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粘土少女はそれなりに  作者: マスドジョー
第六章 粘土人間と変革する世界
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王都狂騒曲

 夜が明け、太陽が昇る。空の色は依然として不気味に赤く、まさにこの世の終わりを思わせる光景だ。

 不思議なもので空がこんなにも赤いというのに暗さは感じない。いつものように朝が来て昼が来る、ただ空が赤いだけで何ら変わりはない事がかえって不気味でもあった。


 さて、エビマルが夜通し走ってくれたおかげで、窓の外に王都ベリオドがうっすらと見えてきた。

 かつて前を通り過ぎただけの時には、いつか行ってみたいななんて思ったものだけど、まさかこんな形で訪れる事になるとは。


 パルバニ……あそこにいるんだろうか。

 短い付き合いだし、互いにそんな知った仲ではないけれど、あいつが悪魔であり全ての元凶だなんていまだに信じられない。


 プリズマのエネルギーが世界中に散らばったせいで何が起こるかわからない、それはきっと王都でも同じ事だろう。

 念のために少し離れた位置でエビマルを停止させ、私たちは徒歩で王都へと近付く事にした。

 気になるのはほとんど反応の無いアリアを寝室に置いて行く事だけど……アリカが待機すると言ったら、アリア自身が「放っておいて」と言い出した。

 本人がそう言うのならまあ、全自動のエビマルもついている事だし大丈夫だろう。


 ……おや、門が開いている。

 王都は高く巨大な壁が張り巡らされた街がいくつか重なっているような構造をしている、と聞いた。

 その一番外の大門が開きっぱなし、見張りもいないようでなんとも不用心だ。


 あーあ、嫌な予感がするぞ。さてはパルバニが突入したせいで中の街はさぞかし酷い事に――


「……わお」


 城門をくぐり中の様子を確認したとき、想定外の光景につい変な声が出た。

 舞う紙吹雪に陽気な音楽、街は荒れているどころか華やかなパレードが行くお祭り騒ぎの真っ最中だったのだ。


「ふわあ、凄いね。さすが大都会は違うなあ」

「確かに、村の祭とはわけが違うな」


 アリカもシュイラも、目の前に広がるド派手な光景に目を奪われている。そういう私もワクワクを抑えるのに必死だった。

 ちょっとちょっと、楽しそうなのは同意するけど、今はそれどころじゃないでしょ!


「パルバニのやつ、ホントにここに来たのかな? この上なく平和そうなんだけど」

「とりあえずお城のほうまで行ってみようか」


 このまま祭りを見ていても仕方がない。とにかく街の奥、王城の手前くらいまで行ってみれば何かわかるかもしれない。

 そこで、私たちは二手に分かれる事にした。

 なにせこの広さと人の多さ、パルバニが王城に向かったという保証がない以上、手分けして探しながら向かった方がいいという事になったのだ。


 チーム分けは私とアリカ、それからシュイラとスフレ。

 こっちのチームはともかくそっちが心配なんですけど。


「お前、リプリンの妹なんだってな。まだガキみたいだし、家で待っててもいいんだぞ?」

「ガキではないのじゃ。それだけちびっこいと視野も狭いようじゃのう」


 ほら、いきなり反目してるし。

 ふたりとも大人だって言い張るのならケンカしないでね。


「心配すんなリプリン。そのパルバニとかいうヤツならオレがさっさと見つけてやるよ!」


 そう言うとシュイラは走り去った。

 一応、パルバニの特徴とかは伝えているけど、実際に会ったことの無いシュイラが見つけられるかなあ。


「やれやれ、落ち着きのないゴブリンなのじゃ」

「あ、スフレ……」


 ふと、私はシュイラの後を追おうとするスフレを呼び止めていた。

 実を言うと、スフレを連れてくるのには抵抗があった。もしかしたら、自分が攻め込もうと思っていた街に後ろめたい気持ちがあるのではないかと思ったから。


「なんじゃ、姉上」

「ん……その、大丈夫?」

「妾はパルバニの姿はよく覚えておる、問題ないのじゃ」


 それだけ言って、スフレは軽快な歩みでシュイラの後を追っていった。

 さすがは大魔女、もう私が心配するほど子供ではないのかもしれない。ちょっと寂しいなあ。


「さ、わたしたちも行こう。時間がどれだけ残されてるかわからないからね」

「……うん!」


 そうだね、シュイラやスフレの心配ばかりしていられない。自分自身の、ひいては世界そのものの心配をするべき時なのだから。

 私とアリカは人込みをかき分けながら、大通りを王城へと進み始めた。


 *****


 通りを進むことしばらく、早くも疲れてきた、というかうんざりしてきた。

 行けども行けども人、人、人。都会ってこんなに人が多いものなのか。

 その見渡す限りの人間が狂騒と言えるほどの賑わいを見せているのだから、これはもう疲れない方がどうかしている。


「はぐれちゃダメだよ、しっかり手を繋いで!」


 こんな時でもアリカはタフだ。私なんか子供みたいに手を引っ張られているというのに。

 いや……どちらかというとこれは彼氏ヅラかな。ふふっ、じゃあ私はエスコートされる彼女ってわけだ。

 もっとも、デートなんて言ってられない状況に陥ってるかもしれないが。


「それにしても……ちょっと気味が悪いね」


 はぐれないよう気を付けながら、人の波をかき分けて進むうちに、私はある違和感を覚えていた。

 とにかく賑やかで華やかなお祭りなんだけど、そのくせ楽しそうじゃないというか、人々に生気が感じられないというか。

 話しかけても歓声にかき消され誰一人として相手にしてくれない。


「ねえアリカ、そもそもこの時期にお祭りなんかあるの?」

「うーん、どうだろう。わたしの記憶ではこの時期にはなかったと思うんだけどなあ」


 どれだけ見ていても何の祭かわからない。

 どこまでも続く華やかなパレードが同じところをぐるぐると回り、みなそれを追いかけるように狂喜乱舞している。

 ウサギの格好をした者や、二足で歩くウサギそのものが楽器を手に楽しい音を奏でパレードを盛り上げていた。

 って、ウサギいるじゃないか! ……ああ……ダメだ、じっと見ていると引き込まれそうになる。何かヤバい感じだ!


「あ、あまり見ない方がいい気がする。路地とかなるべく人の少ない所を行こう」


 ふと、入れそうな細い路地が目に入った。うん、あそこがいい。

 私はこの騒ぎから抜け出すべく、アリカの手を引いて人込みから離れた。


 キラッ


 ……ん? 何か光ったような――


 ドガッ!

 ボッ!


「ぐぼっ!」


 どこかで何かが光ったと思った瞬間、脇腹に強烈な衝撃を受けた私は、変な悲鳴と変な姿勢で目指していた路地である建物の影に転がり込んだ。

 い、痛い……何が起こった……!?


「動いちゃダメだよ、スナイパーがいる!」


 今度は頭を上げようとしたところを、アリカに押さえつけられガンと顔面を強打した。


「痛い……」

「あ、ご、ごめん!」


 どうやらさっきの脇腹への衝撃も、いち早く狙撃手に気付いたアリカが私を路地に蹴り込んでくれたものらしい。

 とっさの判断は素晴らしいよ、ありがとう。でもね……。


「わ、私は不死身なんだから、そこまで必死にかばってくれなくてもいいってば」

「それがまだ慣れないんだよねえ、それ」


 笑ってるし。

 ついこの間、不死身の私をかばって死にかけたばかりだというのに。言っても聞いてくれないんだからもう。

 まあ……心配な反面、嬉しくないわけじゃないけど。


 それより何だって? スナイパーがいる?

 そういえば蹴られた時に変な音も聞こえていた、あれは何らかの飛び道具で攻撃を受けた音だったのか。

 この大混雑の中で撃ってくるなんて、よほど腕に自信があるのか、よほどヤバい奴なのか。……もしくはその両方か。

 どちらにせよマトモじゃないな。


「まいったな。パルバニがここに来た事はまず確定なのに、これじゃお城まで行けないじゃない」


 さっきちょっとだけ見えたキラリと光るもの、どこか建物の上だったと思う。

 それを確認しようとそっと路地から顔を出してみた。


 ボッ!


 ギャー!

 ま、またあの音だ。

 幸いにも少し頭をかすめただけで済んだ。くそう、いったいどこから――


 ボッ!


「がっ!?」


 続けてまたあの音が鳴り、今度は胸に激しい痛みを感じた。

 な、なんだ、これ!? 胸のあたりで小さな爆弾でも爆発したかのような衝撃だ、おかげでちょっと穴が開いてしまった。

 私が不死身でなかったら即死してるぞ。


「リプリン!?」

「だ、大丈夫。それよりどこから飛んできたか見えた?」


 私の問いかけにアリカは首を横に振る。

 そうなんだ、私もどこから撃たれたのかわからないんだ。

 何かが光ったのは屋根の上、私たちが今いるのは建物に隠れた路地の中。相手が移動しているにしても狙撃して当てられる場所じゃない。


「うーん、どうしたものか。メガトンモードで突っ切ってもいいけど、足が遅くなるからいい的になっちゃうしなあ」

「じゃあエビマル呼ぼうか? 大きいもので突っ切れば安全だよ」

「発想がブルート過ぎる……街の人たちがジャムになるでしょソレ」

「ジャム……そういえばおなかへった」


 やめとけお前。

 お祭りにはつきものの露天からいい匂いがするからって、このタイミングで腹を鳴らすんじゃない。


 ところで、自分で言って気が付いた。誰が撃ってきているのか知らないけど、この混雑の中でも狙い撃てるのなら、むしろこの狂騒はちょうど良い防壁になっているわけか。

 はあ、面倒だなあ。


「とにかく、このままここにいるわけにもいかない。路地の反対側にちょっとずつでも移動しないと」

「じゃあさ、リプリンが巨大化して――」

「同じだ、同じ!」


 どうしてそうアリカは一気に物事を片付けようとするんだ。こんな大都会のお祭り騒ぎの真ん中で巨大化したらそれこそ大変でしょう。

 もしかしたら祭の出し物に見えなくも……いや、アホな事言ってないでさっさと行くよ。


「アホなこと言ったのはリプリンなのに……」

「い、言ってません」


 心を読むんじゃない。いくら鋭いからってそこまでいくと魔法みたいだよ。


 ここベリオドはブリア王国最大の人口を誇る街だけあって、建物も大小さまざま無数にひしめき合っている。

 最奥にある王城に向かってだんだんと高くなっているこの構造、外から来た人間を狙撃するには絶好の場所というわけね。

 だが建物が多ければそれだけ死角も多いはず。複雑に入り組んだ路地や裏通りを通っていけば何とかなるかもしれない。


「よし、このまま……」


 ボッ!


 またあの音。でもここは壁に囲まれてて、こっちからでも周囲が見えないような場所だぞ? 狙撃なんて射線が通るはずがない。


 ……いや、建物の窓が開いている。開いた窓と窓を繋げば大通りが見える。

 しまった、油断した!


「!」


 シャッ!


 次の瞬間、私の頬をかすめたのは狙撃手による攻撃ではなく、刹那に放たれたアリカの自在剣だった。

 窓の射線に素早く気付いたのは狙撃手だけではなかったのだ。


 高速で飛来した物体が、空中で切り裂かれ爆発して消えた。

 消える際の爆発の規模といい、さっき私の体をえぐったのはこの物体で間違いないだろう。


「アリカ、今の見た?」

「……うん、見た」

「なんていうか、その……」

「うん、バッタだった」


 ああ、やっぱり見間違いじゃなかった。とんでもなく目の良いアリカがそう言うんだから間違ってはいないだろう。


 それにしてもバッタ……バッタか。

 虫を飛び道具にするこの戦法、私は心当たりがあるような気がして足取りが重くなるのであった。


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