俺(私)たちは今日も青い空(珈琲)を思う。
「『珈琲』『獲物』『青い空』 以上の単語を用いて3000字以内のSSを書きなさい。」
というお題をいただいて書いたSS。多分ちょっと暑さで頭やられてた。
暗澹とした暗い空を見上げ、俺はため息をついた。
ああ、青い空が見たい。
いつから俺はこんな鬱蒼とした暗雲の下にいるんだろうか。爽やかな青い空を拝みたい。切実に。
「今日こそ見つけるぞー! おー!!」
遠い目で黄昏れる俺をよそに、相棒殿は今日も元気いっぱい。爛々とした目で獲物を見据えてらっしゃる。いやー、ほんと元気だなー。
アラビカ国の最果て、キリマンジャロ荒野。
空は年がら年中雲で覆われ、そのくせ雨は降らないので、植物もろくに生えない不毛の大地が続く。そこここに雷が落ち、時折小さな竜巻まで起きる、まさに生きとし生けるものが試される大地だ。
こんな地域に人類が足を踏み入れる理由なんてねぇだろと思いきや、不可解なことに、定期的に魔物あるいは魔樹が湧くのだ。餌? まさかの共食いらしい。超怖い。
そんな場所に湧くだけあって、魔物どもは竜巻や雷の中で生き延びるだけの力を持つ。が、やっぱり魔物だってより良い環境を求めるわけで、俺たち人間が住む地域にやってきてはさまざまな被害が出てしまうのだ。
よって、魔物が人間側の領域に出てくる前に、定期的に魔物を間引く必要がある。生き抜くことすら厳しい最果ての地、しかも出てくる魔物は相当な危険度ともなれば、基本は国に命じられた精鋭騎士団が対応する。魔物の数が増えすぎて騎士団だけでは対応できない時に、俺ら傭兵ギルドに増援の依頼が来るって寸法だ。まあそれも、よほど腕に自信があってかつ血気盛んなやつ、あるいは魔物の素材を高く売り払って一財築きたいやつでもなきゃ全力回避するのが普通である。
そして、俺たち……というか、俺の相棒殿は軽やかに普通じゃない。
なにせ、もう日数を数えるのも嫌になるくらい、この荒野で俺らはひたすら魔物と魔樹を討伐しまくっている。いやマジで、そろそろ文明生活忘れそうなくらいにはずっとここにいる。騎士団がドン引きしてるくらいいる。
……まだ住んでるとは思ってない。というか思いたくない、こんなところに住める新人類呼ばわりされてるのは知ってるけど、俺は人間やめたくない。うん、やっぱり文明生活に戻りたい。
「はぁあ……」
「おーい、いっくよー!」
黄昏れる俺に元気いっぱいな相棒殿の声がかかる。現実逃避から戻ってくると、俺の返事も待たずに相棒殿が魔物相手に飛び込んでいくところだった。
「うぉおおおい!?」
まだ俺の準備ができてねえよと言う暇もなく、接敵。口から吐き出された毒の煙を軽やかに避けて、拳で魔物の顎をカチ上げた。
ギャンっと哀れな鳴き声を漏らした魔物を哀れに思いつつ、超早口で呪文を完成させた俺は魔法を放つ。拘束魔法で動きを止めた魔物に、相棒殿は遠慮会釈のない蹴りを叩き込んでトドメを刺した。
息の根を止めた魔物は、砂が崩れるように形を失っていく。後に残ったのは、赤く輝く石ころのみ。魔石と呼ばれるそれは、魔物の特性を備えた魔力の塊で、魔法を使うものにとっては万能のお宝、なのだが。
「これは初めて見る魔物……今度こそ……!」
雷や竜巻にも生き残るような超危険魔物を素手で仕留めるという訳わからん真似をしでかした相棒殿──新人類扱いされるのはだいたいこいつのせいだ──は、期待に目を輝かせながら魔石を鷲掴み。
「ふんっ!」
気合一発、魔石を握り砕いた。握力すごいなー。
ボロボロと砕けたそれを素早く取り出したすりこぎに入れてゴリゴリと擦り、これまた素早くとりだした鍋に入れる。
「火!」
「へいへい」
簡易呪文で火を呼び出してフライパンを熱する。黙々とさっきの毒の煙が出るのを吸わないようにしながら──相棒殿、それ息止めてるよな? まさか吸ってるのに平気とか言わないよな??──魔石を炙ると、残った粉を紙で作った袋状のものに入れる。そういやこの紙の袋を用意するだけで、売って稼いだ魔石10個分くらいの金持っていかれてマジ泣きしたなー、懐かしいなー。
「水と火!」
「はいはい」
今度は水を出して、火で熱して熱湯に。最初から熱湯で出せないのかって? 何、お前この阿呆な作業のために中級魔法使えと? やだよ、この死の大地で魔力切れしたら俺は普通に死ぬ。
出来上がった熱湯をカップに入れ、さっき作った袋を放り込んでしばし。どす黒くなったお湯は見るからにやばい成分が入っていそうだ。
「なあこれ暗殺用の毒薬っつって売ったら紙の袋代くらい稼げない? 売ろう?」
「何馬鹿なこと言ってるの!? 今日こそ成功してそうじゃん!!」
成功らしい。何がって? 俺も知りたい。
「というわけで、いっただっきまーす──おぐぅ」
一気に煽った相棒殿が悶絶する。そりゃそーだと慣れた俺は、改めて呼び出したお水を相棒殿の口目掛け、直接ぶち込んだ。
「……ううー、また失敗か……」
「むしろこれ成功ってなんなんだよ? そろそろ俺の心も折れるよ?」
魔物を倒すたびに繰り返すこの儀式が終わらないと青い空が見られない。切実に見たいから、ゴールラインを設定していただきたい。切実に。
「だーかーらー。珈琲を飲むためって言ってるでしょー!!」
「そのこーひーとやらがわかんねーんだよこっちは……」
「もーーやだこの異世界ーー!!」
ぎゃー! と喚き出した相棒殿に、俺はため息をついて空を仰いだ。ああ、空が暗い。
道端で行き倒れていたのを拾ったこの相棒殿、本人曰く「異世界人」らしい。まあそこはいい、俺らの世界は時々異世界人が現れるので「珍しいなー」くらいで済む。善良なやつに拾われてよかったね、くらいの反応だ。
が、問題はその相棒殿が何やら心棒レベルで大好きらしい「こーひー」がこの世界に存在しなかったことだ。それを知った相棒殿が「アラビカ国のくせに珈琲がないとか舐めてるのかこの世界ー!!」と発狂し、あちこちに突撃し、キリマンジャロ大地のことを聞いて「それだー!」と突撃したのが……いつだったかなあ。ははっ、思い出せないや。
つまり俺は相棒殿の「こーひー愛」とやらのせいでこんな場所に入り浸りなわけだ。いや本当に、そろそろ一旦人間の生活に戻りたい。
「だってこの赤い実は間違いなく珈琲の実そっくりなんだよ!? 絶対どこかに珈琲になる実があるって!」
「だからこれは魔石なんだよ?」
そろそろ現実を受け止めてほしい。これが植物の実に見えるという時点で精神がやばい。治療してくれる先生も探してやるから、青い空の下に戻ろう?
「認めない! 絶っ対に諦めないんだからーー!!」
「ははは……」
ああほら、相棒殿の元気な声に引き寄せられた魔物の団体様、いらっしゃーい。
死んだ目で省略詠唱を早口に何十にも展開して、近寄ってくる前にまとめてぶっ飛ばす。
「よっしゃー実がいっぱい!! やるぞー!!」
「おー……」
そんなわけで今日も俺は、青い空を夢見て、相棒殿とキリマンジャロ大地を開拓していくのだった。
<補足>
相棒殿:異世界トリッパー。珈琲中毒。珈琲を追い求めた結果、魔物からドロップする魔石から珈琲を抽出できるはず!と信じているやべーやつ。異世界トリップの恩恵は身体強化に全振りした結果素手で戦える近接戦最強クラス。
語り部:やべー異世界人を拾った人。この世界では異世界人を拾った人がその異世界人の行動に責任を持つため、危険地帯にもついてこざるを得ない可哀想な人……と見せかけて、このわけわからない冒険で発狂もせず、ついでにSS級クラスの魔物をしれっと魔法でぶっ飛ばせるやべーやつその2。周りからは「まぜるな危険コンビ」扱いされている。相棒殿と一緒にいると化け物扱いはされないので楽だなーと思っている。
魔法:「属性」「強度」「形状」「持続時間」を指定する呪文を唱え、杖を通して魔力を放つことで魔法になる。強力な呪文ほど呪文は長いし魔力消費は大きい。熱湯を作るとなると「水」「コップ8割分」「飲用」「消えない」+「火」「コップの水を沸騰させる」「鍋の下」「鍋底をぐるりと囲うように」「沸騰するまでの時間」。最初から熱湯になると「水+火」「コップ8割分」「飲用+沸騰している」「消えない+周囲の環境に合わせて温度変化していく」となり、複雑さの分だけものすごく魔力を消耗する。少なくとも前者であっても珈琲作成実験に使うもんじゃない。
魔物:この世界に存在する、魔法を操る動物。当たり前だが素手では殺せない。キリマンジャロ大地の魔物になれば、普通の武器でも歯が立たない。
魔樹:この世界に存在する、魔法を操る植物。当たり前だが素手では折れない。キリマンジャロ大地の魔物になれば、普通の魔法でも燃やせない。
魔石:魔物の死骸。魔物の特性を持つため、毒持ちは毒あり、火を吹くやつは火の源、水を操るやつは水源となるので、これを加工して日常生活用具にする。キリマンジャロで取れる魔石はひとつで家が立つくらい高い。間違っても砕いて炙って飲むものじゃない。
珈琲:異世界には存在しない。とされている。実はマジでとある種の魔樹の魔石が珈琲になるが、超絶レアキャラなので相棒殿が遭遇するかは……