綺麗な人工物
「人間には、本能的に重要なものをじっくりと見てしまう習性がある。だから、相手が自分のカードを開いた時、視線を集中させたカードがジョーカーである可能性が高くなる。まあでも、いま、重要な問題は五十嵐さんの性格だろうなあ。自分が付き合うかどうかをゲームに委ねちゃうなんて普通の人にはできないし、そんなに決断力がある人なら、一番取られやすい位置にあえてジョーカーを置くかもしれない。その辺も、加味してカードを引くときは注意しないと」
林潤也はブツブツと、昨日夜遅くまで考えたババ抜きの戦略を呟きながら、五十嵐さんの元へ向かっていた。
今日は昨日とは違う。時間内に出来ることは全部やってきた。どこまで僕の戦略が通じるか分からないけど、絶対に勝って、付き合ってもらうんだ!
五十嵐蒼葉の教室が近づいて来ると、引き戸が開いていた。五十嵐さんが読書をして待ってくれているのがわかる。
その姿には品があって、僕なんかが、と少し弱気になる。
林潤也は大きく深呼吸をして、両手で頬を叩き自分を奮い立たせた。
よし、行くぞ。僕は歩を進める。
「五十嵐さん」
「あら、早かったのね、係りの仕事があると聞いていたものだから、もう少しかかるものだと思っていたわ」本を閉じ、五十嵐蒼葉はこちらを向いた。
「そうだったんだけど、今日はたまたま、係りの仕事をする必要がなくなったんだ」
「あら、そうなの。だから早くここに来ることができたのね」
「五十嵐さん、待っててもらったのは、君に告白しようと思ったからなんだ」
「まあ、そうだろうとは思っていたのだけれど、昨日の、今日で、すごいわね。普通の人に出来ることじゃないわ」
「五十嵐蒼葉さん、僕はあなたのことが大好きです。僕と付き合ってください」
「……。ふふっ。二度もありがとう。あなたが私のことを好きだという気持ちは伝わったわ。でもね、林君。私はあなたのことを全く知らないの。だから、本来なら、お友達から始めましょうといったり、ごめんなさい諦めてもらってもいいかしらといって断るわ。でも、あなたのような情熱家、探そうと思ってもなかなか見つかるものじゃないと思うの。だから、仲良くなるのは付き合ってからでも遅くないと思うわ」
「えっ、じゃあ…」てっきりまた、ゲームで付き合うかどうかを決めることになると思いこんでいたので、まさか、告白が受け入れられるのか!?。と、期待が膨らみ、気持ちが舞い上がる。
「だから、付き合うかどうかは、ゲームで決めようと思うの」
なんでそうなるの!?!?という言葉が舌の先まで出かかったが何とかその言葉を、生唾とともに喉の奥に引っ込めた。
「うん、わかったよ。ありがとう。五十嵐さん」
「お礼を言われる筋合いはないわ。私がそうしたくてそうしているのだから、林君が納得してくれてこちらこそ、嬉しいわ」
「ゲームは、ババ抜きだよね、教卓においてあるやつ取ってくるよ」
「いいえ、今日は、そうね、チェスで決めましょう」
「チェス!?、えっ、でも昨日はババ抜きだったじゃないか」
だから僕は深夜まで、ババ抜きの練習をしたのだ。
「そんなことを言われても、今日はチェスの気分なの、それとも林君には対戦内容を女の子に合わせてあげるという甲斐性すら無いのかしら」
「なななな、何を言っているのさ、五十嵐さん。ぼぼぼぼ、僕に甲斐性がないって?、あるあるあるある。甲斐性しかないよ僕には、チェスだったね。受けて立とうじゃないか!!!」
「そう。林君は素敵な人ね。ふふっ、嬉しいわ、それじゃあ、始めましょうか」
チェスの勝負は、案の定というか、思った通り、五十嵐蒼葉の圧勝で終わった。プロモーションというポーンが相手陣地の最奥に辿り着いたら、ポーンをナイト、ビショップ、ルーク、クイーンの四つうちどれかに昇格することができるルール。普段ならめったに発令されないチェスの特殊ルールが二度も発生し、クイーン三体によってキング以外を消滅させられるいう絶望的な敗北をした。
途中からは五十嵐さんも少しふざけていつのではと思ったが、それがなくても、圧倒的な実力差あったと言わざるを得なかった。
こうして、またしても僕の告白は失敗に終わった。
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「まあ、つまり二日連続で告白しにくるような空気の読めないやつに、絶対に負けたくなかったから、運の要素が全くない、実力で決着がつくゲームが選ばれたんだろう。残念だったな」
「ちょっとは、慰めてよ!!」
「それはする必要がない」
「どうせ、まだ諦めてないんだろ」歩、英二が面倒くさそうに答えた。
「ああっ!、もうこうなったらやけだ!。勝つまでやってやる」
「お前も懲りないな、まあ頑張れよ」
林潤也は五十嵐蒼葉と別れて教室に戻った際、藤谷英二、江間歩とそんなやり取りをした。
それからの僕は、ボロ負けしたチェスで負けないよう、今度はチェスを猛勉強した。
隈の出来た顔で三度目の告白をしに行くと、今度は将棋で、と言われ、言うまでもないと思うが、前日と同様、駒を全て奪われて完膚なきまでに敗北した。
四回目、五回目、六回目と告白に挑みそのたびにゲームをした。大富豪、ブラックジャック、チェスと、挑むたびにゲームは変わったり、変わったかと思うと以前戦ったゲームを挑まれたりと次に何のゲームが来るのかということはまるで読めなかった。
当然、対策のしようがなく、僕の一夜漬け戦法が実ったことはなかった。
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「はぁぁ…」林潤也は机にうなだれる。六度の敗北と睡眠不足が堪えたのだ。
隣にいる英二が読んでいる漫画が目に入り、どんな漫画だろうかと少しだけ気になった。
「案の定というか、そもそもよく五十嵐のやつもこんなに何回も付き合ってくれるよな。脈は全くないと思ってたが案外そうでもないのかもな」
英二は漫画を読み終わったのか、カバンから次の巻を出す。
「どうだろう。ここまで勝てないとなると、神様が僕と五十嵐さんを付き合わせないようにしてるとしか思えなくなってくるよ」
「ははっ、かもな。そういやまだ、五十嵐は誰とも付き合ってないんだよな」
「そうだと思うよ、誰かと歩いてるところなんて見たことないし、そんな噂聞いたこともない」
うんうんと、歩も大きくうなずいている。歩はこういった噂話の情報が恐ろしく速いから、歩が知らないってことは五十嵐さんは誰とも付き合っていないのだろう。
「それはつまり、五十嵐はまだ一度も負けたことがないってことだよな。チェスや将棋はともかく、ババ抜き、大富豪、ブラックジャックとかは運の要素が大きい。ずっと勝ち続けられるなんてことが本当にあるのか?」
英二は読みかけていた漫画に手を挟みこちらを向く。
確かにそうだ。将棋やチェスは運が介在しないから絶対に勝つということが起こり得るけど、ブラックジャックで10戦10勝なんてまずありえない。
「それに関しては、俺も気になっていた。潤也が告白に行っている間、調べてみて、わかったことがある」歩が口を開く。
「何かわかったのか歩!」英二が身を乗り出してきた。僕も歩の方を向いた。
「ああ、しかし、まだ推論の域を出ない。だから一度、試したいことがある」
「試したいこと?」潤也と英二の声が重なる。
「潤也、どうせ明日も懲りずに告白しに行くんだろう」歩は潤也に尋ねた。
「ああ、もちろんだ。五、六回の失敗で僕は挫けたりしない。僕の五十嵐さんへの愛は無限大なんだ」
「そんな一途な潤也に、明日の競技を教えてやろう。明日の対戦内容は将棋だ」
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歩はあんなこと言ってたけど本当かな。
確か、一回目がババ抜き、二回目がチェスで、それから将棋、大富豪、ブラックジャック、チェス…。法則があるようには思えないけどな。
一応、将棋の定石は頭に入れてきたけど、どうなることやら。
林潤也は七度目の告白をするため、いつものように五十嵐蒼葉のいる教室へと向かっている。七度目ともなると、足取りは軽く、心臓が爆発しそうになるほど緊張するということもなくなる。つまり、告白に慣れてしまった。その一言に尽きる。
「懲りずにまた来たわね林君」
「五十嵐蒼葉さん好きです。僕と付き合ってください。そして、お化け屋敷できゃーって言いながら僕に抱きついてください、お願いします」
「ふふっ、欲望が駄々洩れね。七回目ともなると余裕が出てくるのかしら」
「余裕がある男は魅力的だと思ってね、今、丁度モテるかどうか試しているところなんだ」
「そう、上手くいくといいわね」
五十嵐蒼葉は髪を耳にかきあげた。林潤也にはその一つ一つの所作が輝いて見える。
ああ、やはり僕は彼女のことが好きなのだ。
心の中にその言葉が染み込んで、溶ける。
「林君は、素直よね。好きな相手に臆面もなく自分の欲望を口にできるなんて。私、素直な人は好きよ。見ていて気持ちがいいもの」
「じゃあ、、、」この展開は今回で七回目だが何度聞いても期待を膨らませてしまう。しかし、今回はこの後の展開も、対戦内容もわかっているのだ。正直、僕は半信半疑だけど…。
「そうね、、、私に将棋で勝つことが出来たら林君とお付き合いしてもいいわよ」
!!!。林潤也は目を見開いた!。
将棋だ!歩の言う通りだった!!!。
「将棋でいいのかい!?」
「何か問題でも?」
「ううん、将棋だね、わかった。教卓のでいい?」
「ええ、頼むわ」
凄い!歩!ありがとう。ありがとう歩!。どうやったのかはわからないけどファインプレーだよ。これで五十嵐さんとお付き合いができる。ありがとう。ありがとう歩!!!。
教卓から持ってきた将棋盤を机に置いて僕はこう言った。
「勝負だ!五十嵐さん!!!」
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「で?意気揚々と対戦を始めたくせに瞬殺されたのか、情けないな」
「僕はわかっていなかったんだ。次の競技が分かったところで、僕の実力では手も足も出ないってことにね」
「ははっ、いつもと違って、勝てると思って挑んでた分、無様さが滲み出てるな」
林潤也の七度目の告白は、準備して挑んだにもかかわらず、あっけなく五十嵐蒼葉によって打ち破られた。
意気消沈した林潤也が自分の教室に戻ると、英二が告白の結果を聞くため教室で待っていた。
「違うんだよ~。前とは違って、いい場面も少しはあったんだよ~」
机にうなだれながら林潤也は答える。
「でも結局、一コマも残らず取られたんだろう。それにしてもどうして歩は次の対戦内容が将棋だ、ってわかったんだろうな」
「うん。僕もそれが気になってたんだ。そういえば、歩は?」
教室の中を見回すと、歩の荷物は置いてあるが歩の姿はない。洋を足しに行っているのだろうか。
「いま提出してなかった夏休みの宿題をやらされてるらしい」
「まだ提出してなかったんだ…」
潤也は苦笑する。
夏休みの宿題を提出してないとは言ってたけど、…もうすぐ冬なのになあ。
「まあでも、もうすぐ来るだろ」
「そうだね」
噂をすれば…、というものか丁度そのタイミングでガラガラガラと扉が開き、江間歩が現れた。
「待たせた」
「歩!夏休みの宿題は終わったのか」
英二がニヤニヤしながら訊ねる。夏休みの宿題を今更やらされていることをからかっているのだ。
「いや…、多すぎて冬休みにやることになった」
これには思わず、二人とも苦笑した。長期休暇の課題はちゃんと提出しよう。そう思った。
「本題に入るが、五十嵐の対戦内容はお前の言った通り将棋だったらしい。どうしてわかったんだ」
英二が切り出した。僕も気になっていたことだ。
「やはりそうだったか。これで確信に変わった、五十嵐蒼葉は対戦内容を意図的に決定している」
「意図的?どういうことだ」
「そのままの意味だ。五十嵐蒼葉はその日の気分で対戦内容を決めているわけではない。あるルールに沿って対戦内容を決めている。思い出してほしい。ここ最近の潤也が戦ったゲームを」
僕は指折りしながら、ここ最近、五十嵐さんと戦った内容を思い出す。
「えっと、始めがババ抜きで次がチェス、将棋、大富豪、ブラックジャック、チェス、それで今日が将棋だね。特に周期性があるとは思えないけど」
「いやある。案外単純なルールが。実は潤也が七回告白していた間に、他のクラスの生徒が二人告白をしに行っている」
「なんだって!?」僕意外に、五十嵐さんにアタックしている人間がいたなんて、と潤也は驚く。
「そいつらに話を聞いてみたら潤也と同様にゲームをすることになったと言っていた。その内容はそれぞれポーカーとババ抜きだった。そして俺はなんとなく、時系列順にゲーム内容を並べてみたら…、ババ抜き、チェス、将棋、ポーカー、大富豪、ブラックジャック、ババ抜き、チェスそして、今日の将棋だ」
「なるほど、そういうことか!!わかったか?潤也」
英二は歩の話を聞いて何かに気づいたらしい。
「どういうこと?」
「だぁーつまり順番になっているんだ。ババ抜きから順番にブラックジャックまでゲームをしたら、次はまたババ抜きから始まるように、五十嵐は意図的にゲームを仕掛けてるってことだ」
「あーあ。なるほどそういうことか。はじめからそういってよ」
「てめぇ……」
「でも五十嵐さんは何でそんな手の込んだことを、わざわざ毎回今思いついたみたいな演技までして、してるんだろう」
「それは分からない。分かったことは次告白する人はポーカーを挑まれるということだけ」
「いや待て、まだわからないことがあるぞ!チェスや将棋はともかく、それこそ運の要素が大きいポーカーやブラックジャックでなぜ常勝できる。ありえないだろう」英二は考える。
「それに関しては俺も考えていた。そして、考えるに、おそらく五十嵐蒼葉はイカサマをしている可能性が高い」
「なんだと!そうか!確かにそれなら説明がつく。イカサマして強いカードを手札に持ってこればほぼ間違いなく負けることはないな」
五十嵐蒼葉がイカサマをしているという話に英二は納得を示した。
「そんなイカサマだなんて、五十嵐さんがそんなことするはずがない」
「いや、十中八九イカサマは行われている。問題はどんなイカサマをしているかだ」