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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第六章 粘土人間と変革する世界
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慈母と蟲姫

 視界を奪うほどの無数のバッタ。その全てが爆弾であり、おまけに纏わりつくようにたかられているなんてたまったものではない。


 ドォーン!


 ひとつひとつの火力はそこそこでも、これだけ集まれば建物くらい簡単に吹き飛んでしまう。

 ……そのはずなのに、爆音が聞こえてから衝撃を感じないのはなんでだ?


 おそるおそる構えた両腕の隙間から様子を伺うと、目の前には奇妙な光景が広がっていた。

 さっき私やクラリッサを守った空気の壁、あれと同じものがクラリッサをドーム状に包み込んでいる。

 見えにくいながらよく見てみれば、どうやら壁は二重になっているようだ。バッタはその中間の層で爆発したため、私たちやクラリッサ自身にダメージがなかったのだろう。


 道連れ自爆のつもりだったとしても外側の壁があっては意味がない。

 ということは……誰か第三者の仕業、て事だよね。


「ぐ、うう……テラスで錠剤の、中央通りはだめ、だぁめ、ですよぉ!」


 外側の壁が消えても内側の壁は消えず、クラリッサは空気の壁に閉じ込められたままもがくように暴れている。言ってる事も意味不明だ。

 このまま放っておいてもいいようなものだけど、いずれは空気の壁を破壊してしまうかもしれない。そうなれば後ろから撃たれるのは必至。


「やっぱり、ちょっと眠っててもらったほうがいいかも」


 アリカを見るとコクリと頷いてくれた。

 よし……ごめんねクラリッサ。ちょっと、いや、かなり、いや、めちゃくちゃ痛いけど悪く思うな! 喰らえ!

 ちょっと勢いに乗り、私は巨大化させた手のひらでバチンと叩き潰すべくクラリッサめがけて振り下ろした。恨みとかないよ、ほんとだよ?


 パァン!


 激しく鳴り響く衝突音。しかしこれは私の手が新たな空気の壁に弾かれた音だ。

 そして……今までと違い、目の前にもうひとり人間が増えている。


 バシィーン!


 続けざまに鳴る破壊音。

 現れた人物に気を取られた瞬間、クラリッサを包む空気の壁がついに破壊されてしまう。


「が、が……りり、流星虫ぃ!」


 うめくクラリッサの背中に蝶の羽が生え、羽ばたくと共に大量の粉を撒いて私たちの視界を奪う。うわっぷ、粉っぽい!

 粉を掃う頃には時すでに遅し、クラリッサはそのまま逃げるように飛び去ってしまった。……あれは蝶じゃなくて蛾だな。


 ――さて、話を聞いておかなければならない人が残されたね。

 私がクラリッサを攻撃しようとした瞬間、それを阻止しようと現れた人物。

 その人の事は私もアリカもよく知っていた。二つに束ねられた髪に丸い眼鏡、そしていかにも魔女ですというこの衣装。


「ホウリさん!」


 驚いてアリカが名前を呼んだとおりです。

 目の前に立つ人物は紛れもなく、アルマンディギルドのマスターを務め、魔術師会でも副代表の地位にある人、ホウリであった。


「はあい……ふたりとも久しぶりね。世界が大変な時だっていうのに、邪魔をしちゃってごめんなさいね……お姉さんも反省してるから……」


 な、なんだろう。確かにお久しぶりですけど、ずいぶん言葉に元気がない。

 いつもだったら「はーい!」とか「お姉さんだよー!」とか痛いくらいのハイテンションで話してくるのに。


「あの、ホウリさん。何かあったんですか? 元気ないみたいですけど」


 違和感を覚えているのはアリカも同じ、とても心配そうにホウリを見ている。

 心配かけまいとしているのか、ホウリはそれに応えるように笑顔を作るも、またすぐにげんなりとしてため息をつくのであった。

 ギルドで見た姿とも、魔術師会で見たマリウスに対峙する姿とも違うなんとも弱々しい姿。心配するなってほうが無理だよ。


 それから何度目かのため息の後、ホウリはようやく顔を上げて話を始めた。


「ずっとあの子を……クレアを追いかけていたんだけど、まさかあんな事になるなんて」


 ホウリの話によると、クラリッサに話があって王都まで追いかけて来たものの、なかなか会ってくれずに足止めされていた所にあの流れ星が降り注いだらしい。

 その影響で当たったものが生物・無生物に関わらず変異してしまった。その中にはクラリッサも含まれていたようだ。

 さらに謎のパレードがなだれ込んできてこの大混乱、どうにも手が付けられず困っていたという。


「そんな時にあなた達がクレアと戦っているのが見えたの。どっちにも傷付いて欲しくなかったから止めたのだけど……やっぱりダメなお姉さんよね……」


 またうなだれてしまった。

 ううむ、こんな時は何と声をかけたものだろう。


「はい、ちょっと質問です。ホウリさんはどうしてクラリッサの事をそんなに気にかけているというか、どうしてクレアって呼ぶんですか?」


 きれいな手が小さく挙手をした。

 こういう時は遠慮のないアリカが羨ましくもある。ていうかそれ私も聞きたい。


「……そうね、あなた達にも言っておくべきかしら」


 ホウリが再び顔を上げた。


「秘密にしていたわけではないのだけれど、クレアは……クラリッサは私の妹の孫。つまり私にとっては姪にあたるの」

「妹の孫なら大姪では?」

「私にとっては姪にあたるの」

「え、でも孫……」

「私にとっては姪にあたるの」


 ……。

 繰り返される言葉の迫力に気圧された。話も進まない事だし、このあたりはデリケートな問題らしいのでスルーしようか。


「あの子は幼い頃に魔物に襲われ、目の前で両親を失っているの。私が引き取ったのだけど、当時のあの子は塞ぎ込んでしまって話もできない程だったわ。……だから私は何でもやった。好きだった劇の口調も真似したし、魔法もできるだけ見せたのよ」

「もしかして、いつもハイテンションなのって……」

「いつの間にか口調が癖になっちゃったのね。まあ、またあの子に振り向いて欲しいという願掛けでもあるのだけど……リプリンちゃん、気になるのはそっちなの?」


 いやいや、もちろんクラリッサの身の上も見過ごすことはできませんとも。

 私もアリカもスフレも、色々と事情背負ってるからちょっとマヒしちゃっただけです。ちゃんと気にしてますとも。


 で、あの喋り方にはそういう事情があったのか。付き合わされているギルドの人たちは大変だろうけど、今では名物になっているようなので世の中わからないものだ。

 ……すいません、やっぱりこっちも気になりました。


「それから、どうなったんですか?」

「魔法に興味を持ってくれたし、才能もあったから魔術師会に連れて行って本格的に教えたりもしたわ。でもそれはあくまで魔物を根絶やしにするという目的のためだった。魔術師会が魔物退治に興味がないと知るとすぐに出て行ってしまって……」


 いつの間にかブリアローズ騎士団に入っていて、会ってもろくに口も聞いてくれない、と。

 恩知らずなやつだなあ。事情と目的があるのはわかるけど、それとホウリとは別だろうに。反抗期か?


「リプリンちゃん」

「は、はい?」


 わ、何だ。急にこっちに振られるとは思わなかった。


「マリウスから聞いたわ……ヴェルダナの事、本当にごめんなさい。姉妹を戦わせるような事、知っていたらマリウスと一戦交えてでも止めていたわ」

「や、いやそんな。ホウリさんが気に病む事なんかないですよ。結果的には無事に姉妹の再会となりましたから」


 ああ、やっぱり知らなかったのね。ホント、マリウスは悪いやつだな。

 んん……でもマギクラフト所長なんだよな。うーん、まあいいか、この際どうでも。

 今はそれ以上に大事な案件がいくつか待っているからね。


「はあ……。クレアったらあんなに魔物嫌いだったのに、自分が魔物みたいな姿になってしまって。正気も失っているようだし、どうしたらいいのか……」

「あの、ホウリさん。もしかしたらですけど、何とかなるかもしれません」


 今までの経験により、私には異界の力を体内に取り込めるという事を知った。

 アリアが魔術師会からまとめてプリズマスギアを持ち去ろうとした際には、勢いでアバラントまるごとを取り込んでしまうという事態も起こった。

 あのアバラントが何だったのか、どうなったのかはわからない。でも相手がクラリッサだとまるごと飲み込むわけにはいかないから、加減できるかどうかがキモだけど。せめて正気に戻せれば……。


「クレアを元に戻せるの……?」

「確証はありません。もしかしたら、ってレベルです」


 私の言葉を聞き、ホウリはしばらく悩んでいた様子だった。だって私自身が全然人間に戻る気配がないもん、そりゃ悩むよ。

 しかし、すでに答えは決まっていたのだろう。


「リプリンちゃん、お願いね。お姉さんも何でも協力するわ」


 その目には活気が戻っていた。

 私としても、クラリッサがあのままだと王城に行くまでにまた邪魔してくるだろうし、知らない仲じゃないからほっとけないよね。

 んじゃ、時間もない事だしさっさと追いかけようか。あいつの飛んでいった方向は――


「り、りりり、リプリン!」


 痛っ。なによアリカ、そんなにバシバシ叩かなくても聞こえてるって。


「え、どうした?」

「あ、あれあれ、あれ見て!」

「何よ、何があるって――」


 ……。

 アリカに言われ、その方向を見た私も絶句した。

 私たちが通ってきた区画とは離れた別の区画、遠目だけど確かにそれはそこにあった。他ならない移動ハウス(エビマル)が。


「え、エビマルぅ!?」


 いったい、何がどうなっているんだ!?

 エビマルが王都の街中を闊歩している。しかも、今まで四足歩行だったものが後ろ足で二足歩行をし、でっかい人型ゴーレムのようになっているではないか。


「あ、あれ誰が動かしてんの!? あ……そういえば自動操縦になったんだっけ。それでも誰かが指示しなきゃ、あんな事にはならないでしょうに」

「とにかく止めないと! 街の人でも踏んだら大変だよ!」


 あの辺りの区画もここと同じようにお祭り騒ぎになっているのかな? もし同じだったら死んだ目でバカ騒ぎしている人たちは、巨人が暴れていても避けようとすらしないだろう。

 ちょうどクラリッサが向かった方向でもある。アリカも急かしている事だし、エビマルを止めに行った方がよさそうだ。

 次の目的は決まった。そう、自宅に戻るのだ!

 ……これじゃ諦めて帰るみたいだな。


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