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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第七章 粘土人間と終わりの挨拶
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私にだってできる事!

 ゆらりと立ち上がるパルバニの体。

 姿こそ変化はないものの、その声や口ぶりは明らかに違う人物、ゲッペルハイドのものであった。


「な、なんですって!?」


 これにはフィオナ王女も困惑している様子。自分が打ち倒したはずの悪魔の亡骸をつい確認してしまうほどに。


「ああ……その体かね? それはプリスマスギアを利用して作った人形に過ぎない、欲しければ記念に差し上げよう」


 嫌味な言い方だな。たとえタダでもこんなガラクタ、しかもお前のお古なんていらないっての。

 ――なんて、冗談を言える状況ではなくなってしまった。


 パチン


 ゲッペルハイドが軽く指を鳴らす。

 ただそれだけ、ほんの軽く指を鳴らしただけだった。それなのに、不思議なサーカステントの張られたホールはもちろん、王城の半分が大した衝撃もなく消え去ってしまった。

 何という力だろう。そこにいた人間はまるっきり無視して建物だけを跡形もなく消し飛ばすなんて、パワーだけじゃなく異常なまでのコントロールがなせる業に違いない。

 おかげでほぼ屋外と化した瓦礫の山に誰もが唖然としている。ただ一人、それをやった張本人を除いては。


「フゥム、こんなものか。吾輩としてはもう少し出力を高くできると見積もっていたのだが……まあそれはこれから慣れていけば良い」


 悪魔は弾いた指をしげしげと見つめて笑っている。

 その視線をゆっくりとフィオナ王女たちに向けると、未だ唖然としている皆に聞いてもいない事を話し始めた。余裕の表れか?


「驚くのも無理はない、なぜなら吾輩はこれまで肉体を持たぬ幽霊のようなものだったのだからな」


 さっきまで動いていた箱頭の変態紳士、あれは人形だと言っていた。さしずめ、幽霊に取り憑かれて動いていたってわけだ。


「プリズマがこちらの世界に来るために骨を折ったのと同様、吾輩もそのままではこちらに来れなかったのだよ。だから吾輩は本来の肉体を捨て、こちらで受肉のための体を用意することにしたのだ。それがこのパルバニというわけだよ」


「パルバニにはもう用は無いって言ってなかった?」


 私は思わずゲッペルハイドに問いただした。


「用は無いとも、少なくともパルバニという人格にはね」

「……ずいぶん上機嫌に聞いてもいない事を話すのね」

「それはそうだろう、吾輩は今とても機嫌が良い。受肉が成った今、もはや神の残り香にすぎぬ勇者が敵う道理もないのだからな!」


 パルバニの姿にゲッペルハイドの声で、勝ち誇った笑い声が耳に刺さる。


「さて……それでも目障りな事には変わりない。世界の完全なる崩壊を待つのも良いが、吾輩と善戦した褒美だ、直々に葬り去ってやろう」


 ……!

 それは一瞬の出来事だった。

 ゲッペルハイドがどう動いたのかわからない、でも確実に行動は完了していた。わずか一瞬のその動きだけで、フィオナもシュイラも、クラリッサもオウテツも、みな瓦礫の山に叩きつけられその動きを止めてしまっている。

 さっきの戦いの消耗があるからって……あ、あっけなさすぎる……。


「フゥ~。こちらの世界はいまいち空気が悪いせいか動きに難がある。まだ息があるようだがトドメを刺すのも面倒だ、そのまま朽ちていくがいい」


 何処かへと立ち去ろうとするゲッペルハイドだったが、何を思ったのかふと足を止めた。


「おっと、吾輩としたことが大事な事を忘れていた。やはり残り香とはいえ神の力を受け継ぐもの、勇者くらいは確実に殺しておくべきであるな」


 くっ、やっぱりタダでは帰ってくれないか。

 が、頑張れ私、間に合え私!


「……なんだ? 体が重いぞ」


 その時、フィオナ王女にトドメを刺そうとするゲッペルハイドの動きが重くなった。動きはどんどん重さを増し、ついにはピタリと動きを止めるほどに。

 ……ふう、危ないところだったけど、どうやら何とかなったみたいね。


「ちょっと、乙女に向かって重いとか言わないでくれる?」

「粘土よ、お前の仕業か。……いやちょっと待て、さっきからお前はどこで話をしている?」

「私はずっとここにいるのよ。わかんない? あんたのほうがこういうの得意でしょ」

「ま、まさかこの体は……!?」


 けっこう時間がかかったけど、ようやく理解してくれたみたいね。それじゃあもう必要ないから元に戻すよ? 他人の姿というのは私にとっても動きづらいんだ。

 というわけで、ゲッペルハイドの入ったパルバニの体がドロドロとその形を変えていく。

 正確にはパルバニに化けていた私の体、そして姿を元に戻している、それだけの事なのだけどもね。


「どう? これはあんたが利用して捨てたファルサの能力だよ。たまにはこうやって騙される側の気持ちも知った方がいいんじゃないかと思ってさ」

「……できそこないが、小賢しい真似を」

「そのできそこないに捕まって動けなくなってるのは誰よ。できそこないにだって出来る事があるんだからね」


 もっとも、しばらくの間動かれたのは誤算だった。計画では私に取り憑いた瞬間に拘束する予定だったのに、おかげでみんなが……。


「……!」


 突如世界が一転し、どこか不思議な場所で私と黄金の目玉が対峙する。

 これはいわゆる頭の中、精神世界ってやつかな? このほうが話しやすいかも。


「悪魔を騙そうとは面白い事を思いつくものだな。だが解せない、お前に吾輩を抑え込むだけの力があるとは思えぬ」

「知りたい? 知らない方がいいと思うよ? だって、これはあんたの大嫌いな力だからね」


 あの時、パルバニに駆け寄って心臓石の欠片が出てきた時、私は声を聞いた。

 その声は幼くはあったけど、温かくとても安らぐ声だった。今ならわかる、あれはプリズマの声だったんだ。


 プリズマは私たちにふたつのものをくれた。

 ひとつは情報、ゲッペルハイドが打ってくるかもしれない手を教えてくれた。そこで私はパルバニに化けて入れ替わってたわけだな。

 ちなみに、パルバニのほうには有線一号を着ぐるみみたいに被せて私に化けさせました。


「そしてプリズマがくれたもののふたつめ、それが純粋なプリズマの、神の力だよ」


 とはいえ欠片も欠片、残りカスもいいとこだから、自分の体の中にいる目玉を動けないようにするのが精いっぱい。集中しすぎて私自身も指一本動かせやしないのだけど。


「なるほど、忌々しいが合点がいった。それで、どうするね? 吾輩とこのまま世界が終わりゆく様を見物でもするかね?」

「まだ余裕があるのね。神の力を受け取ったのが、私だけじゃないとしたらどう?」

「……!」


 そう、神の力を受け取ったのは私だけじゃない。

 正確に言えば、私が受け取ったのは抑え込むだけのごくわずかな力だけ。残りの大部分は……もちろん、私の世界一信頼できる『彼女』が持っているんだよ。


「アリカ、やっちゃって!」

「ま、待て……!」


 ゲッペルハイドのやつ、今まで精神世界だけで会話をしていたというのに、状況を理解した途端に外にも聞こえるように喋り出した。


「お、お前は悪魔の出来損ないだ、その不死性は完全ではない! 吾輩の命に届くような力を受ければ、貴様とて消滅は免れんぞ!」


 あーあ、みっともない。余裕のなくなった大人ってイヤね。

 私というよりはむしろアリカに向けて言ってるんだろうけど、そんな事わかりきってるんだよ。私も、アリカも!


「リプリン、わたし……信じてるよ!」


 心臓石の欠片をはめこんだ魔導銃が強い光を帯びていく。

 ごめんねアリカ、嫌な役割させちゃって。……さあ、お願い!


 カッ!


 ついに引き金は引かれた。

 暴力的なまでに神聖な光が溢れ、私の体を、私の心の世界を塵へと変えていく。


「ま、待て! お前はそれでいいのか!? あの娘を残し消えてもいいと言うのか!?」


 部屋の隅に逃れようとする悪魔の言葉に私はもはや耳を貸さず、ただゆっくりと目を閉じその時を待った。


「わ、吾輩の、世界が……! うおぉ! こ、こんな、はズではあぁああああアああぁあ!!」


 やがて、神の光は全てを飲み込んだ。悪魔の断末魔も、粘土人間の覚悟も、全て。


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