狙いはなるべく正確に
虫の形をした弾……いや、矢と言うべきか。
そういった能力を使う人間を、私はひとり知っている。
「やっぱりコレってあいつかなあ」
「どうだろうね。でも珍しい魔法である事は確かだよ」
アリカに聞いてもはっきりとした答えは返ってこない。でもまあ、好き好んで魔法を虫に変えたがるやつはそういないでしょうね。
ついでに言えば、こんな人込みの中で躊躇なく撃ってくる神経、たぶんあいつならやりかねないだろう。
そう、あの魔物嫌いの騎士、クラリッサなら。
もし本当にクラリッサなら、私たちだってわかれば撃ってこなくなる……ワケないか。
しばらく一緒にいた事はあるけど仲良くなったわけじゃないし、逆に混乱に乗じて私を今度こそ仕留めようとか思ってるかも。
そういえばあいつ、魔術師会本部で急に態度がおかしくなってから、私の監視もほったらかして帰ったんだっけ。
そのまま王都にいてもおかしくはない、そもそもブリア王国が誇る騎士団のひとりなのだから。
おっと、今はどうでもいい事だった。大事なのはこの状況を切り抜けてパルバニを追いかける、そっちのほうが急務なんだ。
「……どう、アリカ」
せめて相手がどこから撃ってくるのか探るべく、アリカが神経を集中させている。
話しかける時はそーっとね、邪魔にならないように。
「うーん……ちょっと遠い……人も多すぎて絞り切れない……」
汗が出るほど集中してもらったけど、その結果はいまひとつ。
こうなったらだいたいの方向を予測して、強引にでも距離を詰めるしかないか?
あ、そうだ。
「ちょっと作戦を思いついたんだけど。いい、アリカ? 私がね――」
思いついた作戦をアリカに伝えるとさすがに驚かれてしまった。
アリかナシかで言えばアリなのだけど。
「そんな事できるの?」
「即興だけど何とかなると思う。そっちは必要なものとかある?」
「ううん、大丈夫」
よし、それじゃあやるとしますか。
名付けて間合いを詰めてスナイパーをボコろう大作戦、始めるよー!
段取りは簡単。私が囮になって気を引いている間に、アリカが間合いを詰めて狙撃手の位置を特定する。可能ならそのまま自在剣なり魔導銃なりで攻撃を加える作戦だ。
方向だけは中心に向かえばいいのだから楽勝だ。
私はまず路地から勢いよく飛び出し、雑踏をかき分け王城方向へと走った。
ボッ!
またあの音が鳴り、私の胸から上を正確に吹き飛ばした。
ああ、やっぱり正面突破は難しいか。でもまだまだこんなものじゃないもんね!
次の瞬間には吹き飛ばされた私の後ろから、もうひとり私が躍り出る。
それだけではない、反対側の路地や壁、屋根の上など複数の場所から『私』が飛び出し、あえて目立つように動きながら王城へとひた走るのであった。
これぞリプリン式分身の術、なんてね。
体の形を自在に変えられるのだから、先端を自分まるごとの形に変える事だってできるんだ。複数作ったからひとまわり小さくなってるけど遠目には気付きにくいでしょう。
囮は多い方がいい、これだけ目立てば申し分ないはず。
問題としてはあくまで体の一部なので、繋がっていないと動かない事かな。だからこうして枝翼を生やした私が建物に隠れ、細く長く糸状に伸ばした『手』で操作していないといけないんだよね。
視界は分身の目でも見えるから問題なし。
……うっぷ、酔いそう。問題あったわ。あまり同時操作するとキツいなこれ。
ボッ!
ぐっ、またひとつやられた。
有線かつ同時操作してるから動きがちょっと鈍い。意識が散ってるからやられた部分の再生は時間がかかる。
あれ? 思ったより問題が多いぞ。さすがは即興作戦、穴だらけじゃないか。
早く見つけないと予定していたほど持ちそうにない、急げ私。
キラッ
――お、また何か光った。
今度はちゃんと方向その他を確認する気構えと余裕がある、ちょっとくらい撃ち込まれてもなるべく正確な場所を見ておくんだ。
ボッ!
またひとつやられた、けど何かが光った位置はだいたい把握できた。狙撃のタイミングといい狙撃手と無関係だとは思えない、向かう価値はある!
アリカに何かが光った場所と、そこへ向かう事を手早く説明。これもまた有線で長く伸ばした先っぽに発声器官だけ生成して伝えているのだ。さすがに通信機にはなれないからね。
「じゃあそういう事だから!」
「え、ちょっと大丈夫!?」
大丈夫、大丈夫! なんたって不死身だし。
光った位置は(無理をすれば)射程圏内、私はその無理をするため分身たちを解除した。
でも全て解除したわけじゃない、ここからが無理のキモなのだ。
本体を有線伝いに移動させて残しておいた分身と並ぶ。そして分身を抱え上げ、目標地点めがけて思いっきりぶん投げる!
後は有線を切り離して、飛んでいった方に意識を移して本体にすれば、投石器式高速移動は完成だ。
おお、街が良く見える。空を飛ぶってのもいいもんだね。
さあて、目標地点が迫ってきたぞ。
街を見渡せる高い建物の上、キラリと光る何かはそこにあった。
ガシャーン!
私は飛んできた勢いそのままに屋根に突撃! ……いえ、止まる方法がないので衝突しただけです。いいさ、結果オーライ。
でもおかしいな、人がいない。
キラリと光る何かもなんだこれ、鏡? よく見ると仕掛けがしてあって、一定時間ごとにキラッと光るようになっているようだ。
……こ、これは、もしかして。わかりやすい罠というやつでは……!?
ボッ!
ギャー! やっぱり!
またあの音がしてこんな開けた場所にいる私は狙い撃ち。そりゃ多少当たったっていいけども!
いや違う、何が違うって攻撃が今までと違う。
罠にかかった相手に渾身の一撃を見舞う仕様なのか、さっきまで飛んできてたバッタではなく、人間をまるのみにできそうな大きさの竜……の頭をしたトンボがこちらに迫ってくる!
やばっ! どう見ても威力ありそう、いくら私でもこれに当たればコナゴナに――
パァン!
「……!?」
だがしかし、奇妙な事に攻撃は私に当たらなかった。
アリカが切り払ってくれたわけでもない。私の目の前に見えない空気の壁のようなものが現れ、それが攻撃を弾いたように見えたのだ。見えないけど。
「そこっ!」
それとほぼ時を同じくして、私のいる地点からやや離れたより高い屋根の上。そこにいた狙撃手を捕捉したアリカが飛び掛かった。
よかった、狙撃手を見つける事ができたんだ。
念のために有線分身のひとつを通信ついでにアリカ用カメレオン迷彩マントにしておいてよかった。
さっき投石器作戦に移行した際に切断しちゃったから、すぐ後にアリカが見つけてくれなかったらヤバかったかも。急に作戦変えてごめんなさい。
「ファンタスマゴリア!」
よし、おなじみ自在剣が狙撃手に向けて鋭く飛んでいく。斬るなり突くなり縛るなり、この位置なら確実に当たる!
パァン!
――あれっ!?
しかし自在剣は当たらなかった、それどころか見えない壁に弾き返されてしまった。
い、今のって私を守ってくれたのと同じやつ!? どゆこと!?
よくわからないけど、まだチャンスタイムが続いている事には違いない。
アリカに続けと私も狙撃手の元へと急行する。手をのばして高い場所を掴むなり、足をバネにしてジャンプするなりなんでもいい。
とにかく急いで捕まえるんだ、姿を晒した狙撃手がどうなるか見てるがいいよ!
視界に捉えた人物は、頭の先から足の先まで覆い隠すマントを被っている。なんとも狙撃手らしい出で立ちね。
慌てて次の攻撃を構えようとしているみたいだけど、すでに私とアリカが前後から挟み撃ちにする形ができている。
今さらどっちか撃ったところでもう片方が取り押さえるぞ! そしてできたら私の方を撃つといいぞ!
「猫じゃらし!」
「ファンタスマゴリア!」
ニャーオ、猫のツメ攻撃だ。
どちらを撃つか判断しきれなかったのだろうか、狙撃手はついに次の攻撃を放つ事はなかった。
私のツメとアリカの自在剣がほぼ同時に狙撃手を切り裂く。その姿を覆い隠していたマントがはぎ取られ、狙撃手は私たちの前にその姿を晒すこととなった。
「……!?」
その姿は思ったとおり、よく知る人物、クラリッサ……なのかちょっと自信がない。
見覚えのある後ろで束ねた栗色の髪、もちろんその顔もクラリッサのものに間違いない。問題は、右目のあたりがまるで仮面を被ったような大きな複眼になっている事と、体の一部が甲虫のように変異していることだった。
特に右腕はひときわ大きく、節のある指がクロスボウのような形になっている。なるほど、この腕で狙撃を行っていたのか。
「く、クラリッサ……だよね?」
なんとまあ、変わり果てた姿になっちゃって。ま、私に言われたくはないか。
これってあの『流れ星』の影響なのだろうか、はたまた悪魔の仕業なのか。あれだけ魔物を嫌っていたクラリッサがこんな姿になるなんて……皮肉。
「ご……こ……皇帝の、命により、侵入者はぁあ、抹殺しますよぉ!」
あっ、くそ! 話しかけてはみたけど理性ぶっ飛んでるみたい!
甲虫と化した巨大な腕で殴りかかってきたぞ。
「爆殺飛蝗!」
殴りかかるついでに、腕の先から魔法で作られたバッタが飛び出してくる。しかも今回は狙撃じゃないからワラワラと大量に。
ちょ、ちょっと、これ爆発するんじゃないの? こんな所でこれだけの量を爆発させたら、自分だってタダじゃ済まないでしょ!
などと言っても通じるわけもなく、蝗害のごとく瞬く間に周囲はバッタだらけ。
そして次の瞬間、一斉に起爆したバッタの閃光が辺りを包み込んだ。