崇めよ我は
「……!」
一瞬、状況が理解できずに固まっていた。でも次の瞬間には体が勝手に動いていた。
どう見てもマズイ状態になっているのは間違いない、助けないと!
ビシッ!
私が駆けだすのとほぼ同時に、アリカが魔導銃を発射していた。
アリカの一撃は見事にゲッペルハイドの腕を捉えて弾き飛ばす。その隙に私がドロドロの中に手を突っ込んでパルバニの体を力任せに引きずり出した。
何も言ってないのにナイス連携、やっぱこうでないとね。成功を知らせる私のウインクに同じくウインクで返すアリカの顔は嬉しそうだった。
――さて、こっちはどうだ?
「パルバニ、大丈夫!?」
余裕がないから引きずったまま、ゲッペルハイドから距離を取って寝かせたパルバニ。その容体はあまり良くないように見えた。
まとわりつくドロドロを取り払っても顔が青ざめている。溺れたせいなのか恐ろしい目に遭ったせいなのか、その両方を同時に味わったためなのかというくらい顔色が悪い。
ていうか息してない! ヤバっ!
「こ、こういう時は……!?」
落ち着け私。そうだ、こういう時は蘇生処置が何かあったはず! ……なんだっけ?
「ええい、ままよ!」
とにかくなんとかしようと思い、心臓マッサージを試みた。こう……平手で胸のあたりを押すんだっけ? そしたらなんか電気がオマケに付いて出た。
ドン!
「がはっ!」
おっ、パルバニがドロドロを吐き出して息をし始めたぞ!
方法とか正しいかどうかはさておき、上手くはいったようなのでこれで良しとしよう。
「それは結果論だよ」
「……いいの、助かったんだし」
私の心を読んだかのようなアリカのツッコミが痛い。私、そんな顔してた?
ま、まあパルバニだってこんな見た目で決してか弱くはないから大丈夫だって。たぶん。
――それよりアリカ、ちょっとパルバニの事お願いね。
私は……どうしても話さなきゃならない奴に会ってくるから。
「その子に悪い影響を与えないでいただきたい。悪い友人というものは困ったものだな」
それはもちろん、あんな事を言っているゲッペルハイドに他ならない。
いつの間にか不気味な怪物のような姿から、いつもの箱頭の変態紳士に戻っている。
思い返してみればこいつの言動は一貫性がなく意味不明、その時々でコロコロ変わる。それなのになぜだか私は、いや、私たちは信じてここまで来てしまった。
そしてたった今目撃したパルバニへの強い殺意。これを疑問に思わずにいられるか。
「ねえ……今、パルバニを殺そうとしたの?」
私がそう問いかけると、ゲッペルハイドの頭ににやけた口が映し出される。
「まさか。その子は吾輩の娘のようなもの、愛ゆえに叱る事はあってもそんな事はあり得ない」
ズキン
……また、頭痛がする。とても不快だ。
不快なのは頭が痛いからじゃない、こいつの言葉が信じられないからだ。
「嘘ばっかりやめてくれる? いいかげん不快!」
めいっぱいの嫌悪を込めてそう言い放った。
すると、ゲッペルハイドの箱頭から再び映像が消える。
「やれやれ、やはりお前も吾輩の言葉を疑うようになってしまったのか」
「そりゃそうでしょうよ。信じられる要素がないし」
「お前が言うのと吾輩が言うのとでは意味合いが少し違う。気になっているかもしれないが、吾輩のこの箱状の頭は〈崇拝の箱〉というものでね。言葉に有無を言わせぬ説得力を与える便利なものなのだよ」
なんだって? テレビ? 説得力?
要するに、その変な頭もプリズマスギアの一種だって事?
「それなのに、お前もパルバニも吾輩の言葉を疑うようになってしまった。疑問を恥じよ、信ずれば生は享楽なり。まあ、所詮は多少の説得力を付与するだけのオモチャというわけだな」
私はそのオモチャに踊らされてここまで来てしまったのか。
ああすれば大丈夫、こうすれば世界が救える、なんともまあバカみたいに従ったもんだ。我ながらちょっと情けなくなってきた。いくらプリズマスギアのせいだとしても。
「はぁ……。で、私が愚かだったのはわかったけど、そんな事バラしちゃっていいわけ?」
「うむ、問題はない。なぜなら吾輩の目的はほぼ果たされているからだ。もはや十分に時間は稼いだ」
ゲッペルハイドの頭、つまりテレビとかいうものに新たなモノが映し出された。
それは目。金色に輝く禍々しい大きな瞳がひとつだけ映し出されていた。
「すなわち、それは舞台の終焉。ふたつもの世界の崩壊に巻き込まれ、神が死にゆく事による幕引き!」
「……」
ズキン
うわっと! いけない、ぼんやりと話を聞いてしまった。正体がわかったからといって箱の効果がなくなったわけではないらしい、油断すると聞き入ってしまうぞ。
「しかし……せっかくのフィナーレを邪魔している者がいるようだな」
ゲッペルハイドが手にしたステッキを振る。すると、自身の顔に付いているような画面が空中にも現れた。
そこに映っていたものは……あ、あれって、アリア!?
いつの間にかいなくなってどこに行ったのかと思ってたけど、あいつどこか空中で魔法陣を展開しまくっているみたいだ。
「ほう、プリズマの巫女か。こちらの世界の崩壊をギリギリで踏み止まらせているようだな」
「……!」
ゲッペルハイドが一歩だけ動いたのを見て、私は反射的に飛び掛かっていた。
「待ってよ、どこに行くつもり?」
こんな事聞いたけど答えはわかりきっている。どうせアリアの所に行って邪魔者を消すとか言い出すんでしょ?
「はっはっは」
私の様子を見て、ゲッペルハイドはただ笑う。そんなにおかしい事なんかないでしょうよ。
「そう怖い顔をするな。吾輩は人に力を与えるのは得意だが、吾輩自身はなんとも無力なのだ。おおそうだ粘土の娘よ、何か望みは無いか? 願いを叶えてやってもよいぞ」
「え……望み?」
望み、望みかあ。アリカとどっかに遊びに行くとか……あ、その前に普通の人間に戻してもらったりとか……。
ズキン
痛っ。
……って、違う! ほらまた言葉に踊らされてる! くそう、面倒だなあの箱!
「冗談じゃない、あんたに叶えてもらう望みなんか無い!」
「ふむ……そうか? では面白いお話を聞かせてやろう。昔々、あるところに――」
おいおい、なんだよその露骨な時間稼ぎは。
今さらそんな話を聞くと思うか? という意思を込め、そろそろ我慢の限界だった事もあって私は一発殴りかかった。
「この、いいかげんにしろっ!」
スカッ!
あれ、外れた? というか、すり抜けた? そんなバカな!?
「まあ聞くがよい、お前にも無関係な話ではない」
「……!?」
動揺する私の周りを、まるで散歩でもするかのように悠々と歩き回りながらゲッペルハイドは語る。
「ある所にひとりの少女がいた。少女は両親と共に平凡だが幸せな生活を送っていた。だがある日、少女の村は普通では考えられない程の魔物の群れに襲われ滅ぼされてしまった。全ては少女の秘めたる闇の才がもたらした不幸であった」
どこかで聞いたような話だな、それもついさっき。
「パルバニの事を言っているの?」
「ラヴィでもディアマンテでも、好きなように呼ぶといい。せっかく才を見出し育てていたのに無駄になってしまったからな、もはやどうでも構わんよ」
「その言い草、まさかあんたがパルバニの村を……」
「どうだろうな。別の少女の話をしよう。その少女は親の罪に囚われていた。両親が悪魔の見せた誘惑に乗ってしまったがために、分身とも言える姉を失い自らも彷徨う事となった」
……! おい、ちょっと待て。それってまさかアリカの事!?
もし、こいつがアリカの事にも関わっているとしたら……私は自分を抑えていられる自信がない。
ふとアリカの方を見ると、こちらに向かって手を振っている。
絶妙なタイミングで話を聞いていたところだったから、まったくのん気だなあとか思いつつも、アリカの言いたい事を理解したので小さく手を振り返しておいた。
さて、変態紳士との問答に戻ろう。
「なんでそれを……」
「焦るな、まだあるぞ。とある少女は特に才能もなく、そのため少しでも良い将来を得ようともがいていた。だが、ある意味では賭けに勝ったとも言えよう。誰一人助からぬ事故の中にあって、人知を超えた力を手にしたのだからな。望むかどうかは別にして、だが」
……。
これはどう考えても私の事だな。特に才能もなくとか失礼な。
「おや、あまりショックを受けていないようだな」
「まあね、今さらって感じ」
正直に言うとこれは強がりだった。
私がこんなになったあの爆発事故。頭のどこかで、もしかしたら仕組まれたものだったのかもしれないという思いがなかったわけではない。
といってもそれは不遇な状況を誰かのせいにしたくなるような、そんな誰でもふと思うような程度の妄想に過ぎなかったんだよ。目の前にいる箱頭の変態紳士が「自分のせいだ」なんて言い出すまではね。
でも何か悔しいからスルーしてやる。
「それより、さっきからベラベラと、結局何が言いたいわけ?」
「そうだな、『努力』といったところか」
ゲッペルハイドの一つ目が怪しく輝く。片手を胸に、もう一方を天に向けて伸ばし、舞台のごとく高らかに声を上げる。
「吾輩の長年にわたる努力だよ。君たちの生まれるはるか以前から、吾輩は影となって大小問わず歴史を動かしてきた。定命の者になど到底想像もつくまい」
「歴史を語るには小娘の人生狂わせた程度の話、ちょっとショボいね」
そのショボい歴史の当事者だから大事ではあるけど、何か言ってやらないと気が済まない。
もっとも、あまり効果は無いようだけど。
「歴史とは大小ではない。些末と思える事が世界を揺るがす事もある、まさしく今のようにな」
「そうかもしれない……けど、そこまでして何をしようというの?」
「もはや想像はついているのではないかね? 神を、プリズマを殺すのだよ」
「神は死なないとか言ってなかったっけ」
「普通の方法では、とも言ったはずだ。いかに神といえども、力を分割し、依代を破壊され、弱ったところでふたつもの世界の崩壊に巻き込まれてはひとたまりもない」
ううん、なんとも徹底した話ね。そこまでやるかって感じ。
「ククク……」
突然、ゲッペルハイドが笑った。
「何がおかしいのよ」
「何がと聞かれれば、これが笑わずにいられようか。粘土の少女よ、ちゃんと理解できているか? お前の世界は今まさに崩壊しようとしているのだぞ?」
「わかってるよ、だからこうしてここにいるんだ」
「いや、わかっていないね」
何なんだよ、私が何をわかっていないって言うんだ?
「自分で疑問に思わないのか? 自身と世界の死を目前に落ち着いていられる心を。突拍子もない事をすんなり受け入れられる頭を。ククク……思うはずもないか」
「何を……」
「お前はもはや人の心など持っていないのだからな。お前は吾輩が神の力を削ぐために作り出した悪魔のなりそこないに過ぎないのだ」
「……」
しばしの沈黙が辺りを包み込む。
そうか、悪魔のなりそこない、か。
「気に病む事はない、お前もまた吾輩の下準備のひとつだったというだけなのだから。どうせならきょうだいのような存在でありながらお前に打ち倒されたファルサやパルバニを憐れんでやったらどうかな?」
「ファルサだって?」
「我ながら懐かしい名を出した。あれは変化を得意としていたが故に己を見失いかけていた。己を見つける手伝いをしてやったら喜んで力を貸してくれたものだ」
そんな事言って、どうせ騙して従わせてたんだろ。そしてこの話も私を煽る事に利用しているってわけか。死後もリサイクル? 冗談じゃない!
「いいかげん、話はこれで終わりよ。私は今さら驚かないし絶望しない、私を怪物にしたのだってとやかく言わない。……そういうふうにしたのはあんただけどね」
「ほう?」
「でもアリカを巻き込んだのは、利用したのは許せない! ここで――」
ドッ!
!?
な、何が起こった!?
ドサッ!
決意も新たに、黒幕ムーブをかましているゲッペルハイドをぶん殴ってやろうと突撃したまではよかった。しかし次の瞬間、私の体は上下さかさまに宙を舞い、気付けば床に叩きつけられているではないか。
ええ……ここはカッコつける流れだったじゃん!
「うっ……ゴホッ!」
ぐっ、おまけにダメージがある。
これは今までのようにただ痛いだけじゃない。自分の命という根底に向けて、害をなさんと死がその手をのばしているような感覚がある。
久々に感じた死の恐怖……くそっ、ヤバいかも。
「なによ……どこが無力だってのよ」
「ハハハハハ、吾輩はいつも正直だよ! 考えてもみたまえ、吾輩がこれだけ策を弄するのは神に歯が立たぬからだよ。情けなくも神に対しては無力という事だ」
ムキー! 詐欺みたいな言葉遊びでおちょくりやがって!
つまりは人間相手なら余裕ってわけね。だけど、こっちだって策が無いわけじゃないのよ?
「……む?」
ゲッペルハイドが何かに気付いた様子だ。
周囲の空気がピリピリと振動している、こちらへと何かが近付いてきている。
「さっきの無駄話、あれって時間稼ぎでもあったんでしょ?」
「……フ。まあ吾輩としてはこの手で巫女を始末するか、勝手に滅びるのを待つかの差でしかないな」
「あらそう。でもね、時間を稼いでたのはあんただけじゃないのよね」
シュバッ!
「!?」
ガキン!
私が言い終わるか否か、その瞬間に何者かが飛び出し、ゲッペルハイドへと鋭い一撃を加えた。
ステッキで受け止めるも大きくバランスを崩している、どうやら待った甲斐はあったみたいね。
「何者だ、貴様!」
激しい連撃の応酬、そのさなかに清く高らかな名乗りが響き渡る。
「我が名はフィオナ=ブリアント! 王国の名の下に悪を撃ち滅ぼす槍の勇者なり!」




