トレジャーハンターもそれなりに
「おい、しっかりしろ」
ペチペチと頬を叩かれる感覚と同時に誰かの声が聞こえた。
何だろう、頭がぼんやりしている。何をやっていたんだっけ……?
「しっかりしろってんだ!」
呼びかける声に答えずぼんやりしていたらペチペチがガクガクに変わり、わたしの体を激しく揺さぶる。
いたた、ちょ、ちょっと待って! 起きるから!
「お、起きてる! 起きてます! だいじょうぶ!」
「本当かぁ? 名前言ってみろ」
「あ……アリカ=トレシーク、だよ」
そう、わたしの名前はアリカ。十八歳のトレジャーハンター。
「じゃあオレの名前は?」
「……シュイラ」
で、さっきからわたしを荒っぽく起こそうとしてるのがゴブリンのシュイラ。
トレジャーハンターの先輩で頼りになるんだけど、こんなふうに荒っぽいのから時々たいへん。いい人なのは間違いないけどね。
うん、ちゃんとわかってる。頭を打ったわけじゃないみたい。
「本当に大丈夫そうだな。急に倒れるから頭でも打ったのかと思ったぜ」
「あはは、ごめんね」
「笑い事じゃないだろ、まったく」
またシュイラに額を小突かれた。いたぁい、もう。
あ、でも思い出した。今日はシュイラとふたりでダンジョン探索をやってたんだっけ。
でも特に何も見つからなかったから、とりあえずギルドに報告だけしに行くとこ……だったかな? その途中で倒れちゃったのか。
「報告はオレがやっとくから、オマエはもう帰って休め」
「うん、わかった。シュイラ、おつかれさま」
「おう、またな」
心配してひとりで報告に行ってくれるなんて、やっぱりシュイラはやさしい。ゴブリンだからわたしよりちっちゃいけどお姉ちゃんみたい。
……お姉ちゃん、かあ。
なんだろう、胸のあたりが少し……変かも。
わたしは、トレジャーハンターだったおじいちゃんの後を継いでわたしもトレジャーハンターになった。
お父さんとお母さんは早くに死んじゃったから、わたしの家族はおじいちゃんだけ。それなのに、わたしにもお姉ちゃんがいたような気がするのはなぜだろう。
それに……他にももっと大切な何かが――
なんて、歩きながら考えてるうちに家に着いちゃった。
あーあ、考えてもしかたないし、今日はもうゆっくりしてよっと。
「……?」
――あれ、おかしいな、鍵が開いてる。閉め忘れたっけ?
あ、でもそれだけじゃない。誰もいないはずなのに誰かの気配がある。
体力はじゅうぶん、武器もある。わたしは慎重に中の様子を伺う事にした。
ドロボウさんなのかなあ? 確かに物は多いけどガラクタばっかりだよ。片付けてないから探すのも大変だろうし。
気配は……あれ、キッチンから? お腹すいたドロボウさん?
そっと覗き込むとやっぱり誰かいた。後ろ姿は年の近い女の子、三つ編みを揺らして料理している。
って、り、料理!? 人の家で!?
うーん、考えてもさっぱりわからない。こうなればもう本人に直接聞くしかないよね。
「ねえ」
思い切って三つ編みの女の子に話しかけてみた。
あなたはドロボウさん? それとも家を間違えただけ? いくつか質問しようとしたけれど、わたしに気付いて振り返ったその子の言葉の方が早かった。
そして、それは思いがけないものだった。
「あ、おかえり。もうすぐできるよ」
女の子はわたしに驚くでもなくそう言い放った。
……え? おかえり?
いやいや、おかえりって言われても知らない子だし。
もしかしてわたしのほうが家を間違えてる? でも、どっちが家を間違えてるにしたって「おかえり」はおかしいよね?
その子はわたしが帰ってきた事にも、後ろから話しかけた事にも驚かなかったのに、わたしが状況を飲み込めないで唖然としているとだんだん表情が変わっていった。
驚いているようでもあったけど、なんとも言えない表情に。
「……も、もしかして、覚えてない?」
どういう事かな? 「覚えてない?」と言うからにはどこかで会った事があるのかもしれない。
そう思って女の子の顔をじっと見つめてみた……けどやっぱり覚えはない。
シュイラにもときどきぼんやりしてるなんて言われちゃうけど、記憶力には自信があるから間違いないと思うんだけどなあ。
「うーん、ごめんね。たぶん初対面だと思うよ」
そう返すと、女の子の顔は明確に驚きの表情に変わった。いや、むしろ困惑という表現が正しいのかもしれない。
「うわー、マジかあ!」
あらら、頭を抱えちゃった。
「ごめんね、よくわからないけど力になれなくて」
「何が悪いんだ……? やっぱりこの顔が悪いのかな……」
女の子はよほどショックだったのか、わたしの言葉なんか聞いていないといった様子で、置いてあった姿見の布を取って自分の顔を眺めている。
「そりゃ地味かもしれないけど、それなりに自信あるんだけどなあ」
「あはは、わたしはかわいいと思うな」
慰めにはならないかもしれないけど、本当にかわいいとは思うよ。
……ん、ところであの姿見は――
「大変! そこから離れて!」
呼びかけた時にはもう遅かった。あれは姿を映すと不幸がある呪いの姿見。現に、あんな所に置いた覚えのない剣が女の子めがけて落ちてきた!
サクッ
「キャア!」
鋭い切っ先が女の子の足にサックリと刺さる大事故! ……のはず。
見ていたわたしは思わず悲鳴を上げちゃったのに、当の女の子は痛がる様子もない。それどころか……。
「え……? 血が、出てない?」
何が起こっているのかさっぱりわからない。
驚くわたしをよそに、女の子はめんどくさそうに剣を取り除いていた。
「この姿見は普通にあるのか……あいつらと関係ないものだったのね」
驚きはさらに続く。
血の一滴も流さずに剣を抜いた女の子、その姿がだんだんと変わっていったのだ。赤いようなピンクのような、ぷにぷにすべすべした粘土っぽい姿に。
うわっ、なにこれ! 超おもしろい!
トクン
その時、わたしの胸が大きく脈打った。
なに……この感じ。
理由もわからないまま、わたしは自然に右手をのばしていた。その右手が女の子の頬に触れた途端、わたしの頭の中に電気のような衝撃が走った。
「リプリン……?」
無意識に口をついて出た言葉。その言葉に女の子の目が輝く。
「……って誰だっけ?」
ズテーン!
目の輝きは消え、女の子は顔から勢いよく倒れた。わあ、痛そう。
「マジでぇ~!? ちょっとくらい覚えてると思ったのに!」
本当に残念そうな気持ちが痛いくらい伝わってくる。なんだか申し訳なくなっちゃうなあ。
でも覚えてないんだよねえ。いきなり頭の中に浮かんだ『リプリン』って名前、誰の事だったかなあ。とても大切な事だったような気がするんだけど……。
そうだ、きっかけがあれば思い出すかもしれない! そのためには何をするべきかな?
とりあえず女の子の顔をじっと見つめてみた。ぷるぷるした粘土のような肌がとても気持ちよさそう。きっとわたしじゃなくても触ってみたくなっちゃうよね――
ちゅっ
「!?」
あ、見てたらついほっぺにチューしちゃった。
でもそういう約束だったものね。おかえりのチューだよ、リプリン。
……ん?
「お、おも、思い出した!」
「おおっ!」
「おかえりのチュー、する約束だったもんね!」
「……それは約束してない」
あれ、そうだっけ。
まあ冗談はさておき、ちゃんと思い出したよ。君はリプリン、わたしの大切な人!
「……ふう」
それからちょっとため息が出た。
「どうしたの?」
「だって、もうちょっとロマンチックに思い出すかと思ったのに、なんかサラッと思い出しちゃってつまんないんだもの」
「はは、アリカらしいね。でも思い出せただけ大したもんだよ」
ようやくの再会。リプリンはさっそくここまでの事を説明してくれた。
「どうやら、アリアと同様に私もプリズマとかの影響を受けすぎてたみたいでさ。歴史をやり直すにしても記憶が残ったままだったのよね」
普通の人間だった頃に戻ったというリプリン。それから彼女が躍起になったのは、六十年というわたしとの時間の差を埋める事だったんだって。
「まず必死になって魔錬研にツテを作ったね。それから必死こいてスフレの才能を売り込んでさ、王国最強の魔女を覚醒させようとしたわけよ」
「スフレちゃんの魔法で長生きするつもりだったの?」
「そう言う事。私も成長が止まるの忘れてたから、またロリババアみたくなっちゃってそりゃ怒られたけどさ」
「あはは……それはスフレちゃん大変だ。それで、上手くいったの?」
「いや、結果としては成功……いや、失敗? よくわかんない」
リプリンが言うには、魔法などあれこれ試している間に、また粘土人間になってしまったらしい。
「私の記憶が消えなかったのは別として、基本的な運命はそう変わらないって事なのかもね。結局ルゾン王国は滅んで別の国になったし。それでも私以外は記憶もなければ思い出す事もないみたいだし」
「えっ? じゃあ、わたしは?」
不思議に思うわたしに、リプリンはさも当たり前のように言った。
「だって、アリカの体のいくらかは私の体だから。右腕とか内臓とかさ」
……!
そう……だった! わたしの中に、リプリンがいたんだ!
なんだかむしょうに嬉しくなったわたしは、思いきりリプリンに抱きついていた。
「ありがとうリプリン! ずっと見守っててくれたんだね!」
「ぐえー! そ、そこまでは言ってない!」
あ、そうなんだ。なーんだ。
「……ふう。ま、私の体を使ったと言っても、もう完全に同化してるだろうから、記憶に影響するかどうかは賭けだったけどね」
「ねえリプリン、もし私が思い出さなかったらどうしてた?」
「それは……」
すると、リプリンの姿がまた変わった。いや、これは戻ったと言うべきかな? 最初にキッチンに立っていた三つ編みの女の子の姿になったのだから。
「それはそれで、また新たに仲良くなっていくつもりだったよ。ほらこの姿、これが本来の私。なかなかかわいいでしょ?」
「へええ……これが元の姿なんだあ」
「今回は六十年近く練習期間があったからね、もうほぼほぼ自在に変形できるのよ」
「……粘土のほうがかわいい……」
「何か言った?」
「いえ、なんでも」
う、迫力ある目で見られてる、さすがは六十年の年季。冗談だってば。
するとその時、外から大きな声がした。
「アリカァーーー!」
あれってシュイラの声?
どうしたんだろう、帰って休めって言ってたのに。
「お、シュイラだね。なんだか懐かしいなあ。また新しく知り合わなきゃならないから、私の事は適当に話を合わせといてね」
「うん、そうする」
シュイラを出迎えようとするリプリンの背中を見て、わたしはハッと気付いた。
「あ、そうだ。まだ言ってなかったね」
「ん、何を?」
「……おかえりっ!」
わたしは満面の笑みでそう言った。きっと、人生で一番の笑顔だったと思う。
「先にチューしといてさあ」
なんてリプリンは言うけれど、その顔もまたとても嬉しそうだった。
わたしもとっても嬉しい。これから何回でも、何万回でも「おかえりっ!」って言えるんだもの。
わたしとリプリン、秘密を共有するふたりだけの世界で、きっとどこまでも行けるんだから。