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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第六章 粘土人間と変革する世界
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手を触れてはいけません

 地上では巨大なトカゲと手足のある家が取っ組み合い、空では虫みたいな女騎士と炎の魔女が睨み合っている。なんだこの状況。

 オロオロしていても事態は待ってくれない、とはいえどっちから取り掛かったものか。


 ボワッ!


 また炎の輝きが見え、何かの燃えカスがパラパラと落ちて消えた。今のはおそらくクラリッサの魔導矢だろう。


「はっはっは! 妾を誰じゃと思うておる? 虫けらでは炎の大魔女に敵う道理などありはしないのじゃ!」


 あんな事言ってる。スフレったら調子に乗っちゃって。

 でも言っている事は間違っていない。お互いに空が飛べるし、虫型の魔導矢をいくら出しても片っ端から燃やされているのだから。

 急いだほうがいいのはこっちかも。


「アリカ! シュイラさんも! こっちお願い!」

「え、ちょっとどこ行くの!?」

「スフレとクラリッサをどうにかしてくる!」


 このメンツで飛べるのは私だけ、だから私が行ってくるよ。浮かぶだけとはいえできないよりはマシでしょ。

 枝翼を生やしてフルパワー状態に移行、さっそくちょっと行ってきま……。


「あ、そうだ」


 行く前に念のため。こう、尻尾を生やすような要領で力を入れて……と。

 出てきた尻尾の先端を変形させて完成であります。


「お、おい、なんだこりゃ」


 シュイラが驚くのも無理はない、見せた事ないから。だってさっき編み出したんだもの。

 可能な限り細く長く伸ばした尻尾の先には、少しだけ簡素な作りのもうひとりの私。分身の術再びです。


「えーと、これは〈有線一号〉とでも呼んでください」


 私が小さく手を振るのに合わせて有線一号も同じように手を振る。よし、操作も問題なし。


「見た目は私ですけど意思とかないですから、手の先にパペットつけてるようなもんです。通信機代わりだと思っていただければ」

「じゃあまるまる分身にしなくてもいいだろ」

「目と口だけ置いて行くほうがいいですか?」

「……悪かった、いいから早く行ってこい」


 それじゃ、今度こそ行ってきます。有線一号をかわいがってあげてね。


 *****


 お空の上ではスフレとクラリッサが文字通り火花を散らしている。

 優勢なのはスフレのほう。クラリッサの放つ魔導矢はことごとく焼き払われて一発も命中していないようだから。

 ブーメランのような変則的な軌道で飛ばしてみても、スフレはしっかりとそれに反応できているようだ。さすがは私のかわいい妹よ。


 でもそのお姉ちゃんは宙に浮かぶのが精いっぱい。激しく飛び回っているふたりに付いて行くのがやっとで乱入なんかできるわけがない。

 泳ぎの苦手な人が得意な人に付いて行こうとしてるのに似てるかも。とにかくいっぱいいっぱいなんですよ、お尻のあたりから尻尾みたいに線も伸びてる事だし動きにくいんだ。


 と、そんな中でも少しでも介入すべく隙を伺っていると、クラリッサの動きに変化があったのに気が付いた。

 虫の魔導矢は出しても燃やされるためかお休み中。そのかわりクラリッサは速度を速め、スフレの周りを素早く旋回している。

 撹乱しつつチャンスを待っているのか? どうするつもりなのか注意深く――


「うひゃわぉ!」


 むぎぎ、こんなタイミングで変な声が出た。誰かが背中をツーっと指でなぞったような感覚があったのだけど……まさか。


 視覚切り替え、有線一号モード! 私は感覚を有線一号のほうへと切り替えた。あくまで通信機のつもりだったから普段は置物なんだよ。

 ……で、確かめてみたら案の定だ。アリカがイタズラしてんの。


「アリカ!」

「うわ、動いた!」


 背中をなぞったであろう指を突き出したまま驚いちゃって。

 そりゃ動くよ、簡単だけど全身あるんだから。パペットみたいなものだって言ったでしょ。


「動いた! じゃなくて、感覚は繋がってるんだから変な事しないで」

「あはは、ごめんね。ヒマだったもんだからつい」


 おいおいどういう事よ、こっちは任せたって言ったじゃないの。


「ヒマなの?」

「任せられたのに何だけど、やっぱりどうにも止められないっていうか。スフレちゃんが魔法を解くなりなんなりしてくれないと無理っぽいかな」


 確かにエビマルはさっきと変わらず動きっぱなし。操縦席が機能していない以上、呼びかけて止まらないならもう物理的に壊さない限りは止まらないのかもしれない。

 よく見ればシュイラも横でくつろいでいる。もう少し頑張ろうよ。


「……じゃあしょうがないからまた上に行くけど、変な事しないでよ?」

「うん、わかった。見るだけにしておく」


 それも微妙に嫌だな、視覚をまわしていなくても気になるだろ。

 ともかくこっちは後回しだ。視覚切り替え、本体モード!


 ――さあて、上はどうなっているかな。

 浮かべたまま放置していた私の体は無事だった。急に変な声を出してフリーズしたから気持ち悪くてスルーされたのかもね。


 離れていたわずかな時間の間に、何やら視界がずいぶん悪くなっている。

 これは……粉? 何かの粉末が大量に撒かれているせいで霧がかかったみたいになっているようだ。


 おそらくその原因はクラリッサだろう。スフレの周りをグルグルと旋回しながら蛾の鱗粉を撒いているように見える。

 毒でも含まれていると思われるが、そのわりにはスフレは平気そうだった。さすがは大魔女、耐性があるのか何らかの方法で防いでいるのか。


「ふぅん、つまらん芸じゃな。もう見飽きた、そろそろ幕なのじゃ」


 スフレが退屈そうにそう言った。

 ちょっと待って、その虫みたいな人を本気で倒されると困るんだよ!


 ……待てよ。

 スフレが炎の魔法を準備しているのを見て気が付いた。何か本で読んだことがある、こういう粉末が大量に漂っているところで火を使うと、粉全体に引火して爆発する事があるって。

 粉塵爆発とか言うらしい。……おいおい、まさかクラリッサはそれを狙って!?

 ちょっと待ってスフレ! マジで!


 スフレはその事に気付いていないのか、すぐにでも炎の魔法を放ちそうな様子だ。このままでは爆発に巻き込まれてしまう、止めないと!


 あそこまで行く推進力を得るためにはどうしたらいい? 考えろ私!

 出力の高い滅尽火砲(デスレーザー)を後ろに向けて……いやいや、火気厳禁だってば。私が爆散するわ。


 じゃあシンプルに鳥のごとく羽ばたくしかないか。

 でもあの羽根をひとつひとつ再現している暇はない、だったらコウモリみたいな飛膜の羽で!


 枝翼はそのままに、腕をコウモリのように変形させる。うわ、これいかにも魔物っぽくてイヤだな。

 即興で作ったから羽ばたき方もよくわからない、けど、ちょっとずつ進んでる……かな?

 よし、このまま突進だ!


「スフレ、ちょっと待って! 鱗粉が――」


 ボワッ!


 あ、しまった! 遅かったか!


 炎が渦を巻く鱗粉に引火し、赤く燃える竜巻へと変わっていく。

 あちち、凄まじい高温だ。いや私の事はいい、それよりもスフレは!? 渦の真ん中にいたからこんな程度では済まないはず……!?


「……!」


 燃える竜巻をよく見ると、その中央に人影のようなものが見えた。もしやスフレ!?

 確認のためにどうにか近付こうともがくが熱気に阻まれうまく進めない。すると、渦を巻く炎に切れ目ができ、そこからスフレが顔を覗かせたではないか。


「甘い、甘い。砂糖菓子のように甘いのじゃ。妾は国ひとつ簡単に滅ぼせる大魔女ぞ? 粉をかけた程度でどうにかできるなどと、脳ミソまで虫レベルじゃの」


 スフレの佇まいは余裕そのもの、爆発も竜巻もむしろスフレが引き起こしているのではないかと思えるほどであった。

 見た目十歳のくせしていかにも強そうなやつのセリフ言ってるし。ダメでしょ、そんな悪い言葉使っちゃ。


「ズ……ズズ……」


 一方のクラリッサは策が通じなかったせいか、妙な音を立てつつ動きが鈍くなっている。

 そもそも私はホウリに頼まれてクラリッサを助けに来たんだった。具体的な方法まではまだ思いつかないのだけど。


「そら、飛んで火にいる夏の虫! 自分で喰らってみるがよいのじゃ!」


 それなのにスフレったらこんな調子。指先で炎を弄んだかと思えば、軽く指を振るだけで飛竜のような炎がクラリッサに襲い掛かる。

 だから、その人は怪人ぽいけど退治しちゃダメなんだってば!


「スフ――」


 ぞわっ


「うひゃおぇ!?」


 可能な限りの速さでスフレを止めようと勢いをつけたその瞬間、私の耳を息を吹きかけたような生温かい感覚が襲い、思わず体をよじって変な声を出してしまう。

 こ、これはまたアリカのしわざか!? イタズラするなって言ったのに!


 しかし今度ばかりはそれを確かめている暇はなかった。

 だって今の衝撃のせいで思いっきりバランスを崩し、私の体はスフレとクラリッサのちょうど真ん中あたりに割り込む形になっているんだ。


 さらに言えば、すでにスフレの渦巻く業火がクラリッサに向けて放たれた後。

 つまり……大ピンチって事よ!


 ボワッ!


 熱ちゃちゃ! もえ、燃える!

 なにせ真正面からモロに直撃したものだから、渦巻く炎は全て私の体に絡みつくように激しく身を焦がしていた。


 ついでに炎の勢いで思いきり吹っ飛ばされ、私は火ダルマ状態でクラリッサに激突。

 よ、よし、とりあえずクラリッサは捕まえた。あとなんか燃えててごめんなさい。


「こ、皇帝……侵入シャ……ズ、ズズゥ……!」


 クラリッサは抱きつく私を引きはがそうと力を込めている。

 何を言っているのかはわからないけど、メチャクチャ嫌がっているのは伝わってくるよ。私だって火ダルマのやつが抱きついてきたら嫌だもんね。


 おっと、私も燃えてる場合じゃない。クラリッサに燃え移らないうちに急いで消さないと――


 ぞぞわっ


「ぶっ! わひゃひゃひゃ!」


 だ、誰かが私の脇腹をくすぐっている!? な、なんてタイミングでなんてコトするんだ!


「ズ? ズズ……?」


 ほらあ、クラリッサもめっちゃ不審がってるじゃないか。

 いきなり燃えながら抱きついてきたやつがゲラゲラ笑いだしたら怖いなんてもんじゃないぞ。

 その証拠に私を引きはがそうとする力がどんどん強くなっている。いやちょっと待ってって、何とか元に戻れるよう頑張ってみるからさ!


 かぷっ


「ふにぎゃっ!」


 ここでダメ押し、痛恨の一撃。み、みみ、耳に何かが柔らかく噛みついた!

 こんな事になったらもう力なんて入らない。私はふにゃりと脱力するも、なんとかクラリッサだけは逃がすまいと追いすがる。


「姉上!」

「リプリンちゃん! クレア!」


 そこへ、上空にいたスフレと追い付いてきたホウリが、私たちに救いの手を差し伸べようと魔法を放つ。

 炎の魔法と空気の魔法、ふたつが同時に合わさった瞬間であった。が、しかし。


 ボン!


 ……これもひとえに私の運の悪さに原因があるのかもしれない。

 なんともタイミングが悪かった。きりもみ状に落ちていく私たちを助けようとしてくれたのはいいのだけれど、炎で膨張した空気が勢いよく破裂してしまったのだ。ホウリったら慌てて変な魔法出しちゃったんじゃないの?


 そのため地上に向かっていた私たちは、横からの爆発でミサイルのように加速が付いた状態にある。

 向かった先は巨大トカゲ、オウテツのどてっぱら。こんな所に移動していたとは。


 私はともかくこのまま激突してはクラリッサが危ない!

 ようやく脱力が治まってきたところだ、私はクッションになるべく自分の体を大きく膨らませ、力なくうなだれるクラリッサの体を包み込んだ。


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