくださいます。
「君に見せたいものがあってね、彼らも驚く君の顔が見たいんだ」
「驚くことは決まってるんですね」
ハハと笑うアーサー様に連れられて、校舎の外周をぐるりとまわります。
アーサー様がふいにこちらに目を向けました。
「今日のドレスもよく似合ってるけど、それはお気に入り?」
「いえ、学院へ戻るためのものですから」
「そう、それなら良かった。もし汚れても新しいのをプレゼントするから」
「なんて? 汚れる?」
ちょっと何言ってるのかわからないですけどって思ってたんですが、進行方向が怪しくなってきました。なぜやら学院の庭を抜けていきます。どこに向かってるの……。
と思った先にあったのは広い土地。私の腰かもう少しだけ高いくらいの柵で囲まれていて、簡素ながら門もあるようです。土地の奥には小さな建物も。
「これは……?」
「門に刻まれた文字、見える?」
「エ……エメリナ・ガーデン? え? はい?」
二度、いえ三度見した私に、アーサー様が得意げに微笑みました。
「言ったよね、『誰もが極力安全に花を植えられる場所や道具を用意させる』って」
「え、まさか」
「まだ手前のあたりしか準備出来ていないんだけどね。念入りに大きな石は取り除いた。石が必要な植物のためのスペースは奥に作る予定だよ。作業用の手袋やブーツもあるし、生徒たちの植えた植物が健康に育つようサポートする専門家もいる」
男子生徒がひとり進み出て、分厚い手袋を二組差し出しました。アーサー様がそれを受け取って、片方を私に差し出します。
私はどこからコメントしたらいいのかわからなくて、しばし呆然とその「エメリナ・ガーデン」を見つめていました。行動が早いし規模が大きいし、何よりなんでエメリナ・ガーデンなの。これではまるで、私が欲しがったみたいじゃないですか。
そう思ったらもう可笑しくなってしまって、はしたなくもアハハと声を出して笑ってしまいました。
「アーサー様、やり過ぎ……」
「そりゃあ、君のためならこれくらいするさ」
「だからそれが違……アハハハハ!」
お腹をよじるようにして笑う私に、アーサー様が小さな布の袋を差し出しました。どこかで見た覚えのある袋。
「記念だよ。最初に種を植えるのはエメリナであるべきだ」
そう言って、私をエメリナ・ガーデンの中へと誘います。
すでに種を植えるための穴は用意してあって、私はそこへ種を落とすだけ。ふふ、よくあるデモンストレーションですね。預かった手袋を両手にはめて、袋を開けて……。
でもこれ、マリナレッタさんからいただいた種です。
突然ピンク色の髪の少女を思い出して、私は周囲を見渡しました。
いた。スカイブルーの瞳を好奇心で輝かせながらこちらを見つめるピンク色の髪の女生徒。
私は改めてアーサー様を見上げました。
「お願いします、マリナレッタさんを」
「また彼女か」
アーサー様の眉間に皺が寄ります。うう、しかめっ面もかっこいい。
「土いじりを本当に愛してるのは私じゃなくて彼女なんです。この種も彼女にいただいたもので、あの時はせっかく頂いたから植えなくちゃって思って、だから」
少なくとも、私が心から望んだものではない、ということだけはちゃんと伝えておかないと。せっかくの真心に水を差すようではありますが、今後もし私の足があまりここへ向かなくなってしまったら、悲しみと誤解しか生まないので。
アーサー様の表情が和らぎました。
「うん、そうしよう。ここは君の名を被せたけど、学院に寄付したものであって個人の所有物じゃないから」
「ありがとうございます、それからごめんなさい」
「なんで謝るの? ああ、でも次は君の本当に欲しいものを聞かせてもらわないとね」
そう言ってまた私の額にキスをしました。待って、ここ学院だから。みんな見てるから。いやそういう問題じゃなくて過度なスキンシップは駄目だと。言いたいことが言葉にならずに悶えているうちに、マリナレッタさんがこちらへやって来ました。
正ヒロインさんすみません、あの、過度なスキンシップは駄目だって伝えてはあるんですけど、なんて言ったら思い上がってるみたいですね、どうしよう!
と慌てる私に構わず、マリナレッタさんはキラッキラの瞳で私の手を握りました。
「ワ、ワイゼンバウムさんのおかげでこんな素敵なお庭が! ありがとうございますっ!」
ああー、ヒロインやっぱり素直でいい子! 好き!