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 国王陛下との謁見が終わり、家族全員で邸へ帰ることになった。

 マリアは月に一度は邸に帰ってこれること、聖ローアンナ学院へは王宮から通い、護衛をつけること。特にマリアは、幼いころから知っている者はまだしも、学院で初めて会う人間には気をつけることを厳命された。


 帰り着いたのは昼過ぎだったが、すぐに侍女たちがバタバタとマリアの荷造りを始める。夕方までには王宮に戻らなければならないと決まっている。私がマリアの横に立ってそれをぼんやりと眺めていると、そっと左手を握られる。横を見るとマリアが複雑そうな表情で私を見つめていた。


「お姉様、こんな突然…。」


 それ以上、言葉が出なかった。喋ったら泣き出しそうだった。マリアがいなくなってしまうことの不安、数百年に一度の強い瘴気の話、マリアとお父様を襲った魔物の話。私たちが貴族達にとって利用価値のある存在になった話。どれをとっても私にとっては現実感がないことのように思えた。

 この世界に魔物は存在するけれど、畑を荒らしたりもするけれど、市街地に入ってまで人を襲う魔物を私は知らなかった。街から街へ移動する時には襲われる可能性があるから護衛を雇ったり、村などでは自警団が存在するけれど、ぬくぬくと首都の街中で邸と工房を行き来するだけの生活をし、学院に入学してもいない私にとっては魔物を退治するとか払うとかは遠い世界の話だった。

 ましてや、そんな魔物を瘴気と共にマリアが払わなければならないなんて、考えたこともない。


 デビュタントでは偶然魔物が消え去っただけなのでは?

 本当は今まで通り何の力もなくて、魔物に会ったら殺されてしまうのでは?


 そこまで考えて、不安で胸が押しつぶされそうになる。


「本当に、行かねばならないの?」


 やっとの思いで吐き出した言葉はそれだった。

 マリアが大きな目を更に丸くして、驚いた表情になる。そして静かに目を伏せた。


「そうね、王命ですもの。」

「でも…!こんな短時間で決められるものではないわ!」

「考える時間なら沢山あったわ。二人が来る前にブランドン殿下からお話は伺っていたから。だからずっと考えていられたわ。」

「だからって!」

「エリザベス。」


 納得できずに言い募ろうとする私を遮り、静かな声でマリアは続ける。


「あなたはデビュタントの場にいなかったから、想像がつかないかもしれない。でもね、あの時。お父様とブランドン様が私をかばって前に出た時。私はもう皆死んでしまうと思った。でも、何か暖かいものが私の体を包んで、それが光になって魔物を包んで消し去ったのを私は見たの。それにね。私だって自分が聖女だとはまだ信じられない。でも、そうだとしても、私にしかできないことがあるんだと思う。何より、もし私に力があるなら、私の大事な人を私が力を使わないせいで失いたくないのよ。」


 何も言えなかった。マリアは覚悟を決めているのだ。この一日、考えて決めたのだろう。だからきっと、ずっと静かだったのだ。お母様もきっとそう。涙を流しながら、それでも王様に抗うことはしなかった。それが娘のしなければならないことだと覚悟していたのだ。


「私の力であなた達を、家族を守れるなら。私は迷わずこの力を使うわ。私は絶対に誰にも利用されたりしない。家族を守るためにこの力を使うんだから。」


 それは、決然とした意志だった。そして、私が何を言ってもマリアは行ってしまうのだということを決定づけた。

 どうしてもだめなのか、と、落ち込んだ気持ちで黙り込んでしまう。すると、私のそんな姿を見たマリアはパタパタと荷造りの最中の侍女達のもとに向かって走って行き、何かを受け取って戻ってくる。

 ほら、と見せてくれたそれは私の作った髪飾りだった。


「エリザベス、あなたが作ってくれた髪飾り、全て持っていくわね。あなたといつでも一緒にいられるように常につけているわ。あ、もちろん寝るときは外すわよ?」


 そう言って悪戯っぽくニヤリと笑ってみせる。

 その姿に、泣き出しそうな気持ちが少し晴れていく。これだから、マリアには敵わないのだ。

 私は負けそうになる気持ちをぐっと抑え込み、マリアに向かって笑顔を作る。


「わかった。それは全て持って行って。私、またお姉様のために何か作るわ。ドレスでも、髪飾りでも、なんでもいい。それがお姉様の傍にあることでお姉様を勇気づけられるなら、何でも作るわ。」


 そう言うと、マリアはうーんと考え込んで、そうだわ!と、何か閃いた表情で言う。


「ミシンを買ってもらうのはどうかしら!王様がお金をくださるとおっしゃっていたでしょ?それでミシンを買ってもらうの。そうしたら、邸でもあなたはドレス作りができるもの。私からお父様に言うのはどう?」


 とっても良いことを思いついたわ、と、マリアはウキウキした表情で私に言う。でも、と戸惑う私をよそに、そうねそれがいいわね、と、一人で納得している。


「だってあなたが帰ってくるのが遅いのは、邸にミシンがないせいでしょ?工房でミシンの練習をして遅くまで残っているから。だったら邸にミシンが一台あれば、あなたは早く帰ってきてそれで練習できる。お父様も心配がなくなるし、こんなに素晴らしいことってないんじゃないかしら!」


 あ、ダメだ。

 こうなったマリアはもう止まらないことを私は知っている。むしろ今すぐお父様に直談判しに行く勢いだ。これから自分の生死がかかる魔物払いに出るというのに、そんなことは頭から完全に抜けている。

 いつものマリアだ。さっきまで私の心を覆っていたモヤモヤはいつの間にかマリアのマイペースさによって飛んで行ってしまっている。むしろ、こんな状況でよくこんな風に楽し気に話せるものだと面白くなってきてしまい、笑いが止まらなくなってしまう。


「何、どうしたのエリザベス?何かそんなに面白いことを言ったかしら?」


 きょとんとするマリアに、こういう人だから聖女なのかもしれない、なんて私は思うのだった。


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