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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第七章 粘土人間と終わりの挨拶
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お茶会のようなもの

 私たちは手を繋いだまま、不自然に組み替えられたような歪な廊下を歩いて行く。

 その時間はまるで永遠に続くようにも感じられた。でもここは不気味な石造りの廊下で、先に待ち構えているのは悪魔のウサギときたもんだ。

 どうせならこの先にはキレイなお花畑とか星空の見える丘とかそういうのがあって、アリカとふたりで楽しい時間を過ごしたい。『永遠に続くような』なんてそういう時に感じたいに決まってる。


 ていうか、感覚の問題だけじゃなくて物理的にもちょっとおかしいぞ。すでに結構な時間を歩いている。罠とかないからスムーズだけど、距離で言うなら王城どころか街の外に出てもおかしくないくらい歩いてると思うんですけど。


「みんな大丈夫かな……」


 アリカが不安そうな言葉をこぼした。

 アリカの言う通り、先に入ったと思われるみんなの事も心配だ。私たちと同じくただ歩き続けてるくらいならまだいい、罠にかかって全滅してるなんて……あ、ダメだ、嫌な想像しちゃった。不吉な事は考えないでおこう。


 それからさらにしばらく歩くとようやく変化が訪れた。廊下はここまで、つきあたりに大きな扉が待ち構え、私たちの前に立ちはだかっている。

 鍵は……かかっていない、罠もなさそう。それでも一応気を付けて、私とアリカは両側からゆっくりと扉を開いた。


 ズズズと重く引きずる音と共に、大きな鉄の扉が開く。この先に待つのは恐ろしい罠か、はたまた悪魔の処刑場か。


 ――答えはどちらでもなかった。

 扉の向こうにあった部屋は部屋ですらなかった。そこにあるのはキレイなお花畑、石造りの城の中ではない、確実に屋外の光景が広がっている。

 わあ、さっきの願いが叶ったよ、よかったね。


「よ、ようこそ、お、お越しくださいました……」


 不自然な光景に驚いている暇もなく、私たちに呼びかける声を聞いた。

 声のする方を見てみれば、お花畑の真ん中に長方形のテーブルが置かれているのが見える。

 ポットやティーカップ、ケーキスタンドが並ぶそのテーブルの上座に座り話しかけてきた人物こそ、まさしく私たちが追うパルバニであった。


「お、お茶会でもいかがでしょうか。せ、せっかくですから、お、お花畑と空間を繋いでみたんです。あ、あいにく空は赤いままですけど……」


 奇妙な状況にあっけに取られている私たちを、パルバニはお茶会に誘いたいという。

 この子ったら、オドオドした態度は多少改善しているものの、見た目の不気味さはむしろ増してるじゃん。ツノとかさ。


「お茶会、ね。ゲッペルハイドの真似でもしているつもり?」

「そ、そうですね。だ、団長の真似、です」

「……まあいいや、私もあんたに話があるから」


 いきなり襲い掛かられるよりは、お茶会のほうがずっと話しやすい。これはある意味好都合だった。

 というわけで、私とアリカは並んで用意された席に着いた。あ、でもお茶とケーキは遠慮しておくよ。魅力的だけど不気味でもあるからね。


「お茶……いらないんですか……?」


 案の定、パルバニは出された紅茶に手を付けないでいるのをさっそく気にしているようだ。

 その沈み様といったらまるで世界の終わりでも来ているかのような落ち込みっぷりだった。実際、世界の終わりは来ているよ、他ならないあんたのせいで。

 いや、でもそんなに落ち込まれるとこっちが気を遣うじゃないか。


「あんたね、お茶くらいでそんなに落ち込まなくても――」

「ううう……や、やっぱり私には、団長の真似なんかできないんです……」


 私の声も届いていない様子で、パルバニの幽霊のような顔がますます悲しみに染まっていく。


「こ、こんな事になってしまって、団長にもどれだけ迷惑をかけてしまったか……」


 こんな事というのはあんたが悪魔だったって事?

 それに関してちょっと言いたい事があるんだ、私がここまで来たのもそのためなんだよ。


「ねえパルバニ。私が思うに、あんたは普通の人間なんだと思うな。悪魔なんかじゃなくてさ」

「……?」


 よし、こっちを向いた。話は聞いているみたいだ。


「私が思う根拠はふたつ。まず、スフレがあんたに見せた幻覚。あれは、えーと、深層意識から幸せな時間を読み取って見せる魔法……だったかな?」

「お、覚えています……よくは、わかりませんけど……」

「確か「知らない大人」って言ってたね。あれ、私も見せてもらったんだ」


 当然、その人物は私にとっても知らない人だった。これに意味を持たせるためにはもうひとつの根拠が必要になってくる。


「で、前に受けた依頼、あんたが偽の依頼を出したやつね」

「うう……すみません……」

「それはいいから。その依頼で行った先で手に入れたプリズマスギア、使うと副作用で染みついた嘆きの記憶が流れ込んでくるんだけどさ」


 確認するのは大変な苦労だったんだぞ、数分はキツくて動けなくなるんだから。

 それでもなんとか確認できた。かつて滅んだあの村に、パルバニの幻覚に出てた「知らない大人」がいたのだ。


「それってつまり、あんたはあの村の出身て事じゃない?」


 本当はもう一押し確証が欲しいところ。でも今はこれ以上は望めない。

 パルバニはずっと黙ったまま何やら考え込んでいる。これで納得してくれないかなあ。


「そっか、じゃあパルバニがラビィちゃんだったんだね」

「えっ?」


 不意をつくアリカの言葉に驚かされた。

 って、紅茶飲んでるし!


「アリカ、それ飲んだの!?」

「だってもったいないよ。大丈夫、紅茶もケーキも問題なく美味しかったよ」

「ケーキまで!」


 見ればアリカの前にあったケーキスタンドがからっぽだ。悪魔のお茶会(仮)なんだぞ、ちょっとは警戒しなさいよこのくいしんぼう!


「本当にどうもないの?」

「大丈夫だってば、心配性だなあ」

「……! そりゃ心配するっての!」


 思わず大きな声が出てしまった。

 それにしてもアリカったら、死ぬような目に遭ってるのにこの警戒心の無さは何だ?


「危ない目に遭い過ぎてマヒしてるとか言わないでしょうね」

「言わないよ、さっき怖くないときなんかないって言ったばかりでしょ」


 そうだった。ならどう説明してくれる?


「これはね、信頼!」

「し……しんらい?」

「そ。リプリンが一緒にいてくれるから、わたしはムチャだってできるんだよ」


 そう言うと、アリカは私の手を取って目を見つめるという反則行為に出た。

 う、む、むう。悪い気はしない、でもこの場合のムチャとは得体の知れないケーキを食べる件だという事を忘れてはならない。ムチャの使いどころおかしいだろ。

 なんて思いながらも許している私が憎らしい。


「まったくもう。……で、何? ラヴィちゃん? て誰よ」

「あの依頼の件、わたしも気になってたんだけど、クラリッサも気になってたみたいでいろいろ調べてたみたい」

「クラリッサも居合わせた依頼だったからね。ふぅん、てっきり私を捕らえる算段ばっかり練ってるのかと思った」

「まあまあ。でも、あの村が滅びた理由ははっきりしなかったの。わかったのは女の子がひとり行方不明になってた事だけ、それがラヴィちゃんだよ」

「それ、クラリッサに聞いたの?」

「ついさっきね」

「いつの間に」

「さっきだってば」

「そうじゃない」


 ほとんど時間はなかったはずなのに聞き出すなんて。ずっと気にかけていた事を褒めるべきか、それとも素早さかコミュ力か。

 なんにせよ、これで『最後の一押し』が揃った気がする!


「パルバニ、聞いてたよね」

「……」

「やっぱりあんたは悪魔なんかじゃない、普通の人間なんだよ」

「ふ、普通、の……にんげん……」


 パルバニはテーブルから離れ、うつむき加減に頭を抱えながら何かをつぶやいている。


「わ、私は……ラヴィ? 私にも……お父さんやお母さんがいて……私は……?」


 自分自身に問いかけるような、苦しむようなその姿を、私たちはただ黙って見守るしかなかった。


「パルバニ、苦しそう」

「そうだね……でも、これでパルバニと戦わずに事態を収拾できるかもしれない」


 本名はラヴィらしいけど、まだ慣れてないしとりあえずパルバニと呼ぶ事にする。

 次第にパルバニは落ち着きを取り戻し、いつも通りの表情でこちらを向いた。


「私は、ラヴィ。滅んだ村の生き残りで、人間……」

「そう、そうだよ。あんたは――」


 私たちも席を立ち、パルバニに近付こうとした。

 その瞬間。


「でも……それって何の意味があるんですか?」

「え……!?」


 パルバニはいつの間にか斧を手に、不気味な表情でこちらを睨みつけている。

 その目も、纏うオーラもまさしく悪魔。ピリピリとした圧を感じさせた。


「私は皇帝ディアマンテであり、世界を滅ぼす悪魔。現在そうである以上、何も変わりません」

「ちょっと、何言って……? だからそれは」

「うるさい」


 シャキン!


 パルバニがその手に持った巨大な斧〈サプライザー〉を大きく一振りする。

 その途端にお茶会は終わりを告げた。お花畑だったはずの空間は再び無機質な石造りの部屋へと姿を変える。ただし、そこにあるものは何の変哲もないとはいかなかった。


「……ひっ!」


 それを目にし、思わず息をのんだ。

 ここはどうやら玉座のある謁見の間らしい。問題は……玉座の後ろにある壁に、威厳と品格を兼ね備えた男性が、玉座ごと半分埋め込まれている事だ。

 かろうじて生きてはいるようだけど、それがかえって年頃の娘ふたりにはショッキングだった。


「彼はこの国の若き王、フィニアス=ブリアントです。どうですか? 偽りの王への罰とはいえ、悪魔でもなければこのような酷い事はしないと思うのですが?」


 奇抜な芸術作品のようにされてしまった王様。その事をまるで誇らしいかのように、パルバニは大きく手を広げて私たちに見せつける。

 暗い顔がより黒く、どす黒い何かに覆われていく。もはや私たちの知るパルバニの面影はない。さっきまでのお茶会をしていたパルバニとも違う何かがそこにいた。


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