会話
「んー……」
森を抜けた所で、アリスが目を覚ます。
やはり思い通りにはいかないか……。
両手で顔を隠したい所だが、塞がっていて無理だ。
仕方ない。
俺はその場で立ち止まった。
「大丈夫か?」
アリスは目を見開き、驚いた表情で俺を見つめている。
ここまでは、想像がつく。
「えっと……あなたは?」
アリスはまだ、俺がコリンだと気付いていない。
いっそ嘘をついてしまおうか?
そう迷う程、今の自分に自信が持てなかった。
「まさか、コリン?」
面影が残っているのか、アリスは直ぐに俺だと気付く。
「あ、あぁ……」
「コリン!」
アリスは上半身を起こし、俺の首に手を回すと、ギュッと抱き締めた。
「あぁ……無事で良かった」
心配していたのは俺だったのだが……まぁ、この様子なら大丈夫そうだな。
緊張の糸が途切れ、笑みが零れてしまう。
「痛い所は無いか?」
「うん、平気」
「そうか、良かった」
俺はゆっくり、アリスを草むらに下ろす。
アリスは首から手を離し、向き合うように立った。
「コリン、喋れる様になったのね」
「あぁ。喋れるようになるには、人型になる必要があったみたいだな」
「そうみたいね。ねぇ、私が落ちた後、どうなったの?」
俺は今起きた事をアリスに説明をする。
「そうだったの……危機一髪だったのね。ありがとう、さすが頼れるパートナーね!」
「いや、パートナーを守るのは当然だから」
「ふふ」
あ、そうだ。あの事、謝っておかなければ。
「えっと……すまない」
「何が?」
「大切な進化の結晶を、勝手に使ってしまった」
アリスはニコッと微笑む。
「大丈夫だよ。どの道、あなたに選んで貰うつもりだったし」
「そうか、良かった」
普通に話している様子から、嫌がったり、怖がったりしていない事は分かる。
だけど――。
「なぁ」
「なに?」
アリスは首を傾げる。
「その……俺の姿、怖くないか?」
勇気を振り絞って聞いてみる。
「怖い? 全然。怖いどころか可愛いって思う」
え? 可愛い?
思わぬ反応に、こっちが戸惑ってしまう。
「人間のような姿になって、大きくはなったけど、いつもと変わらず可愛いコリンのままだよ」
アリスはそう言って、ニコッと笑った。
そうか……そういう事か……。
「ありがとう」
「礼を言われる事は何もしてないけど、どう致しまして。これからどうしようか?」
「高いところから落とされたんだ。とりあえず医者に診てもらった方がいい」
「分かった」
アリスは返事をして、歩き出す。
俺も後に続いた。
獣だった頃は感じなかったが、こうして後ろを歩いていると、アリスって意外に背が小さかったんだなって思う。
いや、俺が大きくなったからか。頭一つ分ぐらいの身長差がある。
そんな事を考えながら歩いていると、アリスが急に足を止める。
どうしたんだろう? 俺も立ち止まった。
「どうした?」
アリスが振り向く。
「多分、落下のショックで気絶しただけだから、医者は後回しで大丈夫だと思う。だから、先に服屋に行かない?」
「服屋? どうして?」
「どうしてって……」
アリスは俺の体をチラッと見ると、恥ずかしそうに頬を赤くして、俯いた。
あ、そういう事か……魔物は基本、服は着ない。
恥ずかしいなんて感覚は無かったが、意識されてしまうと、こちらまで恥ずかしくなる。
「分かった。じゃあ先に服屋に行こう」
「うん!」
アリスは元気よく返事をして、先をズンズンと歩き始める。
なんだか楽しそうだな。
※※※
数分歩いて、赤い屋根が特徴の丸太を組み合わせて出来た服屋に到着する。
俺は店の前で立ち止まった。
「どうしたの?」
「俺は、この辺で待ってる」
「あー……分かった。どんなのが良いとかある?」
「そんなこと聞かれても、俺には分からない」
「そうだよね。じゃあ、私が適当に選んでくるね」
「あぁ、そうしてくれ」
アリスは俺の返事を聞くと、店の中へと入っていった。
俺は店の横にある太い木の方へと向かう。
木の下に来ると、ゆっくり座り、幹に背中を預ける。
ソッと目を閉じ、さっきの戦いを振り返る。
本当に危ない戦いだった。
今日は運が良かっただけで、今度はもう……。
全ては俺が躊躇ったからだ。
躊躇わなかったら、アリスが危険な目に遭う事も無かったかもしれないし、翼竜に勝てていたかもしれない。
目を開け、両手の掌をジッと見つめる。
“今度はもう迷わないッ! ”
そう心に誓い、両手をギュっと握った。
「コリーン?」
アリスが探している声がする。
俺は立ち上がると、店の前まで移動した。
「あ、コリン!」
店の前で、服を持ったアリスが俺を見つける。
「すまない。人目の付かない所で休んでいた」
「あ~、そういうこと。はい、服」
アリスはそう言って、上着とズボンを渡してくる。
上着は茶色のチュニックで、下は黒い長ズボンだ。
「ありがとう」
俺は御礼を言って、受け取った。
これが俺に似合うかは分からない。
だけど、アリスの事だから真剣に選んでくれた筈だ。
有難く着させてもらう。
悪戦苦闘しながらも、服を着終わった俺を、アリスは後ろで手を組んで、マジマジと見ている。
そんなに見られると、何だか恥ずかしい気分なんだが。
「うん、思った通りね! 似合ってるよ」
「あ、ありがとう」
「服のサイズは大丈夫? きつくない?」
「尻尾が、きつい」
「あぁ!」
「どうした!?」
アリスが突然、大声を出すのでビックリしてしまう。
「尻尾の穴、開けて貰うのを忘れた! てへッ」
アリスはそう言って舌を出す。
何だ。そんな事か……。
「今度は一緒に、店の中に入ろうよ」
「そうだな」
俺達は肩を並べて歩き出し、店の中に入った。
アリスと一緒に店に入る事は初めてではない。
それなのに、なぜだろうか?
進化前と違って、ひどく胸が高揚していた。
※※※
服屋の店員に尻尾の穴を開けてもらうと俺達は店を出る。
次は、診療所へと向かった。
幸い、どこにも異常がないと診断され、診療所を後にする。
「この後、どうする?」
俺は歩きながら、アリスに聞いた。
「そうね……」
アリスは歩きながら、顎に右手の指を当て、考え始める。
「いらない装備を売りたいから、道具屋は行くでしょ。あとは不思議な果実屋はどうしようか? 筋力の果実、交換する?」
アリスはそう言って、右手を下して、俺の方に顔を向けた。
「そうだな……」
アリスを軽々、持ち上げるぐらいの筋力は手に入れた。
だからといって、翼竜を殴った時に、飛ばすぐらいの威力はないだろう。
そう考えると、俺の最大の武器はリフレクトシールド……。
「筋力は後で良いから、能力をどうにかしたい」
「分かった。使用回数を増やす? 威力を強化する?」
それが悩み所だ……。
能力はどんなに威力を調整しても一回分とカウントされる。
能力が使えなくなれば、俺はほとんど人間と変わらない。
威力については今のところ、問題はないが、今後もっと強い敵が現れるかもしれないし、あった方が良い。
それに一回分が強くなる事によって、使用回数を減らせることだってある。
「能力の威力アップ果実にしてみよう」
アリスがニコッと微笑む。
「分かった」
返事をして、正面を向いて歩きだすと、後ろで手を組んだ。
「こうやって、話が出来るって良いね」
「そうだな。迷わなくて済む」
「そうね。それもあるけど、嬉しいな」
アリスは歩きながら、青空を見上げる。
「コリンがパートナーになった時から寂しいって感じた時は無かったけど、やっぱり反応が分かるのは嬉しいし、一人じゃないって安心できる」
アリスが歩きながら、俺の顔を覗き込んでくる。
「これからも、宜しくね」
「あぁ」
俺も歩きながら、返事をした。
アリスは俺の返事を聞いて、笑窪を浮かべて、可愛らしい表情で微笑んでいた。