思い出せ色々
「パル……バニ」
うう、気持ち悪い。軽く目が回ったような不快感に襲われている。
パルバニの膝にしがみついて倒れないようにするのが精いっぱいな状態だ。
「体調が悪いようですね」
そんな私を見下ろしパルバニが言う。
表情はわからない、でもどこか悲しそうな物言いだった。
「空間を切るのは〈サプライザー〉の能力。そしてこれは私自身の能力、私は〈不幸の黒兎〉と呼んでいます」
「ブラッキー……?」
私が聞き返すと、パルバニは表情の読めない顔のまま天を仰ぐ。
「私は……ただそこにいるだけで周囲の者を不幸にしてしまう、幸運を吸い取ってしまう。この力のせいで私はいつもひとりぼっち、誰も私を愛してくれなかった。誰もが私に呪いの言葉を投げかける、私に居場所なんてなかった」
「……?」
とても鬼気迫る感じの話しっぷりだけど、そうだっけ? 私にはかなり違和感のある話に思えて仕方がないんだけど。
「あんた、小さい頃にゲッペルハイドに拾われて、ずっとサーカスでバニーやってたとか言わなかった?」
ガン!
ぶげっ!
ちょうどいい高さにあった事もあって、私の顔面をパルバニの膝が思いきり蹴り上げた。
勢いで後ろに倒れる私に、パルバニは斧を突きつけ怒りを露にする。
「勝手な妄想を垂れ流すな、偉大なる団長の名を口にするな」
おいおい、なんなんだよそれ。自分で言った事じゃないか、私に文句言わないでほしいな。
などと言っている場合ではない、状況はかなりマズイ。
幸運を吸い取るというのがどういうものなのか、詳しい事はわからない。でもこうやって体の調子がおかしくなっているのは確かだ。運が悪くなったのに引っ張られて体調まで悪くなったとでも言うのだろうか。
見れば、アリカも目に見えてフラフラしてる。あんな状態じゃ集中して斧の軌道を予測できないかもしれない。
とすると……バッサリ?
いや、それは本当にマズイぞ! 私もこんな調子だからしっかり治してあげられるかわからない。
やっぱり当初の予定どおり先手必勝しかない!
「え、枝翼……!」
クラクラするせいで変形はうまくできなかったけど枝翼は出せた。
私はまだフラフラだけど、フラフラしながらでも再びパルバニの足元まで近付いて行った。そして、なんとか足を掴めるほどの距離まで近付いた瞬間、次の行動へと移行する。
「からの……虫篭!」
私の背に生える翼は木の枝のように骨ばっている。それを前方に挟み込むように展開してパルバニを捕らえようという試みだった。
というか他に手段が思いつかなかった。
わりと苦し紛れの手とはいえ、結果は見事に成功!
なぜだかほとんどパルバニが動かなかった事もあって、私は狭い檻の中にパルバニとくっつきふたりきり。この間合いなら妨害されずに何だってできる!
「確かに、この位置ではサプライザーで斬る事は難しいですね」
パルバニは少し苦しそうに言った。
確かにちょっと密着しすぎだ、私の方もパンチとか出せない。というわけで、必然的に締め技とかそういうものの必要性が出てきた。
もっとも、今行われているのはいわばエネルギーの吸い取り合いだったけど。
「私の力とあなたの運、どちらが先に尽きるでしょうか」
くっそ、余裕あるんだかないんだかわからない言い方しちゃって。
けっこう締め付けてるつもりなんだけど、素人だからそこのところはよくわからないのが難点か。そもそも半液状の体を押し付けてるだけだしな。
パルバニの言う通り、こうしている間にも私の運とかいろいろ吸い取られている気がする。時間に余裕はない、決着を急ぎたいところだ。
(……吸い尽くせ……)
え、何?
何か聞こえたような気がした、誰だ?
(……悪魔の力を吸い尽くせば世界は救える……)
あーもう、誰かは知らないけどまさにそのためにやってんのよ!
ガンガン締め上げて、グングン吸い取る。パルバニを覆っていたどす黒いものが薄くなって、また表情が読めるようになってきた。
……かなり、苦しそうだ。それでもその目は私に対する殺意を灯し続けている。
このまま吸っちゃって大丈夫なのか? その目に宿る殺意が消えるまで力を吸い取った時、パルバニは無事でいられるのだろうか?
(……吸い尽くせ……世界のために……)
ああ、うるさい! 言われなくてもわかってるっての!
このまま全部――
――全部……何だよ。私は何を考えていた? 全部吸い取ろうって?
違うだろ、私はパルバニも助けたかったんだ。それなのに変な声まで聞こえてきちゃってもう。
あと、私がこんなに葛藤してるってのにパルバニめ! 相も変わらず身勝手だな、お前のために苦労してるんだぞ? 出自を調べるのだって大変な思いをしたんだから!
「だから……自分で直接見てみろ!」
自分でもなぜそんな事をしたのかよくわからない。
その瞬間、私は咄嗟に取り出した〈溶けたロザリオ〉を、パルバニの胸元あたりに押し込んでいた。
「ぐっ……あ!」
深々と突き刺さるロザリオに、パルバニが初めて苦悶の表情を見せる。それはきっと、ロザリオが刺さって痛いわけではないのだろう。
私にしか使えなかったプリズマスギアだけど、パルバニはサプライザーを使いこなしている。ロザリオだって使えてもおかしくはない。
いや、この場合は使えなくてもその副作用だけ発揮されてくれるのが一番かな。
過去の惨劇を自分で見れば思い出すだろう、咄嗟とはいえいいアイデアじゃないかこれ。
そして私の狙い通り、例の副作用が発揮されているようだ。その証拠にパルバニは頭を押さえてガクッと膝をついてしまったのだ。
体も小刻みに震えている、私が副作用を喰らっている時とだいたい同じ状態だ。仕方がないとはいえちょっと罪悪感……許せパルバニ。
「うっ、ぐっ……オトウ……サン……オカアサン」
苦しそうだけど私にはこれ以上何もできない。頑張れパルバニ、頑張って思い出すんだ、自分が何者なのかを。
私は枝翼を解除し距離を取った、隣にはアリカも駆けつけて来ている。
「わ……私……私は……!?」
パルバニを覆う黒いものが薄くなっていく。いいぞ、もう一息!
見守る私たちも取り合う手に思わず力が入る。
「ああああああああ!」
「うわっ!?」
響き渡る絶叫、ほとばしる衝撃。パルバニから弾けるエネルギーが突風となって周囲に飛散する。
その勢いで私もアリカも後ろに吹っ飛ばされてしまった。
な、何がどうなった? パルバニは!?
……あ、いた。パルバニはさっきと変わらぬ場所にへたり込み放心しているようだ。
よく見れば悪魔的な黒色から元通りの白いバニーに戻っている。これって上手くいったって事、でいいのかな?
よ、よし、よぉし! これで何とかなった、ハズ! これで世界の崩壊を止められる!
そうだ、パルバニの様子も確認しておかないと。
「パルバ――」
名前を呼びかけながらパルバニに近付こうとして足が止まった。
――パルバニの後ろに誰かいる。
それが誰なのかはすぐにわかった。あの箱状の独特な頭の形、どう見てもゲッペルハイドだ。
でもどうしてこんな所に?
「おお、我がかわいい娘パルバニよ、いったい何を嘆いているのか」
様子を伺っていると、ゲッペルハイドはパルバニの後ろからそっと頭に手を置き優しく語りかけた。
そういえば幼い頃から面倒を見てたんだっけ、心配になって駆け付けたのかな。
「だ、団長……」
怯えたような、縋るような眼差しで、パルバニはゲッペルハイドの方を向いた。
声が震えている、あの副作用はやはり相当なものだったようだ。自分の過去の出来事ともなるとなおさらだろう。
「お、教えてください団長……わ、私は、何者なんですか?」
ゲッペルハイドの箱状の頭に映し出される口が怪しげな笑みを浮かべた。
「気にする事はない。お前はパルバニ、吾輩の養女でありサーカスの一員であるぞ」
ズキン
……うっ、頭が痛い。なんだろう、ゲッペルハイドの言葉を聞いていると時々頭痛がする事がある。
そしてこの違和感は何だ? あいつの言っている事、何かがおかしいような……。
まあ私の事はいい。それよりもパルバニだ。
「で、でも……」
困惑した様子のパルバニはその言葉に納得していないようだった。
「わ、私は、見ました。知らないのに、よく知っている人たちを。教えてください、私はパルバニ? ラヴィ? それとも、あ、悪魔?」
「……ああ、何という事だ」
すがりつくパルバニに、ゲッペルハイドがため息を漏らす。
「まさか吾輩の言葉に疑問を持つほどになるとは」
……ん? 様子がおかしいぞ。
パルバニが思い悩んでいる事を哀れに思い、ため息をついたのかとばかり考えていた。
でも違った。あのため息は哀れみなんかじゃなく、自分の思い通りにいかなかったゆえの落胆にすぎなかったんだ。
「だ、団長……?」
パルバニの頭に置かれていたゲッペルハイドの手が、蛇が這うように頬へと降りていく。
もう片方の手も反対の頬に携えられ、上から箱状の頭が覗き込むように見下ろす体制になっている。
「パルバニ、お前はあまりいい子ではなかったな」
こ、この地の底から響くような恐ろしい声はいったい!?
さっきまでの紳士的な渋い声とはうって変わり、地獄から聞こえてくるような声が耳に突き刺さる。
さらに言えば、おかしいのは声だけではない。パルバニの頭を掴むゲッペルハイドの体躯が大きく歪み膨れ上がって見える。
「なに、あれ……?」
アリカにも同じように見えるらしい、私の目がおかしいわけではないようだ。
そのゲッペルハイドの顔には何も映し出されておらず、その真っ黒い面からドロドロとどす黒いヘドロのようなものが溢れ出してくる。
驚く暇さえなく、黒いドロドロが全身を覆い隠してしまうほど大量にパルバニへと浴びせられた。