第八話 彼女のきっかけ
「はぁうっ……!」
WCOをログアウトしてからというもの、定期的に悶え始める三日月を、ルームメイトの如月朱里が半目で睨む。
「あんたゲーム終わってから何回悶えてんの。いい加減鬱陶しいよ」
「うう、ごめん……でも……はぁうっ……!」
ふとした瞬間に思いだすのは、目を閉じて頬を差し出す幼馴染の姿。本人にそのつもりは全くないだろうが、まるでキス待ちにも似たその顔が脳裏をちらつく度、際限なく動機が激しくなっていく。
(しかも仮想体とはいえリッちゃんに触れちゃった……めっちゃぷにもちだった……あれ以上続けてたら理性がどうかしちゃいそうだった……!)
「でもまぁその様子だと、一応こないだの電話相手とは会えたみたいね」
「う、うん! 楽しみすぎて早くログインしちゃったんだけど、向こうも早くインしてた上に合流できたから、そのまま二人でレベリングに行ったの! まるでデートに行ったみたいでどきどきしちゃった! 早起きは三文の徳ってこういうことだよね!」
「どっちかって言うと怪我の功名でしょうよ」
ローテンションでバッサリ切り捨てた朱里が続ける。
「っていうかどんな人よ、その相手。どこが好きになったわけ」
「い、言わなきゃダメ……?」
「まぁ視界の端で十分ごとに延々悶えられてる迷惑料を抜きにしても、恋バナには興味あるわよ。全寮制の女子校通いだと、そういう健全な恋バナに飢えてるのよ。ほらほら話せ、疾く話せ」
健全でない恋バナなら珍しくないみたいな言い方だった。お嬢様校の闇である――それはそれとして、ルームメイトの圧が強い。
「う、うぅ、分かったよう。相手はあっちゃんって言う、幼馴染でね――」
詰め寄られては話さざるを得ない。そんな風に思いながらも、幼馴染との思い出を語り始めた三日月の頬は緩んでいた。
◆◆◆
きっかけは別段特別なことではない。転校した学校で孤立しかけていたところを、旭にゲームに誘ってもらえたのが全ての始まりだ。
三日月の親は転勤族であり、二、三年で住居が変わるなんて珍しくもない。それに巻き込まれた三日月もまた、転園・転校を余儀なくされていた。
旭のいる小学校へ転校したのは小学二年のころ。生来の引っ込み思案も手伝って、すでにできている友達の輪に入りがたく、大体一人で机に座っていた。そんなある日。
「ねえ、ヒマ? ヒマなら、ゲームてつだってほしい」
多賀旭が、三日月に声を掛けてきた。
実は当初、三日月は旭を女子だと思っていたのだ。可愛いのは昔から変わらない。言うと拗ねそうなので未だに言ったことはないが。
その勘違いも手伝って、旭と遊ぶことに抵抗はなかった。言われるまま彼の家に赴き、言われたゲーム(ソーシャルゲームだった)をデバイスにダウンロードし、二人で一緒に遊んだ。旭はどうやらマルチプレイをしたかったらしい。そこでしか手に入らないアイテムがあるのだとか。
余談だが――この時、名前に迷った三日月に、旭が提案した名前こそが「クロワッサン」である。テレビ番組で三日月という意味だと知ったらしい。
当時はゲームなどほとんど触れたことがなかった三日月だったため、あわあわと色々失敗したりもしたが、旭は何も文句を言わない。さりとて、怒っている風でもない。
ただ、マルチプレイを楽しんでいたし――そんな旭とゲームをすることが、三日月にとっても楽しかった。
帰りしな、三日月は思った。
もっとじょうずになったら、あっちゃんはほめてくれるかな。
もっとじょうずになったら、もっといっしょにあそべるかな。
三日月の趣味に、ゲームという項目が増えた瞬間であり――まだ自覚のない、小さな好意が芽生えた瞬間でもある。
◆◆◆
「――っていう感じの馴れ初めでして……」
「で? 好きだって自覚したのはいつよ?」
「ぐいぐい来る……! ……その二年後に、また転校が決まった時かな。あっちゃんと離れることになるって思った時、すごい泣いちゃったから……」
大声上げて泣いたわけではない。お仕事なんだから仕方ないと、十歳そこらで理解していた。ただただ、涙が止まらなかっただけだ。
そんな泣き方をする娘に、両親がどう思ったのかは定かではない。しかし、中学へ上がるにあたって、エスカレーター式・全寮制のお嬢様校を勧めてきたのは、無関係ではないだろう。
おかげで、今は同じところに四年以上も留まっている。三日月の人生では初めての経験である。
「ふぅん、まぁなるほどね……で? これからどうすんの」
「ど、どうするとは」
「あんた一緒のゲームで遊んだだけで満足なのかって聞いてんのよ」
「そ、それは……」
「甘っちょろいことは言わないでよ、久しぶりに一緒のゲームやれてるんでしょ! この機会にぐいぐい攻めて幼馴染を陥落させてきなさいな!」
「かかか、陥落って! そんな簡単なことじゃ――」
「一発告れば済む話じゃないの」
「玉砕覚悟が過ぎるよぉ!」
「はぁん? 世の告白する乙女たちが100%の勝算があってコクってると思ってんの? 相手が自分に好意を持ってるかどうかも分からない! だから告白するんでしょうが!! 受けてもらえば万々歳、振られたとしてもそこから相手にも恋愛感情が芽生える可能性が無きにしも非ず!!! いいこと、告白は終点じゃないの、始まりなのよ!!!!!」
「うっせぇぇぇわまたテメェか如月ィィィ!!!!!」
「げぇ! 寮監!」
力説しすぎた朱里の大音声に呼応して、青筋立てた女寮監が怒鳴りこんできた。
「今何時だと思ってやがる、テメェこないだも怒鳴られといて学習しねェ奴だな! 寮監室に連行だ、反省文十枚!」
「そんな! 私だけですか!?」
「小森ィ、お前ももう少しこいつを抑える努力をしろ。いいな」
「は、はい……すいません。でも今回は私が燃料を投下しちゃったみたいなものなので、朱里を連行するのはご勘弁願えないでしょうか……」
「かーっ。麗しき友情だねぇ。喜べ如月、反省文八枚にまけてやる」
「私は連行で三日月は注意のみなんて……!」
「日頃の行いだろ。おらいくぞー」
「どなどなどーなーどーなー……」
「余裕ありそうだな、反省文三枚増やすか?」
「最終決算でプラス一枚は勘弁していただきたいんですが!」
寮監の小脇に抱えられて、如月朱里は寮監室へ持っていかれた。静かになった部屋の中で、しかし朱里の言うことにも一理あると三日月は頷いた。
「こっ、告白はともかくとして。この機会に距離は縮めておきたいよね。幸い、レベリングとかで一緒に行動する機会は多いはずだから……!」
頑張ろう、と、明日のWCOに向けて気合を入れた。
翌日。
「リティちゃん? リティちゃんならさっき、ラピッドちゃんと一緒にレベリングに行きましたよ! ハルルちゃんもどっか行っちゃいました!」
アトリエに残っていたシャンデリアからそう聞かされたクロワッサンは、何とも言えない表情を浮かべていた。




