たとえ焦土でも
神々しい光が舞い踊り、その軌跡があたかも天使の翼のようにも見えた。
光は槍となり、激しくそして鋭く目の前の敵を穿つ。
「その禍々しき黄金の瞳、王家の伝承にある悪魔に間違いないようですわね!」
槍の勇者はその命の全てと誇りを賭け対峙する、世界を終わらせんとする強大な悪魔と。
いや……実を言うとこの状況、私にとっても想定外でした。
さっき手を振るアリカを見て、その嬉しそうな様子からパルバニが意識を取り戻したのだと思った。
そしてパルバニの手にサプライザーが握られているのも見えた。もしパルバニが悪魔のままだったら、アリカはサプライザーを渡しはしなかっただろう。……たぶん、きっと。ちょっと自信なくなってきた。いやいや、信じるよ?
それで、パルバニが何をしようとしているのか想像したわけだ。
私が出した結論は、先に王城に入って迷わされている他のみんなを合流させてくれるつもりなのだと思ったんだ。
結果としてその予想は当たったわけだけど、まさかフィオナ王女が文字通りの一番槍だとまでは思わなかったなあ。でもここは言わば彼女の実家、戻ってても何もおかしくはないよね。
てなわけで、まさに嬉しい誤算というわけよ。今のうちにアリカのところまで下がらせてもらおう。
「勇者だと……? わざわざ神の手を離れた世界を選んだと言うのに、面倒な置き土産があったものだ」
強いという事は本人からも聞いていたけど、どうやら勇者の称号は本物のようだ。神以外なら楽勝なんて言ってたゲッペルハイドと互角かそれ以上の戦いを見せている。
シュイラを追いかけ回していた時のフワッとした感じもどこへやら、十代半ばの少女とは思えない、見る者に勇気を与える凛々しき勇者の姿がそこにあった。
勇者の姿に恐れをなしたのか、はたまた予想外の強敵にいら立っているのか。対する悪魔はこの状況にたいそうご不満な様子だ。
「おのれ……クロウサギ共は何をしている?」
ゲッペルハイドの目が光り、またいくつかの映像が空中に映し出された。今回映し出されていたのは王城の周辺、黒く巨大な何かが押し寄せている光景だった。
その黒い何かの正体に気付きぎょっとした。それは街で見たパレードの人たち、ウサギ耳のある影村人にされてしまった人々の集合体であったのだから。
なんというおぞましい光景だろう。無数のヒトであったモノの塊が、怨嗟の呻きを上げながらこの王城を飲み込まんといくつもの手をのばし押し寄せてくる。ゲッペルハイドの言う〈クロウサギ〉とはこれの事か。
城外で見たウサギ耳のある影村人ならまだクロウサギと言えなくもないけど、これじゃあもう原型ないじゃないの。
しかし、ゲッペルハイドの様子からするとその侵攻スピードは想定とは違うようだ。
映像を見る限りではとても遅い……いや、むしろ止まっているように見える。
「我がブリアの民を異形に変え利用しようなど決して許されません! あなたの卑劣な目論見など、偉大なるふたりの魔術師が阻止してくれておりますわ!」
映像を見たフィオナ王女が叫ぶ。
偉大なるふたりの魔術師……って誰だ?
そう思っていると、映像の中にその魔術師らしき人物が見えた。
あれはホウリ……と、スフレ!?
どうやら魔術師であるふたりが結界のようなものを張って、クロウサギの侵攻を止めてくれているらしい。
ああ、そうだった。ホウリはともかくスフレも天才魔術師なんだった。私にとってはいつまでもかわいい妹のまま、どうにもそういった意識が抜けてしまうんだよね。
「すごいねスフレちゃん、さすが魔術師会きっての実力者なんて言われるだけはあるね」
「あ、うん、そうね」
「……リプリン、もしかしてスフレちゃんの事忘れてた?」
「そ、そんなわけ……ないよ?」
いくらなんでも妹の事は忘れませんって、アリカさん。凄い魔術師だって事は忘れかけてたけど、だからってそんな疑いの目で見なくてもいいじゃん。……いや、すいません。
そんな事より、フィオナ王女が戦ってくれている間にできる事をやっておかないと。
「パルバニ、大丈夫?」
アリカに助け起こされているパルバニへと話しかけた。
思ったとおり意識が戻ったみたいね。具合は悪そうだけど目もはっきりしている、もう自分の事を悪魔だの何だのと言い出しはしないだろう。
「お……」
様子を見ていると、パルバニがおぼつかない様子で口を開いた。
「お?」
「思い、出したんです。村が襲撃された時に、あ、あの悪魔が、確かに、いました……。あいつは、わ、私の頭をいじって……それから……」
「もういいから、言わなくていいよ」
私はパルバニをなだめた。具合悪いんだから興奮しなくていいんだよ。
わかってる、というか大体の事は予想がつく。あの箱頭の話も聞いたし、何より私もアリカも、あの変態紳士が時間をかけて行ってきたという『準備』に巻き込まれた人間なのだから。
「神を殺す、か……どうしてそこまでする必要があるんだろう」
「それは……」
ポツリとつぶやいた何の気なしの一言だったけど、どうやらパルバニはその答えを知っているようだった。
「わ、私が悪魔にされていた時、頭の中に、その、か、考え方みたいなものがありました。神が世界を創るとどこからともなく現れ、その世界に害をなすのが悪魔……です」
「確かゲッペルハイド自身がそう言ってたよ。にしても、どうしてそんな事するんだろうね?」
「悪魔は、神のように世界を創れません。人のように加護を受ける事もできません。だから……奪うしかないのです、自らの世界を」
「え、でも神を殺すために世界を壊すって……」
「それほどまでに欲しているのです。た、たとえそれが、神を殺した後に残る不毛の焦土であっても」
うはあ、マジか。
じゃあゲッペルハイドの真の目的は、異界とこの世界をまるごと破壊してプリズマを殺し、残った世界の残骸を手に入れる事だっての? ムチャクチャだよ……本当に意味があるのかそんな事。
「そんな事しなくても、最初からこっちの世界を狙えばよかったのに」
アリカがまたのん気な事を言った。
「そりゃごもっともな疑問だけど、そういう事でもないような……」
「えー、だって気になるじゃない」
「あ、悪魔には担当する世界があるようです。こ、こちらの世界の悪魔ははるか昔に討伐されているようですが、それでもこちらの世界に侵攻する事はできないよう……ですよ。作戦に利用する事はできるみたいですけど……」
「それって、直接侵攻するのと何が違うの?」
「さ、さあ? あ、悪魔のルールはよくわかりません……」
それもまたごもっとも、あいつらが勝手に決めたルールなんて知った事じゃないし。
大事なのは、どちらにしても世界のピンチには変わりないって事。
ズキン
痛っ。
なんだ? ゲッペルハイドと話しているわけでもないのに、また頭が――
ズキン!
いっ……痛たたた! なんだなんだ!? すっごい痛いんですけど!?
頭が痛いとき、できれば頭の中に手を突っ込んでしまいたいと思う事はある。そして今の私にはそれができてしまう。できたところで脳なんか無いから意味も無い……はずなんだけど、どうやらそうでもないらしい。
さすがに中まで突っ込んだりはしないけど、あまりの痛みに頭を押さえ掻きむしっていると体の中からポトリと何かが落ちた。
これは、プリズマの心臓石……の欠片だ。
指先でつまめる小石ほどの心臓石、いったいどこで紛れ込んだのか。時々起こっていた謎の頭痛はこいつの仕業だったのか?
それにしても、こんなに小さな欠片なのにどこか温かな力を感じる。さすがは神の心臓というか触媒というか、アリアがめっちゃ大事にしていただけの事はある。
「……?」
あれ……どうした事だろう。何か、メッセージのようなものが頭に入って来るような……。
「パルバニ、ちょっといい?」
私は無意識のうちにパルバニに話しかけていた。
やっておくべき事というか何というか、とにかく頭の中にイメージされた事を伝える。決して私自身の考えではなく、なぜこんな事をしているのかもわからないくらいだけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「わ、わかりました……」
パルバニも快諾してくれて、『やるべき事』はすぐに終わった。なんの意味があるのかは未だ不明のままだったけどね。
さあて、世界の命運を賭けた戦いの方はどうなっているかな。