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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第七章 粘土人間と終わりの挨拶
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終わりのあいさつ

「リプリン……リプリン!」

「うぅ……」


 私はアリカの声で目を覚ました。

 いてて、痛くないけど精神が痛い。今までの人生で最悪の目覚めかもしれない、二回目くらいの。


「うまくいったみたいだね!」

「そうみたいね……はぁ、危ないとこだった……」


 焦っていたのか知らなかったのか、ゲッペルハイドは気付かなかった。私が体の切れ端でもあれば、そっちを本体にして復活できる事に。

 今回はパルバニの変装に使った有線一号があったから切れ端の心配は無かったけれども、ゲッペルハイドを抑え込んでおかないといけないから精神を移すタイミングが難しかった。

 巻き込まれるから適度なタイミングで有線も切らなきゃいけなかったし、ホントあとちょっとでもズレてたら一緒に消えてたよまったく。


 体を起こし、ぐるりと周囲を見渡した。

 立派な造りだったであろう王城、そのホールと謁見の間は見るも無残な廃墟と化している。ああ……頭がまだ痛い。


 ……ハッ! そうだ、みんなは!? あと王様もどっかに転がってたんじゃなかったっけ!?


 まだフラフラする体をムリヤリ立ち上がらせ、とにかくメンバーの確認だ。

 私の体を支えてくれてるアリカ、すぐ横でいつも通りオロオロしてるパルバニ。このふたりはまあ大丈夫。


「姉上!」


 そこに、上からフワッとスフレが下りてきた。

 あ、スフレ! そういえばホウリと一緒にクロウサギが入ってこないように頑張ってくれてたんだったね。ありがとう私のかわいい妹よ!


「あー、スフレ、お疲れ様」

「たいして疲れてはおらぬ」


 なによう、かわいい妹をお姉ちゃんが労ってあげてるの。ありがたく聞いておきなさいって。


「押し寄せていた黒い塊が溶けて消えたので、こちらで進展があったと思ったのじゃが……酷い有様じゃの」

「……あっ! そうだそうだ、みんな!」


 いけない、話し込んでる場合じゃなかったね。

 周囲はとにかく瓦礫だらけ、こっちも見当を付けてとにかく掘り出すしかない。

 プリズマの純粋な力を借りた反動か、うまく力が入らず体の一部分も巨大化できない。もどかしいけどそもそも救助作業、焦って事態を悪くするよりはいいか。


「うう……」

「見つけた!」


 そのうちにまずひとり見つけた。悪魔撃破に貢献してくれた勇者フィオナ王女だった。

 さすが勇者、ボロボロだけどそこまで大きなダメージには至っていないようで安心した。


「見つけたよ!」


 手分けしていたアリカからも声が上がる。どうやらシュイラを見つけたようだ。

 でも……こっちは大ケガだ。体格に劣るゴブリンだから耐久性も低い、足が折れちゃってる。


「お姉様しっかり! すぐに治癒を――」

「バカ、お、お前も、けっこうなキズだろうが……」


 意識を取り戻したフィオナ王女、すぐさま駆け付け回復魔法を使おうとするなんてタフすぎだ。でもシュイラの言う通り働き過ぎです、手当てするから並んで寝ててください。


「クレア! ……良かった」


 フィオナ王女とシュイラを手当てしていると、後ろでホウリの声が聞こえた。

 振り向いてみるとクラリッサが立っている。あいつ自力で這い出して来たのか。


「ボクは無事ですよぉ……オウテツさんが……かばってくれましたからねぇ……」


 ……? クラリッサのやつ、いつになく元気がない。

 ま、まさか――


 慌ててオウテツのところへ確認に走った。

 ……かろうじて死んではいない、けど酷い状態だ。腕と足が片方ずつ無くなってしまっている。

 私はリザードマンの事をよく知らないし、オウテツの事もそこまで知らない。何より他人の体を再生できるほどの自身の力が残ってない。再生してあげるのは……無理だ。

 なんとかパルバニが治療に当たってくれているけど……もう長くは持たないかもしれない。


「ボクは何をやってるんですかねぇ。魔物を嫌って魔物を殺しまくって、なのに自分が魔物になったうえに、魔物みたいなオウテツさんに助けられてるんですからねぇ。……ホント、笑えてきますよぉ……」

「クレア……」


 膝から崩れ落ちるクラリッサを、ホウリが優しく受け止め抱きしめている。

 ホウリはもちろん、あのクラリッサまでもが涙を流していた。……乙女の情け、見なかった事にしてあげるよ。


 *****


「――じゃあ、世界の崩壊は止まっていないって言うの!?」


 しばらくして、ほんの少しだけみんなが落ち着いたところで状況を整理していたのだけど、想定外の出来事につい大きな声が出てしまった。


「姉上、うるさい。状況は依然として変わっておらぬと言ってよいじゃろうな。街も人も元には戻らぬし、未だ崩壊は進んでおるようじゃ」


 うるさいも何も、これが黙っていられるかい!

 せっかく事の元凶であるゲッペルハイドを倒せたっていうのに、それじゃ何も変わらないじゃないか!


「ああ~! 現実は物語みたいに魔王を倒してハイ元通りとはいかないのか~!」

「でも、実際のところどうなるの? このまま世界が崩壊したら、やっぱりわたしたちみんな死んじゃうのかな……」

「……」


 うう……凄まじい徒労感。ハッキリ言われるとかなりキツいものがある。


「方法がないわけじゃないよ」

「うわっ!」


 突如、目の前に誰かが現れたものだから面食らってしまった。

 って、アリアじゃん!


「アリア!? 今までどこで何やってたの? なんかちょっと光ってるし!」

「……」


 私の問いかけにアリアは黙ったまま何も言わない。

 あ、思い出した。そういえば崩壊をギリギリで食い止めてるってゲッペルハイドが言ってたな。その沈黙は「お前の知らない所で頑張ってたんだよ」という意味なのだろうか。


「あ、あはは……そういや崩壊を食い止めててくれたんだっけ? ……ご、ごめん」

「そういう事じゃねーし」


 あれ? 怒ってはいないようだけど微妙に温度差を感じる。どういう事?


「時間がないから手短に言うよ。まず、ワタシ自身が新たな心臓石になってプリズマと融合し、異界を立て直す」

「うん……うん!?」

「それから、異界の――」

「いや、いやいや! ちょっと待って!」


 何を普通に話を進めようとしてんのよ!

 新たな心臓石? 融合? そのあたりの事、説明して欲しいんですけど!?


「アリア、ちゃんとわかるように言ってよ。そういう時のアリアって、何かをごまかそうとしてる時だよね?」


 私と同様にアリカも説明が欲しい様子。ついでに双子の妹である事によってアリアの癖というか、隠し事があるのを見抜いているみたいだ。


「別に、ごまかしてはないし、言葉通りよ。ワタシが新たな核になればプリズマは復活できる。異界を立て直すことができれば、こっちの世界だって何とかなる」

「でも! それじゃあアリアが……!」


 アリカの言いたい事、それは誰にも明らか。というか私も言いたい。

 プリズマと融合、それがどういう事になるのかは見当もつかない。でも、少なくとも今のアリアのままではいられないのだろう。それは今まで嫌というほど見てきた事だ。


 しかし、当のアリアは悲壮感など全くなく、むしろうっすら笑みを浮かべているくらいであった。


「ふふっ」

「アリア、笑ってる場合じゃないでしょ!?」


 思わず吹き出してしまったのかアリアが笑った。

 もちろん、アリカの言う通りそれどころではないはずなのに、アリアはアリカを温かなまなざしで見つめている……ような気がした。


「いや、なんていうか、やっぱ双子だなーって」

「……どういう事?」

「ワタシは何も使命だとか世界を救うためだけにこの方法を選んだワケじゃないんだよ。そりゃ、他に手は無いのは事実だけどさ」

「じゃあ、どうして?」

「うまく言えねーけど、まあ一目惚れってやつ? プリズマを一目見た時にこう、ビビッとね。どーもウチら姉妹はこういう変なのに惹かれるみたいだし」


 アリアがチラリと私の方を見た。

 おい、変なのって私の事かよ。否定できないのがまた悔しい。


「でも……せっかく見つけたのに、せっかくまた会えたのに……」

「シケた顔しないでくれる? 別に死ぬわけじゃなし、遠い外国で頑張ってるみたいなもんよ。偉大な姉を応援してくれてりゃいいんじゃね?」

「そう……だね」


 え、アリカさんそれで納得したの?

 私の方が「せっかく再会できたのにそんな割り切れるわけ~」とか思ってたよ。割り切れちゃうのかあ……トレシーク姉妹はなんかこう、凄いな。


「えっと、つまりアリアが新しくプリズマになるようなもんって事でOK?」

「ま、プリズマは赤ちゃんみたいなもんだし、だいたいそんな認識でいいよ」


 いいのかなあ。本人がそう言う以上はどうしようもないけど。

 それで、そこまではわかったけどそれからどうするのだろう? 


「あ、わかった。新たなプリズマになるって事は、神の力で世界を再生してくれるって事か!」

「違うよ」


 ……思いついたアイデアを反芻する間もなく否定されてしまった。そこまで都合よくはいかないのか。


「じゃあどうするってのよ」

「知ってるかもしれないけど、異界とこちらの世界の時間の流れは同じじゃないの」


 その話は前にどこかで聞いた事があるような気がする。

 ……ああ、そうか、ゲッペルハイドか。思えばあいつもそれを利用して『準備』とやらをしていたんだな。


「知ってる。けど、それがどうしたの?」

「勘が鈍いね。要するに、ワタシがプリズマとしてこちらの世界との繋がりを断ち、あの悪魔ヤローが干渉しなかった歴史に修正するって言ってんのよ!」

「修正……」


 いやいや、やっぱりもの凄く大それた事を言っていると思うぞ。


「意味合い的には神の力で世界を直すのとあまり変わってないのでは」

「変わるよ。正直言ってワタシにも何が起こるかわかんないからねー」

「不安になるセリフね……例えば?」

「どれだけ世界が変わるかはわかんない。確実な事はワタシはその世界にいないって事、だってワタシがやんだから」

「……」


 アリアがいない世界、それを聞いたアリカの表情が曇る。やっぱり割り切ったつもりでも寂しいものは寂しいよね。

 私だって今はアリカがいるからいいようなものの……。


「……んん!?」


 ちょっと待てよ、重大な事に気が付いたぞ!


「待って……わ、私とアリカの間に、六十年くらいの時代の差があるんだけど!」


 悪魔が干渉しなかった世界、それはこちらの世界で引き起こされた事件の数々が起こらなくなるという事。

 つまり、私の体を粘土状に変えたあの事故も起こらないという事になるはず。

 普通の人間に戻れるのは嬉しいけど、それは同時に不死性の消滅を意味する。それに歴史をやり直すのなら記憶だって……。


「ま、そーなるね。滅びかかってる世界を救うのよ、反動だって半端ないわけよ」

「世界のため……」


 それなんだよね。

 今や世界は滅びの危機、そうでなくとも各地で甚大な被害が出ている。まともな方法では復興などままならない。

 でも……。


「アリカ……」


 それは事実上、アリカとの別れを意味している。

 記憶も無くして六十年以上の隔たりがある、国だって違う。奇跡的に会えたとしてもお互いの事すらわからないのだろう。

 もちろんそんな事は嫌だ、でも世界が滅びたら何の意味も無い。ここで私のワガママを言うわけにはいかない。

 だからせめて、アリカの綺麗な顔を良く見せて――


「ぶわぁああぁん!」


 わっ、な、なんだ!?

 アリカったら綺麗な顔どころか顔をグシャグシャにして泣きじゃくっている。


「やだ! そんなの嫌! 世界なんてどうだっていい!」


 私にすがりつくように泣きわめき続けるアリカ。

 ここに来てそんな本音出す!? 世界なんてどうだっていいって……そんなわけにはいかないでしょ。

 でも、嬉しい。そんな事言われたら私だって……。


「うううう……」


 な、涙が……出ちゃうじゃん……止まらないし。

 私だってやだよ……わかりきってるよお……。


「あーあ、実の姉のときはめっちゃ淡泊だったのに。見せつけてくれるじゃない」


 うう、うるさいぞアリア。外野は黙ってろ。


「リプリン……キスして」

「へっ!?」


 あ、アリカ、何を言いだすんだ!? 衝撃でちょっと涙が止まったぞ。


「最後かもしれないんだもん、お願い」

「わ、わかった……」


 アリカの珍しく真剣な眼差しに押し切られ、私は提案を受けるべくそっと目を閉じる。


「違う」

「?」

「リプリンからしてくれなきゃやだ」


 ななな、なんですと!? ちゅ、注文が多いよまったく!


「だって、リプリンったらいつも――」


 ……。


 その一瞬、私たちの時間は止まる。

 私たちの瞳には、世界にふたりだけしかいないかのごとく、お互いの瞳だけが映し出されていた。

 温かく柔らかい感触。今は恥ずかしさなどどこにもなく、ただ強い感情のみに突き動かされている自分がいた。

 やがてゆっくりと瞳が閉じられ、私たちはもうしばらく互いの存在を確認し合った。


 …………ふう。


「いつも、なんだって?」

「……ううん、なんでもない」


 私からの突然のキスに口を塞がれたアリカがぼんやりしているぞ。

 ふふ、ちょっと面白いな。私だっていつもやられてばかりじゃないんだからね?


「ねえ、アリカ」

「……ん」

「私は諦めないよ。記憶が無くても、おばあちゃんになっても、絶対にアリカに会いに行く」

「……」

「だから、待ってて」

「……」


 おい、まだぼんやりしてるのかよ! しっかりしろ、いい事言ってるんだからさ!


「……ハッ!」

「今の話聞いてた?」

「う、うんうん、聞いてた!」

「ほんとかな……」

「ほんとだって! わたしも待ってるから! 諦めないから!」


 そう? じゃあいいや、そういう事にしておきましょう。


 気付けばいつの間にやらアリアの姿が無い。

 うわ、よく考えたらお姉さんの前でなんて事を。今さらかもしれないが恥ずかしいものは恥ずかしい。

 きっと見ていられなくなったに違いない。それでさっさと異界に行ってしまったのかもしれないね。


 ――だとすれば、間もなく何かが起きるのだろう。


「ねえ」

「なに?」

「いろいろ、あったよね」

「……ありすぎな気もする」

「ふふっ。じゃあさ、今度はどこに行こうか?」


 私たちは無意識に手を繋ぎ、ふたりで空を見上げていた。

 赤黒かった空の色が、少しずつ変わっていくように見えた。言葉ではうまく言えない力の波のようなものが押し寄せてくるのを感じる。

 でも、何があろうとこの手は絶対に離さない。この温もりも絶対に忘れない。

 絶対に、永遠に――


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