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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第一章 粘土人間とトレジャーハンター
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はじめてのダンジョン

 それは思ったよりもずっと深い穴だった。

 あちこちに体をぶつけながら右に左にと転がって、しまいには固い石畳へと叩きつけられる私。

 これが普通の人間だったら打撲や骨折で身動き取れないところだったでしょう。

 ああ素晴らしきかな粘土人間、たまには役に立つこともあるもんだ。


 ……いや、そもそも体がこんなことになっていなければ、こんな目にも遭っていないんじゃあないかな? なんて事を床に叩きつけられて潰れた体の形を整えながらそう思った。

 まあ、今は気にしないでおこう。たぶんそれどころじゃないから。


 さあて、ここはどこなんだ?

 森にあった穴から落ちてきたんだから、森の地下なのは間違いない。

 床も壁も天井も石造りのようだ、かなり古めかしい。

 薄暗いけれど真っ暗ではないのは、所々にある光る石やコケのおかげなのだろう。


 もしかして、これってダンジョンてやつ?

 うわー、冗談じゃないぞ。ダンジョンといえば冒険者御用達の古代の遺産、お宝と危険がいっぱいのデンジャラスゾーンではないか。

 こんな場所を私のようなか弱い乙女がウロウロしてたら、恐ろしい魔物やトラップの格好の餌食になってしまうじゃないの。


 アリカたちはこの私の状況を知らない、たぶん森の地下にこんなダンジョンがある事も知らないと思う。だとすると救助は絶望的。

 どのみち長居はできないんだ、というかしたくない。

 自力で出口を見つけるしかないこの状況、意地でも乗り切ってやる!


 単純に考えて、上から落ちてきたんだから上に向かえば外に出られるはず。

 一番いいのは落ちてきた穴をそのまま引き返す事だけど、今いる場所は天井が高く届かないうえに、暗くてどこが穴だったのかもよく見えない。このルートは不可能だ。

 じゃあ普通に歩いてダンジョン攻略かあ……。

 幸い、古くても道が崩れて埋まっているなんて事はないから移動はできるんだけど、肝心の行くべき方向の見当はさっぱり。

 せめて坂か階段になっていれば上に向かって行けるんだけどなあ。


 そうだ、こういう時は指を濡らして風が吹く方向を探るなんて聞いた事がある。

 さっそく指を舐めて……、あ、唾液が出ない。

 細かい所で融通が利かないなこの体。

 見た感じしっとりしてるのに濡れているわけではない、乾いたゼリーのような粘土ボディ。

 自分でも何言ってるのかわからなくなってきた。

 ええい、こうなったらカンで切り抜けてやる。


 私は壁に埋め込まれた明かりを頼りに石畳の通路を歩き始めた。

 方向なんてこの際わからないからどうでもいい、とにかく動いて出口を探すんだ。


 ダンジョンについては良くは知らない。

 冒険者たちの噂くらいは聞いていたけど、古い遺跡とかに興味はなかったし、何より危険がいっぱいだなんて、そんな場所に行く意味が分からない。

 こういう通路にもどうせ罠とか仕掛けてあるんでしょ? まったく、行きたがる人の気が知れないね。


 ガコン

 シュッ

 ギャー!


 はい出ました、お待ちかねのトラップです。

 今回のはこれ、床石のひとつがスイッチになってて、踏むと壁から何本もの槍が飛び出すやつ。

 そうだよ、しっかり踏んだんだよ。おかげでそこに座ってるガイコツさんとお揃いでがっつり串刺しになったんだよ。

 しばらくすると槍が引っ込む仕掛けになってて助かった。ずっとこのまま固定されたらどうしようかと思ったよ。

 あー……、服が穴だらけ。もらったばっかりなのにすでにボロ布になってしまった。

 でも体の方はさすがの粘土ボディ、開いた穴もすぐに塞いで元通り。これだけが利点だな。


 ダンジョン探索はまだ始まったばかり、罠のひとつやふたつで足を止めてはいられない。

 だがそんなものでは済ませてくれないのがダンジョン探索、特に私は素人だ。


 カチッ

 グシャッ

 ギャー!


 慣れている人間なら気付くかもしれないトラップの数々に、素人の私は次々とかかりまくっている。

 今度はおなじみ吊り天井、巨岩の重石が容赦なくのしかかる!

 再び天井が上がった時には、私の体はのしガエル。道で馬車とかによく轢かれてるアレ。

 こんな冗談みたいにペラペラになるなんてたまったものではない。


 酷い状況だけど、それでもわかった事がある。

 ペラペラのまま這いずって、壁を頼りに立ち上がる。少しずつだけど体が厚みを取り戻して、しばらく後にはなんとか元通りになった。

 どうも私は斬撃や串刺しの他にも、ぺちゃんこになっても死なないらしい。ほとんどの外傷には耐えられるのかもしれない。

 そりゃあ、自分の体の事は知っておきたいけど荒療治が過ぎる。もうトラップに出くわさずに外に出られることを祈ろう。


 *****


 ――ダメだった。

 あれから結構な時間をこのダンジョンで過ごしている。

 祈りも空しく、トラップに片っ端から引っ掛かっているのでもうボロボロだ。

 体は治るが服はもうお亡くなりになった、人はこれをボロ布と言う。

 背中には矢が刺さったままだし、炎で炙られたところなんかまだコゲててブスブス燻っている。順調に治ってはいるからいいんだけどもさあ。

 炙り料理の気持ちがちょっとだけ分かった気がするよ。


 ……それよりも、ちょっと気になる事が出てきた。

 ダンジョンに入って最初に槍で刺された時よりも、ついさっきトゲを踏んだ時の方が感覚がはっきりと感じられたのだ。

 これは私の足の裏が敏感だから……、というわけではない。


 生物の感覚というのはどれも生きるためにあるものだ。じゃあ、もしもそもそも死なない体だったらどうなるのか?

 普通の人でも感覚なり筋肉なり使わなければ鈍っていく。それと同じで、どうせ死なないのならと体が判断してしまえば、感覚は不要だと無くなってしまうのではないだろうか。

 そこまではまだいい。経験上、感覚は使えばまた少しずつ戻るのだから。 

 問題は、痛覚もまた同様なのではないかという事。

 あくまで推測だけど、痛覚も他の感覚と同様に使えば使うほどちゃんと機能するようになるのだとしたら、トラップにかかるほどはっきりとそれを感じられるというのも説明がつく。


 でもそれは……、ちょっとマズイ。

 ダンジョンのトラップはどれも殺意満点の致死トラップばかり。もしこのまま痛覚が完全に戻ってから引っ掛かりでもしたら、体が無事でも激痛で精神が死ぬ!


 うげえ、すごく怖くなってきたんですけど。

 でもこの推測はたぶん正しい、つまりこれ以上トラップにかかるわけにはいかない。

 もはやなりふり構ってはいられない状況、私は床に這いずるようにして慎重にゆっくりと移動していく事にした。


 ……遅い、これじゃナメクジだ。

 でもどこにスイッチがあるかわからない、怪しい所は全部調べてからでないと怖くて進めない。

 はっきりと痛覚を感じるまでになるにはまだ余裕があるだろうけど、あと何回トラップにかかるかわかったものじゃない。耐えられる回数を節約しないと。


「……!」


 途中、通路の端で何かがキラリと光った。

 何かある、もしかしてまたトラップ!? 矢とか飛んできませんように……。

 しかし、何も飛んでは来なかった。でも油断はできない。

 なぜって、目を凝らしてよく見ると、それはいわゆる宝箱というやつだったのだから。


 あー、ダメダメ、ダメですこれ。こういった宝箱には十中八九トラップが仕掛けてあるんだから、素人だって知ってますよ。

 それにしても、こんないかにも「宝箱です!」って感じに主張してる箱、本当にあるものなんだねえ。

 帰ってきた冒険者は大抵自分の冒険譚を大げさに話すものだと思ってたけど、罠といいこの箱といい、あながちウソでもないのかも。

 私も冒険譚のひとつでも語ってみようかな、「多くの罠を乗り越え辿り着いたその先に、眩き財宝の山とそれをねぐらにするドラゴンがあり!」ってね。


 ガブリ


 あっ、何かに噛まれた。

 宝を守るドラゴンなんて言うから本当に出てきたなんて事は……、なかった。

 見れば私の足に噛みつく小さなトカゲが一匹。ふう、これくらいなら大丈夫。

 トカゲをひょいとつまみ上げ、あっちへお行きと放り投げる。


 ん……? あのトカゲ何か見覚えがあるような。

 あ、そうそう! 魔錬研にいた頃に見た事があるんだ、あの時は薬の材料だったから干物だったけど、資料も読んだから間違いない。

 確か名前はドウクツトカゲ、洞窟やダンジョンに住む目の無いトカゲだ。

 へへん、目があるぶん私の方が凄いね。鋭いキバで群れを成して獲物を食いちぎるとかはそっちのほうが上だろうけどさ。


「シュルルル……」


 ……群れを成して、かあ。

 うん、さっきの宝箱の陰から何か気配を一杯感じるね。

 ごめん、私ったらあと何回で痛覚が完全回復するかわからないんだ、あちこちいっぱい噛まれるとか超絶無理!


「ギャー!」


 拙い発声器官から汚い悲鳴を上げ、私は必死に逃げ出した。

 だって二十匹はいるトカゲがキバをカチカチ言わせながら追いかけて来るんだもの。

 こいつら確か弱っていると判断した獲物に襲い掛かるんだったかな? その観察眼は大したもんだね、まさに私は弱ってる真っ最中だよ!

 しかしトカゲごときに舐められてたまるか、(かじ)られてなんかやらないもんね!

 こんな時でも後戻りはしないぞ、逃げる時でも前に逃げるんだ、じゃなきゃまたトラップ三昧で今度こそ死ぬからね!


 しばしのトカゲとの追いかけっこ。

 やったー、運が良いぞ、けっこう走れてるしこの道にトラップはない!

 でもトカゲたちもたまの獲物を逃がすまいと追いすがって……、あれ、来てない?

 速度を落とし、後ろ歩きで来た方向を警戒するが、やはりトカゲたちは追いかけて来ていないようだった。


 はああ……、一時はどうなる事かと思った。

 やっぱ所詮はトカゲ、ドラゴンじゃないから根性も無いなあ。はっはっは。


 ドン


 後ろ歩きをしていたから、前方不注意で何かにぶつかる私。

 話の流れからして今度こそドラゴン……なんてね、はは、シャレにならない。

 でも大丈夫、ぶつかったそれはドラゴンではない。

 ひとつ目がキュートなでっかいおじさん、サイクロプスさんでした。

 あはは、ドラゴンじゃなくて良かったー。いや良くない。


 広間で横になっていたらしきサイクロプスがゆっくりと起き上がる。

 これって、昼寝の邪魔をした事になるのかしら? じゃあ悪いのはさっきのトカゲたちなんですよ旦那。

 そんな言い訳を看破するかの如く、サイクロプスのひとつ目が私をギロリと睨みつける。

 めっちゃ機嫌悪そう。

 そうでなくてもこいつ狂暴らしいし、うわあ大ピンチだあ……。


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