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駅前にあった立ち食いそば屋での出来事

作者: きつねあるき

 このお話は、1988年(昭和63年)の事です。


 当時、自分は17才で高校2年生でした。


 かなり前の話ですが、ある立ち食いそば屋での忘れもしないエピソードです。


 実家にいた頃は、周りに飲食店が沢山あったので、よく彼方此方(あちこち)で食べ歩きをしていました。


 夏休み後半の夜に、あと1時間後に()ようと思っていたのですが、かなりお(なか)()いてしまったので寝られそうにありませんでした。


 そこで、駅前の立ち食いそば屋まで、自転車を()ばして食べに行ったのです。


 時間は、夜の10時頃だったと思います。


 腹持(はらも)ちのいい天ぷらでも食べようと思って、かき()げそばを注文したのです。


 (しばら)くしてから、かき揚げそばが自分の前に出されたのですが、何かプ~ンと異臭(いしゅう)がするのです。


 出されたそばの隅々(すみずみ)まで(にお)いを()いでいたら、その原因がかき揚げだという事に気付いたのです。


 すかさず自分は、小太りのおばさん店員を()び、周りに気を使って小声で、


「すいません、このかき揚げが匂うんですけど…」


 と、言ったら、耳に手を当てて眉間(みけん)(しわ)を寄せながら、


「何?、何言ってんだか聞こえないよ!」


 と、言うので、今度は普通の声で同じ事を言うと、その店員のおばさんは無言で自分のかき揚げそばを引ったくり、長テーブルからシンクの横に移動させたのです。


 そして店員のおばさんは、みるみるうちに(おに)のような形相(ぎょうそう)になり、保温ケースの方に走って行ったのです。


 そして、作り置きの別のかき揚げをむんずと(つか)んで、水戸黄門が印籠(いんろう)を出すような感じで、自分の鼻先5cm位の所にもの(すご)(いきお)いで()き出してきました。


 少しの間、自分は目の前の景色(けしき)がかき揚げだけになりました。


 それで、不穏(ふおん)な空気が流れたまま10秒位()ってから、かき揚げを引っ込めつつその店員は、


「今日のだよ!」


 と、言い放ったのです。


 (あま)りにも失礼な対応に、はらわたが()えくり返る気持ちになりました。


 混乱(こんらん)しながら自分は、


「分かったよ!だったら、さっきのかき揚げそば食うから返せよ!」


 と、言い返した途端(とたん)に、その店員は証拠隠滅(しょうこいんめつ)とばかりに、


「バシャッ-」


 っと、勢いよくシンクの中にかき揚げそばをぶちまけたのです。


 そして、鬼の様な形相のままこう言い切りました。


「かき揚げそばを作り直せって事なんだろうが、かき揚げは高いんだよ!」


「そんな言い掛かりで、作り直す(わけ)にはいかないね!」


 …と、言うなり(おく)に下がってしまいました。


 その時に、(となり)(すわ)ったいたタクシー運転手のお客さんが、


「作ってやんなよ、大した原価じゃないんだろう?」


 と、(なだ)めるように言ってくれましたが、店員のおばさんは、


「そんな事をしたら店長からクビにされるぅ~!」


「私は何も悪くないのに~!」


 と、大声で(さけ)び、(がん)として非を認めなかったので、自分は()(すべ)もなく帰るしかありませんでした。


 翌日の夕方に、兄貴にそば屋での事を話すと、


「そんな事ないだろ、俺が行った時は普通だったよ」


 と、(みょう)にそば屋の(かた)を持つのです。


「確かに兄貴はあのそば屋によく行ってるけどな」


「でも、あのかき揚げは明らかに匂っていたんだよな…」


「まあ、次からは行かなければいいか…」


 昨夜のそば屋で、かき揚げから確実に異臭がしていましたが、


「そばだけを食べればいけるかも…」


 と思って、少し食べたのがいけなかったのかな?


 結局は、かき揚げの異臭が(つゆ)まで広がっていて、食べられたものではありませんでした。


 それから2週間後、そば屋での事を忘れていた時に兄貴からこう言われました。


「野球部の仲間と駅前のそば屋で食っていたら、俺以外の5人が食あたりしたって!」


「えっ、それはヤバいじゃん!皆は同じそばを食べていたの?」


「いいや、皆は天ぷらそばを食べていて、俺はワカメそばだったから助かったよ」


「マジか!あのそば屋の天ぷらはヤバいでしょ!」


「でも、一概(いちがい)には言えないけどな」


(ちな)みに、当たった天ぷらってかき揚げじゃない?」


 と、興味本位(きょうみほんい)で兄貴に聞くと、


「そんなの(おれ)が知るかよ」


 と、冷たく言われました。


「でも、野球部の人は天ぷらで当たったんでしょ」


「あのそば屋の天ぷらは早朝に大量に揚げたやつだから、常連(じょうれん)は天ぷらを食べないんだよ」


 と、低い声で言いました。


「その天ぷらを揚げている人ってどんな人なの?」


「ああ、いつも白い長靴(ながぐつ)()いている小太りのおばさんだよ」


「へえ~、何で兄貴はそんな事まで知ってるの?」


「俺は野球部の朝練の前に、しょっちゅうあのそば屋に行くからな」


成程(なるほど)、いくら今日の天ぷらでも早朝に大量に揚げて保温ケースに()め込んだやつなのか!」


「だからあのかき揚げは、あんなに油でベタベタしていて(つぶ)れていたのか…」


 それを聞いて、かき揚げの異臭の原因が分かったような気がしました。


 それから、何事もなく時が過ぎるのかと思っていたら、意外にも動きがありました。


 野球部の生徒の母親の1人が、そば屋の店長に天ぷらでの食あたりを(うった)えたのです。


 そば屋の店長は小太りのおばさん店員に、天ぷらは小まめに揚げて古いのは廃棄(はいき)するように指示していましたが、それが面倒(めんどう)なので一度に大量に揚げていたのが判明(はんめい)したのです。


 それと、おばさん店員はお金欲しさにやたらとシフトに入っていたので、1人の時は監視(かんし)する人もいなくてやりたい放題でした。


 思い返せば、自分がそば屋に入った時も、


「ん、何か変な匂いがするな…」


 と、感じてはいました。


 この一件で、いい加減な仕事をした小太りのおばさんはクビになり、深夜と早朝は店長が勤務するようになりました。


 その情報は、食あたりをした野球部の生徒の母親から、そば屋に行っていた生徒の親に流され、あっという間に広がりました。


 数日後、久々に夜10時過ぎにあのそば屋に行ったら、大量の作り置きの天ぷらは無くなっていて、店内もきれいに清掃(せいそう)されていました。


 自分は、あの日以来のかき揚げそばを注文すると、店長は注文を受けてからフライヤーで揚げていました。


 カウンターの上に出されたかき揚げそばは、香ばしい匂いが(ただよ)っていまいた。


 かき揚げを一口食べると、揚げたてでサクサクしていました。


 あの時はかなりお腹が空いていまいたが、欲張(よくば)って異臭のするかき揚げそばを食べなくて本当に良かったなと思いました。


 今回のお話は以上になります。


 ご拝読頂きまして、誠にありがとうございます。

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