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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第六章 粘土人間と変革する世界
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キューブの通路で

「アリアがいないって、寝室に引きこもってたんじゃないの?」

「そう思ったんだけど……毛布だけ残っててどこにも姿が見えないの」


 感覚を集中させてもエビマルの中にはもう誰の反応もないという。実際、私も決して多くない部屋を探してみて、人の気配が無い事を確認した。

 そういえばアリアは「忙しいから集中させろ」と言っていた。私にはただ毛布にくるまっていたようにしか見えなかったが、彼女なりに何かやる事があったのだろうか。


「アリカの事だから、何かやる事があるんだと思うよ」


 私がそう言うと、アリカはため息をついた。


「はあ……またなのアリア。せっかく再会できても何も変わってないんだから」


 あ、そうか。そもそも旅の動機は姿を消したアリアを見つける事だったね。

 でもね……今はちょっと探しに行く余裕はないかな。だってほら、黒ウサギのパレードがすぐそこまで迫っているよ。飲み込まれた人たちを影村人に変えながらね。


「アリカ、今はこの場にいるのはマズイよ! それに――」

「そうだね。アリアももしかしたら王城に行ったのかもしれないし、わたしたちも急ごうか!」

「お、おう」


 きっとアリアもどこかに避難しているから~とでも言おうとしてたのに、アリカが思った以上に前向きでちょっと驚いた。

 アリカも成長しているのだなあ……なんて思っちゃったりして。


「さ、行くよ! つかまって!」

「むむ、そのワイヤー移動か……」

「どうかした?」

「い、いやなんでも。よし、行こうか」


 アリカに促され、私はまたしてもアリカに後ろからぎゅっと抱きつく。

 むむむむ、やっぱりいい匂い、柔らかいし。でも心地良さと同じくらいの恥ずかしさがある。

 私に心臓があったら確実に何らかの音が聞こえているはずだ。こうやってワイヤーで縦横無尽に跳び跳ねている間だろうとね。


「リプリン、耳かんじゃダメだよ?」

「噛むか!」


 そりゃあんたでしょ。ああ……まだ感覚が残ってる、思い出したらまたぞわぞわしてきた。

 ……ま、アリカがどんな反応をするのか試してみたくもあるような気はするけど。


 *****


 屋根の上を飛び跳ねても狙撃を受ける事は無い、私たちは順調に王城へと向かう事ができている。

 気になる事と言えば、ふと後ろを振り返った際に見えた光景だ。

 黒い、赤黒い何か。蠢く影のようなものが王都の外側から内側にむけて徐々に広がっていくのが見える。

 その正体はさっき見た、もちろんこの王都に暮らす人々だったものなのだろう。あのパレード、どうやら外周から念入りに人々を変異させてまわっていたらしい。


「わたしたちが王都に入ってからだよね、影村人が出てきたの」

「うん。ついさっきシュイラが見つけるまではいなかったと思う。てことは、誰かが私たちをここから逃がすまいとしてるって事……なんだろうね」


 それをやっているのは当然、パルバニなんだろうなあ。

 今のところ影村人の動きは緩やかだけど、この広い王都の人口が何人いると思ってるんだ? まとめて押しかけられたら軽く挽肉になりそう。

 もっとも、その前にお仲間にされてしまうほうが速いかもしれないけど。


 だがしかし、こうしてアリカの自在剣で高速移動していれば何の問題もない。

 ほら、もう王城は目の前だ。……だ?


「……わお、何だこれ」


 街の最奥に位置する王城。遠目には見えていたのだけど、間近に来てみて驚いた。

 なんというかこう、想像していたお城と違うんだよね。私の目の前には多数の立方体がアンバランスな積み木のように重ねられた石造りの巨大建築がデーンと立っている。


「さすが、都会はお城まで感性が違うんだね」

「いや、違うでしょ」


 ポツリと言った言葉にアリカが突っ込む。いつもと逆だね。


「さすがに都会でもこんな建築はないと思うよ。それにこの感じ、前にパルバニが洞窟をメチャクチャにした時の感じと似てるもん」

「あ、そ、そうだったね。それが言いたかったんだよ」

「ハッキリと感性が違うって言ってた」

「アリカが忘れてないか試したんだよ」


 しまった、田舎者丸出しの勘違いをごまかそうと、つい思ってもない事が口をついて出ちゃった。

 もちろんそんな即興の言い訳が通るはずもない。なので私はまさに今、アリカのニヤニヤした視線に晒されているところだ。


「ホントにぃ~?」

「……嘘です、すいません」

「よろしい」


 さすがに苦しかったかな、変な事言ってごめんね。


「で、これ入っていいんだよね……?」


 王城はおかしな形になっているものの入口はちゃんと存在し、しっかりと門が開いていた。

 先に来ているはずのみんなの姿が見当たらない、すでに城内に入ってしまったのか。置いて行くなんて寂しいなあ。


「しょうがない、私たちも行こうか」

「そうだね、思いっきり罠っぽいけど行くしかないもんね」


 ……そうなんだけど、罠とか言うなよ。入りづらくなるでしょ。

 自分たちはもちろん、先にみんな入ってるんだろうからさ。


「そういうアリカも気を抜かないでよ」

「大丈夫、大丈夫!」


 ――というわけで、私たちも王城内部に歩を進めたのであった。

 今のところ通路の様子はごく普通、罠もない。おかしなところをあえて挙げるとするならば、それは私の隣を歩いているやつの事だろうか。


「ちょっと……」

「ん、なに?」


 なに? じゃないよ。しっかりと手なんか繋いじゃって。しかも恋人繋ぎで。


「アリカ……この手なんだけどさあ」

「えへへ、リプリン相変わらず体温ないねー」

「そっちは相変わらず体温高くて柔らか……じゃない! なんで繋いでるのかって話!」

「そりゃあ、付き合ってるんだから恋人繋ぎでしょ」

「あー、なるほど。って違う!」


 はぁ、はぁ、我ながらノリツッコミに忙しいな。二回もやっちゃってまあ。


「私が言いたいのは、敵地かつ罠かもしれないんだから武器のひとつでも構えとけって言いたいの!」

「なあんだ、それならそう言えばいいのに」


 言わなくても気付いてよ、てかこういう事はあんたのほうが慣れてるでしょうが。

 でもこれでやっと伝わった……と思いきや、アリカは繋いだ手を離すどころかむしろ距離を縮め、私にぴったりと寄り添ってきた。

 ぬぬぬ、柔らか……いや、あーもう、かわいいなくそっ!


「いや、ちょっとアリカ……!?」

「ねえリプリン、怖い?」

「えっ?」


 アリカは私と目を合わせないままそう言った。

 予想外の問いかけだった。なんと答えたらいいかわからず、私は黙ったままだった。


「わたしは怖いよ。危険な事をするときはいつもそう、怖くないときのほうが珍しいくらい」


 アリカの言葉を聞いてハッとした。

 アリカはもともとトレジャーハンター、危険がつきものの仕事だ。シュイラの話では昔はもっとムチャだったという、アリアを探すためにガムシャラになっていたんだろうね。

 いつも無邪気な子供みたいなアリカだけど、そうだよ、怖くないわけがないんだ。

 その笑顔だって、恐怖に負けないためのものなのかもしれない。


「でもね、いまの怖さはちょっと違うんだ。たとえわたしが死んじゃうにしても、死ぬのが怖いんじゃない。リプリンに会えなくなるのが怖いの」


 アリカの手にきゅっと力が入るのを感じた。

 私はそれに応えるように、同じくきゅっと手に力を入れる。


「何言ってんの、そんな事あるわけないでしょ。私は不死身だから問題ないし、たとえアリカがやられたってこの間みたいにぱぱっと復活させちゃうんだから!」

「うー、あれかあ……ありがたいけどけっこう辛いんだよ? 死にかけるのって」

「も、もちろんそうならないようにするって、大前提!」

「ふふっ、頼りにしてます!」


 アリカがいつもの笑顔を見せ、私の肩に頭を寄せた。

 だから敵地なんだってば、気を付けろって言ってるのにまったくもう。なんて、同じく笑っちゃってる私が言えた事じゃないけどね。


 ……怖い、か。

 アリカとそんな話をしながら、私は自分の中にちょっとした違和感を覚えていた。


 ごめんねアリカ、私は……怖くないんだ。

 ちょっと前までは不死身のくせに怖がってばかりで何もできなかったのに、こうして一緒に歩いている今は全然恐怖を感じないの。

 自身が死ぬことはもちろん、アリカを失う事もまったくイメージが湧かない。だからちっとも怖くない。

 これが成長ならばいいのだけれど……。答えの出ない考えに、少しだけ私の足取りが重くなった事にアリカは気付いていない様子だった。


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