2話 王としての思い、父としての想い
すー、はー。
王の執務室前で深呼吸をする。これから先は父としてではなく、アスマリア王との話し合いになる。切りかえが大切だ。甘えは許されない。この扉は王を守護するために魔法がかけられている。扉に向かって自分が来たことを伝える。
「――お父様、ラステリゼです。入ってもよろしいですか?」
「ラステリゼか。よい。入りなさい」
扉からゆっくりと応答があった。扉が白く光ると、ラステリゼは一瞬にして執務室の中へ転移した。国王の許可した者しか入れない、鉄壁の守護魔法だ。
よく見知った執務室。最近は神命のためによく通っていた。おそらく、もうすぐ来ることすらできなくなる、国王、父クラウスの仕事部屋。
執務机から優しく微笑むのは父親の顔で、ラステリゼの話を聞こうとする姿がありありと出ていた。
優しい、しかし、民から賢王と慕われる王。国を心から愛していることをラステリゼは知っていた。だからこそ、父親に恥じない姿を民に見せたいと思ってきた。が、やはり離れがたいのだ。1人地上で生きるのはつらい――。
――涙は見せまい。私は賢王クラウス・ルノ・アスマリア王の娘ラステリゼ・ルノ・アスマリア。
「先ほど降った神命の件で、ご報告に参りました」
クラウス王は執務机から立ち上がると、長椅子に移動し、ラステリゼにも座るよう示した。ゆっくりと足を組ながら、クラウス王はラステリゼに目を合わせた。
「私のお姫様に、創造主は厳しい試練を与えたようだね?」
「はい。地上に行って争いごとを止めることが私のやるべきことだと。私の時止めの魔法が役に立つかは分かりかねますが、地上に行かなければ堕天の道しかないと思います」
うーん、とクラウスは顎に手を当てて唸る。地上の戦争を止めることは王女だろうが聖女だろうが、小娘1人では無理だ。戦争とは、関わる人間が多い。その神命には何か裏があるのかもしれない。
「戦争とは、限らないね。争いごとを止める、『戦争』とは言ってない。地上では、何か別のことがあるのかもしれない」
「別のことですか?」
「ラステリゼ。とりあえず、地上での問題を見聞する気持ちで行きなさい。様子を見ながら、手を貸したいと思った時に力を使いなさい。無理に、お前が争いごとを止めることは第一にしなくていい」
王の言葉をのみ込むと、ラステリゼは目を剥いた。
「え!神命です。尽力すべきです。天上界に帰れませんよ」
思わず声を荒げたラステリゼにクラウスは静な目を向けた。
「お前にできるのかい?ラステリゼ王女。平和な天上界で大切に育てられたお前が右も左もわからない世界で戦争を止める?誰が悪で誰が正義か判断できるのか?今の段階では私でも無理だ」
「・・・」
「焦らず、最初は見聞して世界を知ること。何かを成すのはそれからだ。よいな」
「承知、しました」
つまり、地上の常識や世界情勢を探ってから、確実に必要な神命を遂げよ。やみくもに走っても騙されたり空回りするだけと言うわけだ。流石お父様。間違って正義を討ち果たしたら大変ですものね。
「明日には発ちなさい。地上での身分や身体も用意してあげるから」
「身分?地上での身体とは?」
「流石に身元不明じゃあ怪しいからな。ラステリゼは地上のリーア国のエステリゼ・ディズ・カノワーレ公爵令嬢になる。容姿も地上では異なる。屋敷も使用人も領民の記憶もセットだ。」
「お父様、それは・・よいのですか?」
最悪、ギルドに登録してお金を得るまで野宿も覚悟したが、父親が、王がそこまで手を貸してくれるとは、よいのだろうか。
「父としての想いだ。ラステリゼは可愛いから、安全な檻は必要だろう。・・・頑張りなさい」
「ありがとう。お父様」
最後の天上界での1日は、父親の愛情を感じた1日だった。私は愛されている。大好きな父親が治める国のために頑張ろうと想いを強めたラステリゼだった。